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78 断首台に祝福を


『フレデチャンが、首ごと燃え尽きて死んでいたらしい』


 大量の鳩を連れて現れたドロンズは、そう言い残して去って行った。



 そして翌朝。

 その件について、グレルスとメイシィは宿の部屋で話し合っていた。グレルスはベッドに座り、メイシィは机に並んだ食事を食べながら。


「……さて嬢ちゃん、昨日のドロンズの話はどう思う?」

「もぐもぐ……聞いた時は少し狼狽えましたが、冷静になって考えてみるとまず無いですね。あのフレデさんがぽっくり逝くなんて、空から槍が降ってくるぐらいあり得ません。今頃は牢屋のネズミを喜んで食べて、ペロペロと床でも舐めてますよ」

「ひでぇ言い草だな」


 長旅で感じたフレデの異常性を、メイシィはよく理解していた。フレデはまず食べる事から考え始めるのだ。


「まぁ俺もそう思うぜ。城を壊す力を持ってんだから、悪足搔きをしないとは考えられねぇな」

「そういえば、フレデさんはなぜ精霊の力を使って出てこないんですかね?」

「多分だが、俺達やキールベスの人間を人質に取ったと言われてるんだろうな」

「あぁ、なるほど……」

「だからな……まぁこれは黙ってようと思ったんだが、今助けに行ったって檻から出て来ない可能性も高い。キールベスが武力を持たない限り、ネックランドの連中はまたキールベスを襲いに行くだろうぜ。このままだと埒が明かねぇんだよ」


 グレルスは仰向けにベッドに倒れる。


 メイシィは、黙って食事を続けていた。

 薄々気付いていたのだ。


 助けに行くだけ無駄かもしれない。

 では、どうするか。


 情報屋から得た話の中に糸口が見つかれば、と思っていたグレルスの当ては外れていた。どの情報も眉唾で、特に昨日のドロンズの話はそれを決定付けるかのように胡散臭かったのだ。


「……全く案が浮かばねぇな」

「キールベスが傭兵を雇うのはどうでしょう?」

「それができれば最善だが、あの国にそんな金があると思うか?」

「無いですねぇ。温泉しかないですよあそこ」


 そうして2人は暫く話し合った。

 だが、どうしようもない事柄に気が付いた。


 フレデは恐らく、キールベスの人間どころか誰を人質にしても大人しく捕まる。そんな結論に至ってしまったのだ。


 そうなると、ネックランドという国家自体が無くならない限り、もしくはフレデを狙う人間がいなくならない限りはこの連鎖は止まらない。八方塞がりだった。



 気が付けば昼前になり、グレルスもメイシィも考えるのを止めていた。グレルスは装備の調整を始め、メイシィは鹿の着ぐるみに布団を敷き詰めて遊んでいた。


「……もしかして、私たちは暇ですか?」

「いや嬢ちゃん、俺たちは案が浮かばねぇってだけで……まぁ暇かもしれねぇな。……ん?」


 外がざわざわと騒がくなってきた。

 広場の方角に人が流れているようだ。


「何か起きるな。気分転換に覗きに行こうぜ」

「いいですねぇ! 私が祭りに爪痕を残してやりますよ!」



――



「私は重くないよな、ヒタリ?」

「いや君、重いからぐぇ!!」


 のそのそと歩くヒタリの首を軽く絞める。

 私が悪いんだが、納得がいかない。


 痩せよう。


「……それでどうする。歩いてカルドレロに行くわけでは無いだろう?」

「そんな事しないさ……はぁ。ちょっと休憩」


 私を花壇の淵に置いて、隣に座る。


「ここにいる僕の協力者はこの町の中でしか動けないからさ。とりあえず町を出て考えるよ。馬車はその後だ。カルドレロは高い山々に囲まれた高原の盆地だから馬車は必須だしね」

「どれぐらいかかる?」

「すんなりと小国群を抜ける事ができれば、馬車で10日ってとこかな。東の道は整備されているけど、結構な高さの山超えになるからね。僕の体力じゃ無理さ」

「確かに、それは私を背負って歩けそうに無いな」

「まず君は痩せなぐぇっ!」


 ヒタリをこらしめていると、遠くの広場らしき場所に人が集まるのが見えた。


「……何だか騒がしいな、催し物でもあるのか? というか私の逃亡がばれたか?」

「多分ね。騒ぎになるから国民には触れ回ってないだろうけど、警備隊は歩き回っているはずだよ。ほらこれを」


 渡されたそれは、私のコートを隠す黒い布切れだ。羽織っておく。


「そのまま人前でばっと脱ぎなよ、そしたら完璧な馬面の変態になれるさ、はっはっは!」

「……元気が出たなら行くぞ」


 ヒタリに担がれて、大通りを横切る。


 その時だった。


「……続いてはこれ! 人参も光りますよ! はいっ!」

「はい拍手」



 どこかで聞いた声。

 私の耳は、雑踏の中からそれを捕えた。



「まさか……」


 その方角に首を向ける。

 馬の被り物は正面しか見えないのだ。


 そこにいたのは、2匹の鹿。

 一匹は光る人参を振り回し、もう一匹は拍手を煽っている。


 まるで、リルーセの大道芸のようだ。



「――お前、メイシィか?」

「さて、続いてはこのおじさんの……え……?」



 おじさんの頭が光った所で、鹿の動きが止まった。


 見つめ合う2匹の馬と、2匹の鹿。



「…………フ、フレべぇえっ!!」


 もう一匹の鹿が、喋ろうとした鹿の顔を思いっきり押さえた。


「大道芸はここまでだ! ありがとうよ!」


 この声はグレルスか。


「……姫、この鹿たちは知り合いかい?」

「あぁ……知り合いだ。連れて行こう」


 周囲の人が去り、ヒタリが鹿の元へと近づく。


「メイシィ、助けに来てくれたのは嬉しいがお前にわあぁっ!!」

「フレデさああああん!!」


 鹿の着ぐるみを着たメイシィが、背中に抱き着いてきた。声から判断すると多分泣いているんだろうが、鹿の着ぐるみは無表情で不気味だ。そしてちょっと臭う。


「君たち、感動の再会は後だよ。急いでこの町から出ないと」

「グレルス、馬車はどこにある?」

「馬屋に預けたままだが……おい何があった?」

「私の脱獄がバレて町が封鎖される。急いで持ってこれるか?」

「なるほどな、それでこの騒ぎか。分かったぜ、東の門前で待ってろ!」


 鹿のグレルスが駆けて行った。


「うぅ……フレデさんなら死ぬとは思っていなかったですけどぉ……」

「私はメイシィがいるとは思ってなかった。てっきりプロヴァンスに向かったものかと」

「あんな後味の悪い別れ方をしたら帰れませんよぉ……!」


 キールベスからここまでの旅も大変だったはずだ。

 悪い事をした。


「すまなかった」


 ヒタリにしがみついたまま、メイシィの頭を撫でる。


「……ふぅ。泣いてすっきりしました。フレデさん、牢屋のネズミは美味しかったですか?」

「ふふ、それが食べれなかったんだ」

「残念ですね!」


 メイシィは嬉しそうに微笑んだ。


「ほら急ぐよ。人混みを抜けるから、君もちゃんと着いて来てね」


 そうしてヒタリが静か東門へと向かい始めた時、広場から大きな掛け声が聴こえてきた。声に併せて、様々な変装をした人々が空に右手を掲げている。


「断首台に祝福を!!」

「「断首台に祝福を!!!」」


 繰り返し叫ばれる不穏な言葉。

 男たちの野太い声が、町の空気を震わせていた。


「祝福? 何が起きるんでしょうか?」


 人々の向く先は広場の中心。

 そこには、巨大な断首台があった。


 断首台の傍には、麻袋を被って両手を後ろで縛られた男が膝をついている。


「まさか……あれは止めれないんですか!?」

「あれは罪人だよ……急ごう、僕たちには関係ない」

「待てヒタリ」


 盛り上がる群衆の声にかき消されながらも、私の耳は膝をつく男の微かなうめき声を拾い上げた。どこかで聞き覚えのある声だ。



『おい、飯だ』



「見張りの男」

「だめだ!! 彼は覚悟の上だ。君は君の成すべき事をやるんだろう!」


 ヒタリが駆け足でその場を通り過ぎようとした。

 東門まではまだ距離がある。

 見張りの男の首が、断首台へと置かれた。


「いいかいフレデチャン、君が手を出すと君が生きていることが露見する。それに、彼を救ったとしても彼の人生はもう既に終わっているんだ! 助けても無駄になるんだよ!!」


 それは分かっている。

 精霊術を使うと私の脱獄が疑われる。なぜなら、あの兵士を私以外の人間が助け出す理由が無いのだ。そして、ヒタリに対してもより共謀の疑いが強まるだろう。


 頭痛も悪化しそうだ。キールベスのように、数日間気を失うかもしれない。



 だが、それでも。

 命とは天秤にかけていいものではない。


「……ヒタリ、メイシィを頼んだ」

「やめろ!」

「フレデさん!!」



 森の精霊よ、あの断首台をなぎ倒せ!!


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