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76 騙す囚人たち



「――という風に情報を流してくれ」

「構わないけど、君に何の利益があるんだい?」



 ここはネックロンド監獄にある、見張りの休憩室。

 蝋燭の光で生まれる私たち2人の影が、ゆらゆらと揺れる。


 私は密談をしていた。


 目の前に座るヒタリは、人間だと30代ぐらいだろうか。爽やかな声とは裏腹に、その表情は暗い。全体的に痩せているが、眼だけはきらきらと輝いている。マグドレーナでも居たような宣教師に多く見受けられる眼をしていた。


 健康的であればかなりの美形だろう。詐欺師と呼ばれているが、どこかの王子と言われても違和感が無いほどだ。


「はじめに私への注目度を再燃させるための噂を流す。その後に確たる情報筋から私の現状を流す。もちろん、両方とも嘘の情報だ」

「そこは理解できる。でも、君が死んじゃった事にするのはどういう事?」

「まず、私が生きたまま逃げ出すのは論外だ。私を捕らえようとする人間は再び人質を取るからな。そもそも、これは法外な懸賞金が原因なのだ。これさえ撤回してしまえばいいのだが、他に黒いエルフがいる事を考えると、私だけを例外に扱うという事は難しいだろう」


 資金に困ったこのネックロンドのように、私が生きている限り、私は今後も色んな人々から狙われ続ける事になる。


「という訳で、ここで私が死んじゃえばいい。私がネックロンドで捕まっているという噂と、突如燃え尽きて死んだという見張りの目撃情報がそれを裏付ける。その後、私の死亡を討伐組合に確認して貰えれば懸賞金も消える。これで晴れて追われる身から解放されるのだ」

「……首から上を差し出すのが条件なら、いっそ全て燃やしてしまえと」

「そういう事だ。後も残らないぐらいに燃え尽きてしまえば、誰の首かも確かめようがない。討伐組合だって、その金貨を支払いたいわけでは無いからな。そして、その目撃者も見張りの兵士だけだ」

「そんな上手くいくかい?」

「分からない。だが少なくとも、ネックロンドの奴らは金貨1,500枚が貰えるかどうかが気掛かりなだけだ。一泡吹かせてやるのに丁度いい」


 正直、全て理想論だ。

 この通りに進むとは思えないし、この男を完全に信用しているわけでもない。


 だが、情報は動く。もし事が上手く進まなくても、状況が変われば別の何かが見えてくる。その時に再び突破口を探せばいい。


「他の牢屋に閉じ込められている犯罪者共はどうする気?」

「奴らは犯罪者だから全く信用されていない。必要ならば私の自作自演を黙っていてもらえるように取り計らえば良い。それに、お前はどうしているんだ?」

「……なるほど、流石だね」


 ヒタリと見張りが繋がっているこの状況。


 クダンや他の受刑者たちは、それを黙認している。その理由は、ヒタリはネックロンドのお得意様で、貧しいこの国に対して資金を渡している側の人間だからだ。受刑者たちもヒタリには余計な事をするなと釘を刺されているのだろう。


 ヒタリが何かしようとも、受刑者もネックロンドも口を出さないという事だ。


「僕はどうすればいい?」

「お前に任せる。ただし、檻から出るならば資金援助は止めるな。私の生存を疑われるのだけは避けたい」


 ヒタリは顎に手を当て、考えて答えた。


「……はっはっは、お見事! 面白いな、そんなの僕に選択肢は無いじゃないか」

「聡いな、まぁ結果的にそうなる」


 追い詰められたネックロンドは、どう転んでもヒタリの共謀を疑うだろう。こいつは預かっている人物でもあるが、人質でもあるのだ。口を出さなかったネックロンドの人間たちは自暴自棄になってヒタリを疑い、1,500枚の金貨の代償としてよからぬ方向に利用し始めるかもしれない。


「どうする?」

「まぁ待ってくれ。君の脱獄計画は分かった、完璧だよ。けど、僕の取り立てはどうするつもりだい?」


 金貨80,000枚の取り立て。

 一括返済は不可能。相手に払う意思もない。

 となると、差し押さえが正攻法だろう。だが、一国に出来なかった事が私個人で出来るとは思えない。


 私の思いつく方法は2つ。

 どちらも難易度が高い方法だ。


「この牢屋を無事に出てから説明する」

「断ったら?」

「檻の中で、次の案を考える。ひとまず今考えているのは……」


 具体的な内容は伏せて、一つの案を説明した。


 すると、ヒタリが満面の笑みを浮かべる。

 不気味な顔だ。黒い靄は出て……いないな。


「それは約束できる?」

「何事にも絶対は存在しない。だが7割成功する確信があれば実行すべきだというのが、私が得た教訓だ」



「――いいだろう、乗った」



――



『……まぁ正直に言うと、隣の魔物がいつ暴走するのか気が気じゃないんだよね。ここが安全なのは重々承知だけどさ。あぁ、君達への援助は断ち切らないから安心してね!』


 ヒタリがクダンにそう告げてこの牢屋を出て行ってから、今日で3日が経った。あの詐欺師が計画通りに事を進めていれば、今頃ネックロンドの情報屋たちに私に関する噂が流れているだろう。



 クダンが巡回に来た。

 私を見てにやりと笑い、汚い歯並びが顔を出す。今日も機嫌が良いようだ。


「ほら、暴走してみろよ糞エルフ?」


 この男は、私に芋を放り投げるのが趣味らしい。だが、当たっても全く痛くない。投げる芋は緩やかな放物線を描き、私の頭をコツンと叩くだけ。クダンは呪いが怖くて強く投げれないのだ。


「手も出せぬ臆病者め」

「……おい、てめぇ今何っつった」

「自分の事だ。これが人生の終着点かと思うと、後悔よりも情けなさを感じてついな」


 ……危ない。クダンを怒らせても意味は無いが、ついカッとなってしまった。そのクダンは私を睨んだまま。自分の腰に差していた短剣を抜き、私の牢屋に投げ入れた。


 随分と錆びた短剣だ。布を切るのですら時間がかかりそうなほどに。


「俺からの贈り物だ。いつでも終わらせていい」

「いいのか? 私がここで死ねばこの国はどうなるか分からないぞ?」

「どうせ出来ねぇだろう? 何せ、てめぇは臆病者だからな。はっはっは!」


 クダンの笑い声が残響する。満足したのか、見張りと一言挨拶を交わして牢屋から去って行った。



「……くっくっく。あいつぁ間抜けだな」

「もう行くんだろう、黒エルフ?」

「あぁ」

「助かったぜ、恩は返さねぇぞ」

「構わない」

「――いやいや皆、助けたのは僕だよ?」


 牢屋に響く爽やかな声。


 見張りの兵士が兜を脱ぎ、私の牢屋の鍵をかちゃりと開ける。



「遅かったな、ヒタリ」

「想像以上に情報屋達が闊歩していてね。流布したい情報は疑われまくりだったよ。祭りに乗じて何か良くない取引が行われているようでさ。今回の大仮装行進(マスカレード)はどうもきな臭いよ」

「騒ぎが起こるなら尚更都合がいい。さっさと抜け出そう」


 囚人たちは減刑で買収済み。

 残りは私の牢屋を燃やすだけだ。


 そう考えていた時、ヒタリから変装用の被り物をぽんと手渡された。


「……この被り物は何だ?」

大仮装行進(マスカレード)だし、折角なら面白い物にしようと思って」


 手にあるのは、馬だ。完璧な馬の被り物だ。

 眼が猟奇的なのに、無駄に歯並びが良い。

 とても精巧に作られている。


「……まぁ顔が隠れればいいが」

「よいしょ……ふぅ、この辺でいいかい?」

「あぁ」


 ヒタリが牢屋の角に頭蓋骨を置き、油を振り撒く。昔ここで亡くなった囚人の遺骨らしい。悪いが利用させてもらう。

 牢屋を出て鍵をかけた。


「少し離れていろ」

「もちろんさ!」


 ……ふぅ。

 どうせ頭痛が来るんだ。諦めろ、私。


 右手を頭蓋骨に向ける。


「――燃やせ、精霊の炎!」


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