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75 大仮装行進


 フランバンクスを出て数日。


 グレルスとメイシィを乗せた荷馬車は、安全な道を選びながらゆっくりと街道を進み続けていた。



「のどかですねぇ。空には雲一つ無し。お喋りをするのも忘れてしまいますよ……」


 メイシィは布団に寝転んでいた。


 荷馬車にはメイシィの注文通りに羽毛布団が敷き詰められられ、まるで移動するベッドのようになっていた。乗り心地の悪い振動が心地良い揺れへと変貌し、常に眠気を誘っている。


「こんな贅沢な旅ってあるんでしょうか」

「ふわぁ……ねぇな。旅で重要なのは食べ物でも風情でもなく、寝床だな」


 大きな欠伸をしながら、御者のグレルスが返事をした。


 グレルスはフランバンクスで借金を返済し、余った資金で食料を買い込んだ。更にネックロンドで行われる大仮装行進(マスカレード)に参加するための変装道具も揃えていた。


 大仮想行進は、監獄に侵入するには絶好の機会だった。何せ、変装すれば顔が割れない。


「おぉ、既にすげぇ行列だ」

「あれがネックロンドですか?」

「そうだ。普段は滅茶苦茶に荒れてる町だが、この時期だけ華やかになる。くっくっく、汚い金の匂いがするぜ」


 グレルスの発言通り、町の外門には数多くの商人たちの荷馬車が並んでいた。どの馬車も豪華なもので、護衛も多く連れていた。


「あの中に貴族がいるんですかね?」

「さぁな。ああ見えて、麻薬がぎっしり詰まってるってのもよくある話だ。門番は怖くて確認出来ねぇからな。まぁ俺達みてぇなチンピラには関係の無い世界だぜ」

「私は王女ですけどね!」



 暫く待機し、検問を受ける。メイシィは羽毛布団に隠れたまま、ずさんな門番の確認をやり過ごした。


 門を抜けた先にまず広がっていたのは、石畳の大きな円形広場だ。広場の中央には大型の魔獣でも切り落とせるほどの巨大な断首台が置かれていた。その周りを囲うように円形の花畑が広がり、更にその外部には屋台が並んでいる。


「あれがネックロンドの象徴さ。悪い奴らを見せしめにする娯楽がここの名物なんだよ」

「うわぁ、悪趣味ですねぇ……」

「そうでもしねぇと人が集まらねぇし、治安も悪化するからな。苦肉の策だぜ」

「フレデさんもあそこで切られちゃうんでしょうか?」

「まさか。あの嬢ちゃんなら断首台をぶっ壊すだろ」

「……それもそうですね、ふふふ!」


 建ち並ぶ屋台を横目に荷馬車が進む。グレルスは人通りを避けながら、馬屋を目指していた。

 ネックロンドを行き交う人々は様々な格好をしていた。異国の衣装、お面、女装、兵士。そんな人々が道路に溢れかえり、町の祭りを演出している。


「しかし、皆さん変わった格好ですね。お祭りはもう始まっているんですか?」

「多分な。小国群の貴族が始めるっつったら始まって、終わるっつったら終わる」

「それは随分といい加減ですねぇ……あ! あのドレス凄く素敵ですよ、ほら!」


 メイシィが指を差した先は、銀色に輝く馬車から優雅に降りてきたどこかのご令嬢だ。その令嬢は澄ました表情で周囲を一瞥し、対面の馬車へと乗り移った。


「……ありゃあ貴族だな。ああしてコソコソと馬車を乗り継いて、逢引きしたり悪い事をしたりするんだよ」

「グレルスさんの話を聞いてると、何だか悪い人しかいない国のように聞こえますね!」

「そうだな、俺の半分は懐疑心で出来てんだ」

「もう半分は何ですか?」

「金貨」

「グレルスさんって正直ですね!」

「くっくっく、情報屋だからな、嘘は取り扱っていない。……さて嬢ちゃん、お喋りはここまでだ。もうすぐ馬屋に着くから、後ろの赤い印の木箱の中身を装備してくれ」


 メイシィはそれを無視して、顎をしゃくらせながらグレルスの真似をした。


「嘘は取り扱っていない……!」

「……おい、早くしろ」

「冗談ですよ、ぷぷ……うわっ何ですかこれ! くっさ……ヴォエッ!!」



――



 ネックロンドの馬屋の前。

 そこに、二足歩行の鹿が2匹立っていた。


 グレルスとメイシィだ。2人とも、鹿を剥いで作られた被り物を着用していた。メイシィに至っては、全身が鹿だ。まさに着ぐるみ状態になっていた。



「いいか嬢ちゃん、俺は鹿の主の鹿で、嬢ちゃんはペットの鹿だ」

「何言ってるのか分かりませんよ!!」

「おい鹿が喋るな! 嬢ちゃんの情報は、竜の姫君と旅してた時から敵に割れてんだ。それと人前では4足歩行で頼むぜ」

「どこで買ったんですかこれ……」

「フランバンクスの小僧が売ってくれた。欲しけりゃやるよ、嬢ちゃんの劇で使えるだろ?」

「確かに……くさっ!」


 被り物は非常に精工に作られていた。目だけがくり抜かれ、足りない部分は布で繋ぎ合わせる。遠目から見ても、メイシィは歩く鹿にしか見えなかった。


「まずは情報収集だ。これから何人かの情報屋に会う。ネックロンドの手駒になってる奴らもいるから気を付けろよ」


 そう言って、グレルスとメイシィは道路に歩みだした。


 一旦町に出ると、この妙な格好も違和感無く溶け込んでいた。同じように獣の変装をした者も多かったのだ。



 そんな中、メイシィは思っていた。


 自分は4足歩行の意味があるのか?

 グレルスを散々馬鹿にしてきた、その仕返しを受けているんじゃないか?


 そう思ってはいたが、逆に演劇の練習になると考え、そのまま鹿の行動を模倣する事にした。手足をプルプルと震わせ、又を開いて4本足で立つ。


「生まれたての小鹿」

「嬢ちゃん静かにしろ、奴だ」


 グレルスが顎で指した方角に、大量のハトに囲まれた死神の変装をした男がいた。大きな鎌を持って、周囲のハトたちに餌を蒔いている。


「ドロンズ、元気そうだな!」

「はは、これ以上餌は無いんだ……ん? 誰だ君は。その名で呼ぶという事は同業か?」

「通りすがりの鹿です(裏声)」

「喋るなっつってんだろ!」


 その男鹿が女鹿を怒る声に、ドロンズが喋りかけていたハトたちは驚いて飛び去って行った。


「あぁ! ……君のせいであの子たちが行っちゃったじゃないか」

「あの子たちってハトじゃねぇか」

「その声は、もしかしてグレルス先輩ですか!?」

「あぁ。久しぶりだな」


 ドロンズとグレルスは久しぶりの再会に喜び、抱き合った。

 2人は兄弟のような仲だった。小国群のスラムで荒れていたドロンズを情報屋という仕事に誘ったのが、このグレルスだったのだ。


 しかし、それゆえにグレルスはドロンズを信頼しきれなかった。故郷が好きで義を重んじるドロンズは、いざとなった時にグレルスよりも故郷を優先すると考えたからだ。


「いやぁ久しぶりすぎますね。ところで、その喋る鹿は何なんですか?」

「……こいつは俺のペットだ」

「不気味なペットですね、実に先輩らしい」

「お前もその変な格好は何なんだ?」

「変じゃないです。見てくださいよこれ、命を刈り取る形してるでしょう?」


 ドロンズは手に持った鎌を空に掲げた。


「それを言いたかっただけだろ」

「はっはっは、正解ですよ!」


 黒いローブから見えたドロンズの笑顔は、スラム時代の傷が多く刻まれていた。


「それで先輩、取引ですか?」

「いいやちっと噂の出所を探してんだ」

「噂?」


 そして男鹿が死神に近付く。

 女鹿も直立し、3人で顔を突き合わせた。

 男鹿は小声で話し出した。


「あの黒エルフの噂だよ……お前、まさか知らないのか……?」

「あ、あぁ何だその話ですか。深刻な顔で聞くから何かと思いましたよ」

「出所が知りたくてな」

「刑の執行日の件は流れの武器商人から聞きましたよ。ネックロンドの議員と伝手があるとかで。確たる情報じゃないので、取引には使ってませんが」

「……分かった、参考になったぜ」

「ありがとう(裏声)」

「どういたしまして。君、気持ち悪いね」


 グレルスは懐から銀貨を取り出す。価値の低い情報の取引は銀貨1枚、これが彼らの決まりであった。ドロンズはそれを受け取り、手を振って去って行った。


 残された2匹の鹿は、それを見送りながら会話する。


「生きてる可能性は高いが、まだ情報が足らんな」

「どこにいるのかも分かりませんしね」

「多分、いるとすればネックロンド監獄だ。この辺じゃあそこしか牢屋は無い」

「じゃあ突入します?」

「まだだ。もう少し情報屋を回るぜ」


――


 祭りの中、2人は情報屋を尋ねて回った。


「――フレデチャンか? あいつが脱走したって聞いたのはもう数日前だぞ。今頃どこにいるんだか……」


「――黒エルフの首は既に討伐組合にあるんでしょう? グレルス、貴方はどこまで金にがめついわけ?」


「――奴は賞金が支払われねぇってんで、生かされたまま牢獄に居るって話だ。ネックロンドは小国群の連中に騙されたんだよ、がっはっは!」


「――うちに首があったら大変ですよ。既に牢獄の中で死んでいるんですが、何でも黒エルフの呪いがどうとかで、誰も触れるとが出来ないと伺っております」


「――とにかく! 賞金は準備できてるのに支払われないのは、他の小国群の連中がネックロンドを貶めようとしているんだって!」

「……そりゃあ大変だ。情報ありがとな、また会おうぜ」

「おう、またなグレルス!」


 6人目の情報屋が去って行った。


 既に日は沈みかけ、通りには夜市が開き始めている。


「……皆さん、言っている事が全然違いますね」

「だな。どおりで情報が一般人に流れてこねぇわけだ。……こりゃあ情報操作されてんな」

「情報操作?」

「考えてもみろ。この国じゃあ首切りは催し物だ。この大仮想行進の時期に黒エルフの首落としなんて娯楽が出てくりゃ、一気に大盛り上がりだ。その情報すら聞こえてこねぇって事は、誰かが情報を操作している可能性が高い。情報屋は胡散臭い話ばかり掴まれてるから、それを売れねぇんだ」


 更に、その情報が錯綜している。信頼のある情報屋たちの話している事がバラバラなのだ。彼らは確実に、誰かに踊らされている。


「その誰かって言うのが、武器商人ですか?」

「……さぁな。それすらも嘘かもしれねぇ」

「あぁいたいた、先輩!」


 話し込む2人の元に、先ほどのドロンズが駆け寄ってきた。今度は普通の服装だ。


「しかし、遠目で見ても恥ずかしい変装ですね先輩」

「何だ、侮辱するために呼び止めたのか」

「冗談ですよ。いやぁフレデチャン関係の特ダネが入りましてね。情報元は何とフレデチャンの牢屋の見張り番! 聞いた話によると、実は……」



――フレデチャンが、牢屋で首ごと燃え尽きて死んでいたらしいですよ。


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