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03 目標を整理する


 空の旅にも慣れたものだ。



 空中で風の精霊を呼び起こし、黒森林から頭一つ出ていた大きな針葉樹を目掛けて滑空した。


 風が心地良い。それに中々の絶景だ。

 木の先端を掴み、丈夫そうな枝にふわりと足を着ける。眼下には広大な黒い森が広がり、それは地平線の彼方まで続いていた。



 空は快晴。


 しっかりと毒抜きされたニガ虫を一つ頬張り、枝にすとんと座った。


「では、目標を整理する」


 こうして声に出すと、王であった時の執務代を思い出す。あの頃の私は、随分と気張っていたな。それが今や、虫を頬張りながら木の枝の上で一人会議。どちらが気楽かは言うまでもない。


 さて、現状把握といこう。



 まずは、黒いエルフという存在。


 ドロアでの伝聞から、現在もかなり良からぬ存在だという事が分かった。人間の地に現れては土地を森に変貌させ、人を食らう。それが事実ならば、私が恐れられる事について十分納得は出来る。

 耳を上手く隠せるローブが必要だな。血で汚れているし、どこか大きな町で新調しよう。まとまった資金が必要だ。



 次に、祖国マグドレーナについて。


 聞く限り、崩壊して60年経っているのは間違いなさそうだ。マグドレーナの紋章を施した衣装の黒エルフが黒森林から出てきたのも、丁度その頃だという。


 だが、我が国の位置は人間達には知られていなかったはず。他のエルフの村と同様に、他種族との交流を持たずに閉鎖的だった。しかし、数十年前から人間と竜族との外交が始まったことで、竜族からマグドレーナの情報が流布されたそうだ。


 黒森林の南東に居城を構える竜族のジャ国とマグドレーナ国は、私の代から外交が始まったため、崩壊の事実を知っていたのだろう。


 ジャ国のナジャ姫様は、今もお元気であろうか。このような姿でなければ、昔のように他愛もない話をしたい所だ。



 そして、他の同族達について。


 父上や母上はどこにいるのか分からない。我々の連絡手段は人間達とは違い、鳥なども使用せずに徒歩であった。故に、誰とも連絡がつかない。

 まぁあの自由奔放な両親の事だ、どこかでひっそりと生活していると信じたい。


 それに、従妹や他種族のエルフ達も行方不明だ。他のエルフの里は森の精霊たちに守られており、上空からは見えない。その上、森と共に安全な場所へと移動し続ける。マグドレーナ国のように空から丸見えな町が異常なだけで、通常は探すのが困難なのである。


 つまり、誰の行方も分からない。



 精霊達について。


 精霊の力は難なく使用できる。だが、以前のように自由度は無く、非常に癖がある。あれだけ穏やかだった森の精霊は、私を守るか吹き飛ばす力しか発動しないのだ。他の精霊たちも同様で、力は強まったが変な方向に発動する。

 これらは呪いの影響とみて間違いない。



 そして、その呪いについて。


 これを解くことが、当面の目的になるだろう。黒森林の呪いを放置すると、いずれ私も他の黒いエルフ達のように人間を襲う者に変貌するかもしれない。恐ろしい事だ。

 クロルデン達は伝承以上の情報を仕入れ、呪いを発動させていた。その情報は、我が国に痕跡が残っていたか、それとも他国から引いてきたか。



 ――まずは、大きな図書館がある町で、情報を収集すべきか。



 遠く地平線の彼方では、夕日が沈み始めた。

 小さな火の精霊を呼び起こし、今度は膝の上にプロヴァンスの地図を広げた。


 現在、私はドロアのすぐ東の黒森林にいる。

 魔獣も多く存在する場所だ。


 ここからドロア以上の大きな町は……。

 やはり、王都プロヴァンスだ。


 わざわざ私を指名手配した国の中心部へ赴くのは気が引ける。いや、それどころか私は既に大陸全土で指名手配されているかもしれない。私よりも危険な魔獣はいっぱいいるのに。


 あのドロアの情報屋グレルスなら、私の人相も高く売りつけただろう。そうなると、結局どこに向かっても罪人扱いだろう。


 ――決めた。どこに行っても同じなら、プロヴァンスへ向かおう。


 であれば、黒森林からは大きく外れる。森の精霊の力は、どこかで弱まるかもしれない。

 旅の資金については、今の所、黒森林の薬草を売る事しか手段が無い。ドロアの様子から、人間の町では薬草が高く売れる事は分かった。


 まずは、このまま森の奥で薬草を集める。

 その後に、プロヴァンスへ向けて森の精霊で可能な限り空を飛ぶ。



 クロルデンや部下は、今の私と同じように生きているのだろうか。もし、彼らが人間から黒エルフと呼ばれる存在になっていたなら……。


 駄目だ、考えるな。


 忍び寄る不安を振り払い、風の精霊を纏って木から飛び降りた。


 薬草は森の奥、清流の傍に生育している。魔獣の巣窟を駆け抜け、森の奥地へと駆け出した。



――



 そろそろ炭水化物が食べたい。


 ここ5日間、小さな池で青甲虫を新たに見つけ、食べて生き延びていた。青甲虫は毒が全く無いため、生で食べれる珍しい虫だ。外骨格はパリパリ、中はほんのり甘くてクリーミー。


 更に、その近くで見つけた池の水もかなり美味であったのだ。


 池というか、どう見ても泥水だ。だが、水の精霊たちは飲め飲めと囁いていた。実際飲んでみると、まるで果物のような甘さと、一瞬で嘔吐するほどの臭さが混在した不思議な味であった。

 やばい。これは癖になる。


 泥水を飲んでは吐き、青甲虫を食べる。

 これが元マグドレーナの王だ。結婚前の女の食事ではないな。


 そうして空腹をやり過ごしながら薬草を集め続けた。背負い袋の中身は、既にオリヴィエ草を中心としたいくつかの薬草と、様々な虫で満杯であった。


 だが、傷を癒す薬草で最も需要のあるミレイ草だけは全く見つからない。マグドレーナの雑木林にはあれだけ生えていたミレイ草。あまりによく見かけるため、それが希少とは思ってもみなかった。


「最悪、オリヴィエ草だけでもいいが……」



 背負い袋はもう入らない。ドロアで買ったパンはとうに尽きている。


 天候は快晴。

 風もゆるく、空を飛ぶと気持ちが良さそうな天気。


 出発しろと言う事か――。



「……よし。森のせぃ……」


 願いを言い終わる前に、森の精霊は瞬時に反応した。

 目指すは、西にある王都プロヴァンス。


 汚れたローブが風になびき、西へと空を駆ける。


 森の精霊の力とは、決して空を飛ぶことではない。本来なら植物を育み、自然を活性化させる穏やかな精霊。出るとしても、根っこではなく柔らかい蔦。

 それが今は、たまたま私を勢いよく空へと放り投げるだけなのだ。そしてその空で世話になるのは、風の精霊様となる。


 体を安定させながら、風を纏って滑空する。

 黒森林の終わりが見えてきた。北には薄っすらとドロアの町が見える。


 今は真昼なので、目立つ場所に降り立つのは避けた方がいいだろう。精霊の力を弱め、そのまま黒森林の低木へと降り立った。



 ――その時だった。


「――それが、森の精霊の力というものかい?」


 背後から男の声がした。

 慌ててナイフを抜き、振り向く。


「おぉっと、そう警戒しないでね。君を探してはいたが、何も敵対したい訳ではないんだよ」


 短い顎鬚に商人風の恰好と、背中には一振りの両刃の剣。

 狩人か商人かの判断が難しい。私は背が低いが、この男も私と同じぐらいの低身長だ。歳は人間ならば40過ぎだろうか。その男はにやにやと笑い、私を見ていた。


「その身なりでは、信用ができない」

「おや? 血塗れの君が身なりについて言うのかい?」

「……私をどうするつもりだ」


 ナイフを突きつける。

 男は両手を上げた。


「……へへ。ひとまず話を聞いてくれないかい? 僕の名前はラガラゴ。ただの行商人さ。ちょっと裏取引が多いけどね。グレルスの仲間だと言った方がいいかい?」

「グレルスの?」


 その名前を聞いて、武器を下ろした。


「話を聞こう」

「ふぅ……いやぁ緊張するね」


 全く緊張しているようには見えない。

 ラガラゴは飄々とした態度で、倒木にどさっと腰かけた。ここはまだ黒森林の中、それも魔獣が多い場所だ。いくら低木の群生地で視界が良くても、よほど肝が据わっていなければ緊張を解く事はできない。


 この男、一体何者だ?


 私はフードを取り、ラガラゴを見た。


「……これはは驚いた。こんなに美しい女性だったとは」

「血まみれでなければ、目立つのだ」

「いやぁ、それについては血まみれの方が目立つと思うがねぇ」


 口元だけが笑うラガラゴの顔は、どこか含みを感じさせた。


「君は僕たちにとって都合のいい草を取り扱うエルフだと聞いていてさ。指名手配されているし、どうせ路銀もないだろう? 行商人として、取引に来たって訳さ」


 なるほど。


 グレルスも抜け目がないな。

 薬草を現金化してくれるのであれば、私としてもありがたい。

 だが、一つ気掛かりがあった。


「……どうして私が今日ここに来ることが分かった?」

「それについてはこの後の値引き次第かねぇ」


 ナイフを取り出す。


「じょ、冗談が通じない人だなぁ。君がドロアの町で購入した地図、道具、そして最後に酒場で買った食料から予想した訳さ」

「ちゃんと説明してくれ」

「へへ、分かったから、まずその凶器を下ろしてくれよ。…君は町に来て、まずプロヴァンスの地図を買ったろう? それで、地理に疎いという事のが分かるのさ。その上、君はグレルスから様々な情報を買っていた。彼からは、世情に疎いというのも聞いていた。そして最後までプロヴァンスの地図以外は買わなかった。それで僕は、君が暫くプロヴァンスから出ないなぁと考えてね」


 なるほど、グレルスの情報網か。


「続けて」

「……あくまで想像だよ? 君は食べているときだけ笑顔だったらしく、食べるのが好きだと判断した。でも、酒場で購入した食料は2日分のパンだけだ。森に穀物が生えるなんて僕は聞いたことが無いし、そろそろパンが食べたいかなぁなんてね。でもドロアでは指名手配されているから、奪うか、ドロア以外の別の町に行くしか手に入れる方法が無い。だから、売れる草をある程度確保できた頃に森から出てくるかなぁ、って」

「まるで見てきたような内容だな」

「どうだい、正解に近いだろう?」


 ほぼ正解である。


「……それだけでは、私が今日この場所へ出てくる事が分かっていた理由にはならない」

「あぁ。それもね、グレルスから聞いていたんだ。君が移動するときは空を飛ぶから、闇雲に探すよりも空を見てりゃあいいとさ。でも、この場所のこの時間に僕がいたのは本当に偶然だよ。僕意外の情報屋も君の事を探しているからねぇ。僕は、凄く運が良いと言うことさ」


 どれだけ人気なんだ、私は。

 話が理解できたので、ナイフを仕舞った。


「分かった。だが一つ教えてくれ。私には、一体いくらの懸賞金が掛かっている?」

「君の首には、プロヴァンスの王城の真横に豪邸を買えるぐらいの価値があるねぇ」


 ……その王城のある王都へと向かおうとしているのだが。

 思わず目を伏せ、こめかみを押さえた。


「そうか、先が思いやられるな……」

「まぁまぁ。ひとまず取引しないかい? 何をするにも、金は必要だろう?」


 ラガラゴはそう言うと、背負い袋から財布と食糧を取り出した。それに合わせて私も背負い袋を下ろし、取って来た薬草と虫を取りだす。


「うげぇっ! これは何だい? エルフじゃあこの虫も薬になるのかい?」

「食糧だ。非常に美味い。食べてみるか?」

「いいやいや、遠慮しておくよ。はは……」


 食わず嫌いは損だな。

 ラガラゴは薬草を全て確認した後、財布から銀貨10枚を取り出した。


「こんなに……いいのか?」

「へへへっ、実はグレルスの奴、君の情報でかなり儲けたんだよねぇ。彼からの餞別もそこには含んでいるよ」


 そう言われると、少し複雑な気分だ。

 もう少し情報を高く売ればよかったか。


「……それでねぇ。そのお金で一つ僕から情報を買わないかい?」


 なるほど。

 確かに情報は必要だ。ラガラゴも損をしない。


「商人らしい提案だな」

「それは誉め言葉だねぇ。でもやっぱり、君がプロヴァンス内で安全に行動する為にも、僕たちの伝手がある方がいいと思わないかい?」

「思う。だが、ここでお前から高く買うよりも、節約してゆっくりと情報を集めるのも手だ」

「へへっ、手厳しいなぁ。……じゃあ、これはどうだい?

 銀貨3枚をくれたら、君を護衛に雇う。その代わり、次の町での身分証明証を発行しよう」

「護衛で雇われる側が、金を支払うのは違うだろう?」

「証明証を発行するにも金がいるのさ。君の場合は、偽装も必要だしね」



 顎に手を当て、考える。


 ラガラゴの案は、悪くはない。

 むしろ証明証を貰えるなら実に好都合だ。路銀も足りる。


「私の肖像を売らないのであれば、それを飲もう」

「……残念ながら、君の顔は既に割れているんだよねぇ」

「何?」


 ラガラゴはそう言うと、懐から1枚の紙を取り出した。

 冒頭には『ドロアに黒エルフ出没』と記載されている。

 その肖像画は……。


「……これは、誰だ?」

「へへ、グレルスが伝えた君自身だよ。彼、面白いよねぇ」


 手配書では、やや小太りのおばさんのような女性がにっこりと笑っていた。こんな似ても似つかない肖像画で大金を得たのか。

 ふふ……確かに、面白い男だ。


 手配書をラガラゴに返したその時。

 ……茂みで何かが動く音がした。


 反射的に立ち上がり、武器を取って身構える。

 だが、ラガラゴは動かない。実力を見せろという事か。

 小さな鹿の魔獣が、こちらに角を向ける。


「一ついいか?」

「何だい?」

「今お前を守ってやる代わりに、後でパンを売ってくれ」


 そう言うと、腹の虫がぐぅーと音を立てる。


「へへ、いいよ。君も面白い女性だねぇ」

「私の旅の目的は、食事と野営なんだよ」


 ナイフを鹿に向けながら、ラガラゴに微笑んだ。

 私の短いナイフが突進してくる鹿をいなし、勢いのまま首を刎ねた。


 そして、鹿の処理をするよりも先に、鞄から青甲虫を取り出す。

 ラガラゴから受け取った報酬のパンに青甲虫を挟み、ラガラゴにも渡す。食わず嫌いの彼の拒絶を振り切り、口に突っ込んでやった。


 久しぶりに食べたパンは、とても美味しかった。


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