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74 メイシィの旅立ち


――時間は少し遡る。



 雪解けのキールベス。

 フレデが去って行った後の広場。


 メイシィは茫然としていた。


 こんなはずじゃなかった。この場でリゼンベルグの王女として出来る事があったはず。けれども、フレデはそれを拒んだ。最後まで優しく微笑み、そして気丈に振舞っていた。


「メイシィ様……」


 気が付けば涙が流れていた。

 ドワーフの酒場の店主が優しくメイシィを抱きしめる。その服からは、少しキビヤックの香りが漂った。


 ジュラールやキールベスの住人達も気が気では無かった。兵士たちが去った後は商人が押し寄せたが、商人たちも騒然とする彼らを見て、状況も把握できずに混乱している。


 ようやく一人の商人が場を仕切り始め、いつもの大市の雰囲気へと変わってきた。だが、住人たちの心中は複雑だった。その証拠に、ジュラールはまだ地面に膝をついたままだ。


 メイシィは泣き止み、その様子をじっと眺めていた。



「……それで嬢ちゃんはどうするつもりだ?」


 メイシィが聞きなれた声に振り向くと、商人に扮したグレルスがそこにいた。

 止まったはずの涙が、再び溢れ出した。


「うぅ……グレルスさぁああん!! 私だって何かできないかと思ってたけど口を出すとフレデさんに迷惑がかかるしでもあんな顔されたら何もできないし☆#▲○%×●~!!」

「あーあー、とりあえず場所を変えようぜ」



――



 メイシィはグレルスに宥められながらドワーフの酒場へとやって来た。店は休みだったが、店主は快く開けてくれた。


 2人は温かい茶で体を暖める。


「しかしフレデさんって波乱万丈な人生ですねぇ!」

「嬢ちゃん、立ち直るのが早いな……」

「うじうじしてたって仕方ないですからね、私が何とかしないと! それで、グレルスさんは何しに来たんですか?」

「何しにって……あの兵士の集団がフランバンクスを通って行くのが見えてな。情報屋仲間に聞いたら、白森王を捕らえるために急遽派兵されたってんで、心配になって後を追って来たんだよ」

「わぁ! 見かけによらず優しいですねグレルスさん!」

「いやぁそうじゃねぇ。荷馬車の改築費用を滞納してっから、そろそろ払わないとヤバくてな……」

「グレルスさん……」


 そう言うと、グレルスはフレデが置いて行った鞄から金貨袋を探し出し、金貨4枚を手のひらに乗せて舐めるように眺めた。


「くっくっく、この輝きがたまんねぇぜ……」

「何だか急に悪者に見えてきました。変態はフレデさんだけで十分ですよ?」

「俺だってギリギリで生きてんだ。……まぁ嬢ちゃんを救い出すのには協力してもいいぜ」

「!! ありがとうございます、グレルスさん!」


 喜びのあまり、メイシィはグレルスに抱き着いた。

 メイシィは最初からフレデを助け出すつもりだった。だが、自分がどう動けばいいかが分からなかったのだ。


「よぉし、じゃあ金貨2枚でどうだ?」

「……グレルスさんも都合のいい脳みそしてますね」

「宿代も滞納してんだよ」



――



 2人は準備を終えて、門の前にやってきた。


「我々は白森王陛下をお救いするためにできる事をやります。借りた恩は必ず返すのが、我が国の流儀ですから」

「じゃあ、私たちは乗り込んで助けに行ってきますね!」

「軽いなぁ嬢ちゃん」

「メイシィ様、どうか十分に気をつけて下さい。ネックロンドはもとより、今の北部小国群は不気味です。『大仮装行進(マスカレード)』も近いので、大事は起こさないと思いますが……」

「分かりました。……何ですかその美味しそうな言葉は?」

「あー嬢ちゃん、道中に説明する。時間も無ぇしさっさと出立しよう」

「それもそうですね! ではまた会いましょうジュラールさん、ケニスさん! 楽しかったですよ!」

「こちらこそ、陛下をお願いします。グレルスさんもお気を付けて」

「おうよ」


 2人はキールべスに背を向け、山道へと入る。


 山道は既に商人たちによって踏み鳴らされ、幾分歩きやすくなっていた。メイシィとグレルスはそんな道を急ぎ足で進む。


 グレルスはこれからフランバンクスで馬車と宿代の支払いを済ませ、ネックロンドの方角へと向かうと決めていた。フレデがネックロンドのどこに捕らえられているかは、現地の情報屋に聞くつもりだった。


 グレルスは推測する。


 捕まった時の様子から、ネックロンドはフレデに危害を加えていないと思われる。そして同様に、フレデも彼らに危害を加えずに大人しく捕まるだろう。兵士だけは無駄に揃っているネックロンドが、キールベスと同じように誰かを人質に取る可能性が高いというのが、そう考える理由だ。


 そのため、助けに向かってもフレデは逃げ出さないかもしれない。かの白森王は、誰かが死ぬなら自分が死ぬ方がマシだと本気で考えているのだ。


 だが、この事はメイシィには言わない。自由な人間には、自由な人間としての役目があるはず。今は上手い方法は浮かばないが、とりあえずフレデの現状を確認すれば何かしらの対策は浮かぶだろう。



「それで、マーマードって何ですか?」

大仮装行進(マスカレード)だ。簡単に言うとお祭りだな。小国群の会議に合わせて各地で行われる仮装行列でな、国民も貴族も好きな格好に変装して町を闊歩するんだ。特に、主役となる貴族達はすげぇもんだぜ」

「わぁ、素敵じゃないですか!」


 大仮装行進(マスカレード)は主に各国の貴族達を中心とした権威のお披露目、そして結婚相手探しの役目を担っていた。


 だが実際はあらかじめ全ての縁談が仕込まれており、大衆にはあたかも運命的な出会いを演出したかのように映る。単なる茶番でもあり、好感度の向上の機会なのである。また同時に、政治が大きく動く会議を、貴族たちの恋の噂で濁す役目も担っていた。


 そんな華々しい祭りの一方で、大きな闇を抱えている。


「表向きはいい。だがその裏では、各国の金貸しと闇商人の取引が一挙に行われるんだ。そこで資金洗浄や詐欺の共謀を図るって訳だ」

「まぁ! それは面白いですね!」

「どこがだよ! ……まぁそれでな、ジュラールさんが言ってたのは、そんな状況下に置かれた各国は俺たちのようなチンピラを相手にする時間は無いって事だよ」

「私をチンピラに入れないでくださいよ!」

「いや嬢ちゃんはこっちの人間だろ、俺の嗅覚がそう言ってる。しかもおい、ちょっとにやけてんじゃねぇか」


 否定はしたが、メイシィはチンピラという言葉で気分が上がっていた。

 チンピラは演劇の基本なのだ。


 メイシィは胸元を開き、ナイフを持つ仕草をする。そして眉間に皺を寄せ、グレルスを見下すように顎をしゃくらせたまま口を開く。


「グレルスさんの真似」

「……馬鹿言ってねぇで、さっさと行くぜ」



 呆れて肩を落とすグレルスを他所に、メイシィは踵を鳴らして歩き出した。


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