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73 嘘吐きは誰?


 牢屋に響き渡る、男の声で目を覚ます。


「右手を出せ!」

「へっへっへ、優しく頼むぜ……っがあああああ!!」


 クダンの声と、牢屋の男の叫び声だ。どうやらこの場で家賃を支払う方式らしい。


「……最悪な目覚めだな」

「君ならすぐに慣れるよ!」


 隣の壁の向こうには、爽やかな詐欺師ヒタリ。

 早くもここから出たくなってきた。



 私の脅しに折れたこの隣人は、いくつかの情報を与えてくれた。


 私を捕らえたのはネックロンドの軍部らしい。この国は財政が危機的な状況にあり、政府内部でも今後について大きく意見が割れているそうだ。

 その根底にあるのは、北部小国群から脱退したいけど出来ないという問題。私を捕らえて名誉と懸賞金を手に入れる事で、より交渉権を得たいと考えていたそうだ。


 だが懸賞金は出なかった。必要なのは、私の首から上だけだからだ。


 これは、少し厄介な問題だ。


 まず、ネックロンドは私を突き出したい。しかし首を切ると国が崩壊するかも、なんて思っているのかもしれない。彼らも黒いエルフが怖いのだ。


 そして、北部小国群が全ての黒幕というわけでも無い。むしろ、彼らにとっては私という存在がここから消えれば都合がいいはずだ。ネックロンドが五月蠅く言ってくる事が無くなるのだから。


 当然、私はここから逃げ出したい。そしてキールベスの人々も無事でいて欲しい。だが安易に脱獄すると、ネックロンドがキールベスに襲い掛かる可能性が高い。それに困ったことに、キールベスは食料輸入国で北部小国群は食料輸出国なのだ。


 そして、そもそもヒタリは詐欺師。これまでの話が全て嘘だという事も考えられる。



 この状況下で、いかにして最高の結果を得られるか。

 私はその道筋を考えていた。



 クダンと切られた男が牢屋から出て行き、牢獄に静けさが戻る。


「ヒタリ、お前の事を教えてくれ」

「おや、あの白森王が僕に興味があるのかい?」

「お前は隣人と仲良くしたいんだろう?」

「……何だか君は詐欺師に向いている気がしてきたよ。良かったら僕と一緒にどうだい?」

「お断りだ」


 疑われているようだ。


「残念だよ。それで僕の何が知りたいの?」

「お前は何故この牢屋にいる?」


 これは昨日聞いた質問だ。

 だが、真実を知りたかった。信頼という意味でも、この男の精神に触れるという意味でも。全ては私が上手く脱獄できるために。


「じゃあ、一つ謎解きをしようか」


 ヒタリはそう言うと、問題を出した。



【嘘吐きは誰?】


 ある国で、嘘吐きだらけの会議があった。

 ここには本当の事しか言わない正直者と、嘘しか言わない嘘吐きがいる。その会議の出席者5人が、国王に対してそれぞれこんな事を告げた。


 ①:我々のうちの1人だけが嘘吐き

 ②:我々のうちの2人が嘘吐き

 ③:我々のうちの3人が嘘吐き

 ④:我々のうちの4人が嘘吐き

 ⑤:我々全員が嘘吐き



「さて、正直者は誰でしょうか?」

「その謎解きとお前の事とどう関係がある?」

「いいからいいから。解けたら教えてあげるよ!」


 まぁいい。

 これは論理的思考を試す問題だろう。



 まず⑤。正直者がいるという問題に反している時点でこいつは嘘吐きだと分かる。


 そして①。

 ⑤だけが嘘吐きであるならば、①は成立する。

 だが、②~④がある。②~④は複数人が嘘吐きだと言っており、その人数もバラバラ。つまり②~④の中の誰かは嘘吐きだ。①の意見とは矛盾している。①は嘘吐きは一人『だけ』と限定しているから。


 そう考えると①は偽。嘘吐きは複数人いる。


 ②~④は何人いるかを示している。

 これは順番に考える。


 ②が正しければ①、③、④、⑤が嘘吐きとなる。②は偽。

 ③が正しければ①、②、④、⑤が嘘吐きとなる。③は偽。

 ④が正しければ①、②、③、⑤が嘘吐きとなる。④は真。


 つまり、①、②、③、⑤は嘘吐き。


「正直者は④だ」

「はっはっは、正解だよ! 即答するかと思ったけど、中々時間が掛かったね!」

「得意では無いんだ」

「くっそ、全然分かんねぇぜ……」


 牢屋の男達も聞いていたようだ。

 いい気分転換になるな。


「正解だから教えてあげるよ。僕がその④さ」

「どういう事だ?」

「ここからは取引といこう。僕は君に協力してやってもいい。ただし、君も僕に協力する事。それを優先度の一番上に置くんだ」

「……それは協力する内容によるな」

「ここでは言えないね。皆が聞き耳を立てている」

「ではどうする?」


 すると、見張りの兵士が再びやってきた。

 朝食だ。手には芋の水煮らしきものがある。


 それにもう一つ。

 羊皮紙の束を、私の牢屋に慎重に置いた。


「目を通したら教えてね」


 一枚目に目を通す。



『~発行国 カルドレロ自治政府

 ~購入者 クィン王国政府

 ~債券発行枚数 80,000口(1口金貨100枚)

 ~償還期限 50年』



 字が掠れて読み辛い。

 それぞれの国名の横には蝋印が押されている。どちらも正式な印のようだ。

 これは……。


「債券、いや国債か」

「ご明察! さすが元国王だねぇ。でも皆が聴いているのに口に出したらこっそり渡した意味がないよ?」

「教えてと言ったのはお前だろう?」

「それもそうだね、はっはっは!」


 この国債を見るに、カルドレロ自治政府がクィン王国政府に借金をしているという事。それも金貨

80,000枚という物凄い額だ。

 そしてヒタリは取り立てる側、クィン側の人間という事だ。現在のクィンはクィン・カラという国名に変わり、内戦を続けているはず。リルーセで見たクィン・カラの暴動は記憶に新しい。


「これは詐欺師が作ったのか?」

「違う違う、そんな事を出来る訳がない。僕は正直者なんだよ。そのせいで悪い奴等に色々と騙されちゃってさぁ。まぁ君の読んでいるそれは写しの1枚さ」

「……仮にこれが正式な物だとすると、お前がここから出ない理由も何となく分かる」

「へぇ……これだけで? あぁ口には出さないでね!」


 歓楽都市として発展したカルドレロは、この借用書を無かった事にしたいんだろう。発行元のクィン・カラは内戦中のため、この国債を有耶無耶にできる絶好の機会だと思っているはずだ。


 逆にクィン・カラは、これをさっさと金貨に変えてしまいたい。内戦なんて他国が利益を享受するたけで、自国には何の利益も無いからだ。早く終わらせて復興、そのための金貨が必要となる。もしくは別の意図があるのかもしれない。


 クィン・カラは、内戦が終了するまでこの国債を安全な場所で隠さなければならない。そのために、ヒタリと共にネックロンドの監獄に収監した。資金難のこの国はクィン・カラから口止め料を貰って匿っているのだろう。


「これで正解か?」

「声に出してくれないと分からないよ……」

「お前が出すなと言ったんだろう」


 ヒタリへの協力内容。

 その内容は、カルドレロへの取り立ての成功か、もしくはクィンの別の意図か。


「私は戦争には加担しない」

「そこまで協力しろとは言わないよ」

「では、取り立てか」

「大正解!」


 カルドレロへの金貨80,000枚の取り立て。この額を手持ちで持っているとは思えない。押し掛けても無駄だろう。カルドレロで大きな資金が動く時、それを密かに待つしかない。

 ……というか、私にできるのか?


「状況は大体理解した。だが私に頼むよりも、クィンの力で組織立てて計画した方が確実ではないか? 今の私には何の力も無いんだぞ?」

「僕にも考えがあってね。君を信頼しているとだけ伝えておくよ」


 言葉を濁すのは詐欺師の癖らしい。


 とはいえ、私の選べる選択肢は一つしかない。

 どのみちカルドレロには向かう予定なのだ。


「ただし、君の武力を持たない人質たちについては協力できる範囲になるだろうけどね」

「私としては、そちらの方が問題だな」


 ネックロンドは再びクダン達をキールベスへと派兵する。前みたいに簡単に人質を取って、私を出せと脅すのだろう。後の無いネックロンドは、もはや何をしでかすか分からない。


 さて、どうするか。

 私が脱獄した時に、キールベスの人々を守りつつカルドレロへと向かえる方法……。


 これは発想の転換を試す問題だろう。


 ズルをするのは得意だ。

 少し考えて、口を開いた。



「私に策がある」


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