70 働き詰めの特務調査隊
「だから何度も言っているだろう!」
「……どうしようもないのだ、グロッソよ」
ミルグリフ王子が政治の場に返り咲いた。
すこぶる健康な状態で、だ。
「脳の障害が治る薬なんぞ聞いた事が無い。どう考えてもおかしいだろう。こんな事になるなら、俺が無理やりにでもフレデチャンを引っ張って来るべきだった」
「幸いにも私の派閥は維持している。まだ最大勢力だ。だが兄上に移るのも時間の問題かもしれぬ」
「お前にしては、珍しく後手後手だな」
「あぁ」
ここプロヴァンスの国民にとっては朗報だろう。なにせ優秀な王子が一人追加だからな。
本当にミルグリフ王子が黒い呪いに操られているのであれば、竜の姫君に阻止してもらいたい。だが彼女の立場は基本中立。そして呪われているかが分かるのは、同じ呪われた者のみ。
そうなると、手の打ちようがない。
「では仕事に戻る。また彼女からの手紙が手に入ったら呼んでくれ」
「待て、俺達の休みはどうなった?」
「……」
いつもこれだ。
仕方ないのは分かるが、何か喋ってくれ。
そうしてエルレイの執務室から出て、広すぎるプロヴァンス城を散歩しながら特務調査隊の事務室へと戻る。
「全員聞け、まだ休みは無しだ」
「えぇー! 最悪っすよあの王子!!」
「いいぞ、ジョバンもっと言ってやれ」
今ならこいつの気持ちも分かる。
俺たちはリゼンベルグで後始末を済ませた。そして隊長を残してプロヴァンスへと戻り、その後も休み無く働いている。エルレイとメイシィの婚約の手前、両国の結び付きが強くなってしまった。その辺の調整に追われていた。
復興支援とは、数日そこらでは終結しない長い戦いだ。誰かがやらねばならない。だが、正直辛い。連勤は60日を超えた所だ。
「ほらジョバン、次の手紙だ」
「おぉ待ってました! 何々『貴女のその心はまるで荒野に咲く一凛の花の』……」
ジョバンはメイシィの代わりに、エルレイと恋の文通をしている。いい歳した2人のやり取りは中々に不気味だが、これも愛の伝道師の仕事だ。何よりもこれでエルレイが元気になるのだから、俺に止める事は出来ない。
メイシィが旅に出たのも当然秘密だ。竜の姫君が連れて行ったとはいえ、断らなかったあいつも悪い。
王都リゼンベルグは遠い。エルレイにはこの文通の為だけに早馬を使っている、と伝えている。バレたら俺とジョバンは首だろう。
結婚式はいつになる事やら。
復興を言い訳に先延ばしにしているが、それそろエルレイが会いに行きかねない。
「あーあ、俺もフレデチャンに会いたいっすよ」
「無理でしょ、もうどこにいるかも分からないし」
「ゾーイさん、愛があれば分かるんっすよ」
「そろそろ鬱陶しいな……」
口に出てるぞゾーイ。
隊員たちも働き詰めで心が荒んでいる。城にいて嬉しい事が何もないしな。ロドリーナ姫が持ってくる酒が妙に美味い事ぐらいだ。
その時、扉が勢いよく開いた。
「おおいグロッソ! 帰ったぞ!」
「うわ……久しぶりですねボーレンさん」
「うわって何すかグロッソさん」
久しぶりすぎて逆に新鮮だ。
「たった今、ワシは休みを貰った! カルドレロの武闘大会を覗きに行くぞ!」
「そうですか、ぜひ楽しんで来て下さい。俺は休みを貰えなかったんで」
「なんじゃと? じゃあ誰でもいい、ワシを案内しろ!」
その言葉で、隊員たちはお前が行けよという空気になる。これも仕事のうちに入るのだ、世話が焼ける。
「そういえばジョバン、お前の想い人は竜の姫君と共にカルドレロの武闘大会へ行くつもりらしい。竜人の情報屋からミンクルに届いた、確度の高い情報だそうだ」
「フ、フレ……俺の想い人が?」
「どうだ、恋の運命を感じるだろう?」
恋の運命。
こんな言葉、初めて使った。
だが、この一言でこいつは決断する。
「感じる、感じますよグロッソさん!」
「よしじゃあジョバン頼む。仕事は全部ゾーイに引き継げ」
「ちょ、俺が恋文を書くんですか!?」
そして、扉が閉まる音が聴こえた。別れの挨拶も引継ぎもする事無く、隊長とジョバンは出て行ったようだ。
「実にせわしないな」
「あの体力を分けて欲しいですね」
「そうなったら更に働き詰めだぞ」
「はぁ……俺って何のために生きてるんでしょうね」
「ゾーイ君、その想いを手紙にぶつけてみろ」
後日ゾーイが書いたその手紙を読んだエルレイは、血相を変えて俺に詰め寄ってきた。メイシィには私がいなきゃ駄目なんだと。この2人は意外と相性がいいかもしれない。
まったくメイシィの奴め、いつ戻るんだ。
あの騒がしさが恋しくなるほど、俺の心が疲弊しかけていた。
これにて第四章終了です。
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