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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第四章 夢と記憶を紡ぐ女王
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69 雪解けの来訪者



 降り積もった雪の上に、橙色の蝋燭が灯されてゆく。



 冬のキールベスが幻想的な光景に変わる。蝋燭には風雪除けの細工が施されており、人の手を離れても柔らかな光を発し続けていた。


 目の前のこの美しい情景は、キールベス住人の葬式も兼ねている。雪灯祭と呼ばれ、その1年間で亡くなった人々を思い返すとともに、心を暖める意味も持っているらしい。これから雪解けの時期まで、夜はこうして暖かい光に包まれる。


「見ているだけで心が洗われるな」

「フレデさんは煩悩だらけですからね!」

「お前もな」


 私はメイシィと共に、風呂上がりの雪景色を堪能していた。



 あれから数日をかけて体調を戻し、その後はジュラールの研究に協力していた。


 彼が着目したのは、私の血液だ。黒い呪いは血液にも憑りついているらしく、それを誤って飲んでしまうと呪いに感染する可能性があると言う。まるで病原体だ。指を切って目の前で再生させてくれとも言われたが、それは流石に怖いから止めた。


 それから、倒れた私を保護してくれた方々へのお礼と情報収集を兼ねて地下の散策。他にもヌーラに協力して、クルの情報更新などを行ったた。


 その際に、彼女から気になる情報を得た。


 どうやら黒森林の中心には、人間の遺跡があるらしい。古代の討伐記録の地図とジュラールの調査情報を照らし合わせて分かったそうだ。


 その討伐記録の魔獣の名はヴィザル。木簡には『そこにヴィザルがいた』としか書かれておらず、種族はおろか討伐されたかすら分からない。場所が場所だけに狂暴な魔獣だろう。



「うぅ、風が強くなってきたな」


 風が吹いてきた。

 温まった体があっという間に冷やされる。この時期は積雪は落ち着くが、一年で最も気温が低いそうだ。


「そろそろ戻ろう。流石に湯冷めしそうだ」

「じゃあ次は港の露天風呂に行きませんか? なんでも、お酒を飲みながら湯舟に浸かれるらしいですよ!」

「ほう、それはいいな」


 私とメイシィは少しだけ贅沢をしていた。ジュラール達に協力したり、町の行事に参加はするが、それ以外の時間は酒と珍味と風呂。

 町の人々は私を暖かく受け入れてくれたが、私は自分がこんな思いをしてもいいのかと少し葛藤した。未だにその罪悪感は拭えていない。


 だが、彼らの態度は本当に嬉しかった。


「「ああああぁ……」」


 湯舟からは夜の海が一望できる。

 波の打つ音、星空。

 そして酒。


「これこそ趣と言うんだろうな……」

「最高ですねぇ……」

「メイシィ、今日も酒場に行くのか?」

「もちろんですよ! 昨日負けた分を取り返さないと!」


 メイシィは酒場で行われる賭け事に嵌っているらしい。勝ち負けを繰り返し、時間だけを浪費している。実に煩悩だらけだ。


「むむ、そう考えたら鍛冶屋の親父さんに土を舐めさせたくなってきました。フレデさん行ってきます!」

「程々にな……ふぅ」


 メイシィが湯舟から出て行った。


 一人になった私に、エルフの女性たちが声をかけてくる。彼女たちは気を使ってくれているのか、メイシィがいる時は私に話しかけてこない。


「こんばんは陛下、キールベスは良い国でしょう?」

「こんばんは。そうだな、今まで見てきた国の中で一番好きだ」

「ふふ、自分の事のように嬉しいです。ありがとうございます!」

「……私の方こそ、ありがとう」


 これがキールベスでの毎日。

 この日も、お酒が美味しかった。



――



 今日はメイシィに付き添って、語学学校へと来ていた。


「ではこれを寄贈しますよ!」

「いつもありがとうございます、メイシィ様」


 彼女は子供たちのために、絵本を寄贈していたらしい。

 メイシィにもこういう所あるんだな。

 ちょっと見直した。


「メイシィお姉ちゃんありがとー」

「絵本読んでー!」

「はいはい、今日は新しい絵本ですよー!」

「「やったぁ!」」


 目の前にいるのは、あらゆる人種の子供たち。この子たちは、喧嘩をしてもすぐに相手を認めて仲直りをする。拝金主義の大人が学ぶべき道徳心だろう。メイシィはこれを見て賭博を止めないのだろうか。


「ようこそおいでくださいました、白森王陛下」

「先生、メイシィは迷惑をかけていないか?」

「いえいえ、むしろ助かっております。子供たちもメイシィ様がお越しになるのを楽しみにしているのですよ」


 確かに天真爛漫なメイシィは子供に好かれそうだ。彼女自身も、子供が好きと言っていたな。

 近いうちに、メイシィもエルレイとの間で子供を産むだろう。きっと子供も母親に似て五月蠅いんだろうな、ふふ。


「じゃあ読みますね。『白森王の茶色いベッド』」

「待てメイシィ、何だそれは!」

「ジュラールさんの新作ですよ。ジュラールさんはフレデさんに関する本を沢山書いてるんですよ。知らなかったんですか?」


 あいつ……でも茶色は駄目だろう。


「『朝起きると、私のベッドには』」

「読むな!」



――



 薄く積もった雪が、水溜まりへと姿を変えた。

 厳しくも短い冬が終わりを告げる。


 先日フランバンクス側の山道が開き、今日の昼には商人の第一陣がキールベスに押し寄せるそうだ。彼らが店を開く広場は既に掃除が済んでいる。私たちも買出しを終えてからフランバンクスへと向かい、グレルスと合流する予定だ。


「どんな高値で売り付けてくるんでしょうかね!」

「さぁな。私たちは邪魔にならないように、細々と買い物するとしよう」

「嫌です! 金をばら撒いて遊ぶんですよ!」

「それは劇場の出資金だろうに……まぁ好きにすればいい」


 この国の鍛冶屋の親父さんにいくら寄付したんだろう。身ぐるみを剥がされていないだけマシか。


「陛下、門が開きますよ」


 ジュラールが傍による。

 紳士的で純愛を通していたように見えたこの男、実はただの変態だった。ジュラールが書いた私に関する卑猥な本は全て没収し、ケニスに渡した。ケニスも知らなかったらしく、彼女もドン引きだった。


 それでも何事もなかったかのように私に笑顔で接するという、強心臓の持ち主だ。


 門がゆっくりと開かれる。



 まず現れたのは、武器を持った武骨な男達。商人の護衛だろう。どこぞの紋章が付いた、随分と豪華な装備だ。


「なっ……!!」


 ジュラールが驚いて声を上げた。広場にいたキールベスの人間たちも、ざわざわと不穏な空気を醸し出している。


 何かあったのか?


 そして、入国した先頭の兵士が声を上げる。


「聞け! このキールベスが黒エルフを匿っているとの情報が入った! その黒エルフは各地で厄災を引き起こし、大陸全土で指名手配されている! 身柄を引き渡す事を要求する!!」


 ……はぁ?


「……陛下、申し訳ありません。私に口裏を合わせてください」

「おいジュラール何を……」


 ジュラールは兵士へと向かって行った。その兵士の後ろには……キールベスの門番が捕縛されていた。


「私はこの国のエルフ族代表、ジュラール・ベントレントと申します。ネックロンド国の兵士殿、この国では黒森林の研究を行っておりますが、黒エルフを発見したという事実は御座いません。そのような恐ろしい情報はどちらで……?」

「そうか。匿うのであればそれでもよい」


 兵士は槍を門番の首へと向けた。


「な、何を! この国は中立ですぞ、これは宣戦布告ではありませんか!」

「宣戦布告をしたのは貴国だ! 黒エルフと結託し、我ら小国群を襲おうなど許さんぞ!!」


 そんな事していない。詭弁だ。

 ふざけるな。


 私を取り押さえるケニスを振り払い、前に出た。



「そこまでだ!!」


 兵士の槍が止まり、私に視線が集まる。


 フードを取った。黒い長髪が風でなびく。

 キールベスの人々がざわめき、先頭にいた兵士は私を見てにやりと笑った。


「キールベス! これは一体どういう事だ!!」

「彼らは関係無い。キールベスの住人は私の呪いで傀儡となっている。お前も仲間に入れてやろうか?」


 そう言い放って、右手を男に向けた。

 瞬間、兵士たちが武器を構える。


 その場に緊張が走った。


「……く、黒エルフ。その手を下ろせ、門番を切り刻むぞ」



 どうする。


 精霊を呼べば、あの門番は救える。

 だが、その後戦闘になる。

 戦力を持たないこのキールベスでは、犠牲者が出る可能性は高い。


 仮にもし誰も犠牲が出なくても、この兵士共は再びキールベスにやって来て人質を取るかもしれない。私が人質に弱いという事を知っているはずだからだ。そうなると、私はこの場から動けなくなる。


 つまり、敵の親玉を潰さなければこの問題は解決しない。



 私は酒場のドワーフに口を抑えられたままのメイシィを見た。

 今にも泣きだしそうだ。


 彼女に微笑んだ。


「……そんな顔をするな」



 ――ありがとうメイシィ、楽しかったよ。



 私は兵士に向き直り、両手を上げた。


「降参だ。キールベスの呪いは解く。門番を寄こせ」

「……くっくっく、それでいい」


 兵士は門番の鎧を掴んだ。

 対する私は服を脱ぎ、装備を解いていく。


「なぜここで脱ぐ、黒エルフ?」

「呪われた装備がお前たちに必要か?」

「口が減らんな、この露出狂め」


 違う、露出狂ではない。

 装備は全て置いていく。

 こんな奴等に渡すものか。


 だが、下着だけでは流石に寒い。武装解除してコートを羽織り、兵士へと近づく。


「私の呪いは触ると伝染するものだ。それは私の意思に関係無く、攻撃に対して勝手に自動で反撃して相手を呪う。大人しく着いて行くが触れるなよ」

「そうか。では、この場で試してやろう」

「お、お止め下さい! この場の全員が、死んでしまいます!!」


 ジュラールが大きな声で叫ぶ。

 完璧だ。

 悪いが利用させてもらう。


「ジュラールめ、余計な事を」

「おいクダン、武器を下ろせ!!」

「……チッ」


 クダンと呼ばれたは武器を下ろし、門番を掴んでジュラールへと押し出した。


「来い」


 その言葉を無視して後ろを振り返ると、キールベスの住人が不安気な表情で私を見ていた。


 まさか、こんな別れ方になるとはな。

 最後まで迷惑を掛けっぱなしだ。


「……傀儡とはいえ世話になった。もう呪われないようにな。本当にありがとう」


 深く頭を下げ、背を向ける。

 兵士が私を取り囲み、門の外へと誘導する。


「クダン君、私をどこへ連れて行く気だ?」

「……黙ってついて来い糞野郎」

「血の気の多い奴だ」



 ――そうして、ついに私は捕らえられた。


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