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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第四章 夢と記憶を紡ぐ女王
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68 夢と記憶の道しるべ


――――――



「父上、この虫は美味しいのでしょうか?」


 凛とした銀髪の少女が、ウネウネと動く虫を握っていた。


「美味しいよ、毒があるけどね」

「あなた! フレデも早く放しなさい!!」


 フレデと呼ばれた少女は、残念そうな表情で虫を草むらへと放り投げた。だが、あの奇妙な生物は食べれる。また一つ学ぶことが出来たと感じていた。


「姉様、昨日はあちらの草を食べていませんでしたか?」


 王子のその一言には護衛たちも驚いた。王子が指を差したのは、王城の庭に咲く美しい花々だ。食べれなくもないがトゲだらけである。


「あれは美味しかった」

「フレデ! ちょっとこっちに来なさい!」


 手を引かれるがまま、フレデは城の中へと連れ去られた。


 庭に、柔らかな木漏れ日が差し込む。

 国民の休日と制定したこの日は、マグドレーナの全ての人々が休みを取っていた。それは、王族も例外ではない。国王たちは家族で庭の散策をしていた最中だ。

 国王は王子に話しかける。


「クロルデン、お前は将来の夢はあるか?」

「はい。姉上を国王とし、私が傍で支えていきたいです」

「お前は王位はいらないのか?」

「不要です」


 その会話は護衛の耳にも届いていた。

 だが、彼らは一切驚かない。


「……もう一度だけ、理由を聞かせてもらえるか?」

「その方が、面白いからです」


 王子が放ったその一言に、国王は大きなため息を吐いた。育て方を間違えた訳では無い。元から変わっていた、ただそれだけなのだ。


 王城からは妃の叱る声が聞こえる。それに対してフレデが反論していた。

 強情で変人なのは、マグドレーナ王家の気質。



 今日もマグドレーナは平和であった。



――――――



「ぐっ……次は……どこだ!?」


 各地で黒いエルフの出没が増えている。

 それも、自国マグドレーナの部下たちだ。


 それを止める役目は、元国王で同じ黒いエルフの私だけだ。

 一人、また一人と、人里に襲い掛かる黒いエルフを同じ呪いの力を以てねじ伏せていた。だが、決して殺すわけでは無い。呪い同士を統合できると知ってからは、ひたすら自分自身へと吸収し続けていた。


「っつ……限界か……」


 その代償である頭痛は、日に日に強まっていた。


 そして今回も、痛みと共に気を失った。



――――――



 黒い髪のエルフの姉弟が、一人の黒いエルフと対峙していた。


「姉様! 町の被害状況は!?」

「炎のせいで黒森林が暴れている! 私は制御に回るぞ!」

「お願いします! ……おいジェスケラ、お前やりすぎだ」


 ジェスケラと呼ばれた黒いエルフは、口から血を流していた。自分の血液ではなく、この地に住んでいた人々の血だ。ジェスケラの黒い眼球をギョロギョロと回し、正面の黒いエルフを見つめなおした。


「姉様はお前を殺せない。汚れ役は俺の仕事だ」


 そう言い放った黒いエルフは、王の双剣を構えた。



――



 ……光…………。


 今のは…………夢か。


 ……ここは……。


 体に、力が入らない。


 目を開く。

 病室だ。


 大きなベッドの周りには、色とりどりの花が敷き詰められている。まるでエルフの葬式のようだ。


 この強い香りは、薔薇か。

 王城の庭に多く生えていた薔薇。

 おかげで、懐かしい夢を見させてもらった。


「夢……」


 3つの夢を見た。


 家族で庭に出た夢。

 呪いを統合する夢。

 クロルデンと共に町を襲う黒いエルフと戦う夢。しかもその相手が……マグドレーナの儀典官ジェスケラ。私の腹心だった男だ。そしてクロルデンの髪は黒かったが、私と同じように自我があった。


 呪いに関する夢は、過去の記憶なのだろうか。それとも、未来を司ると言われた魔獣クルが見せる予知夢なのか。



 ――クロルデン、お前は今どこにいる?


「は、白森王陛下!?」


 驚きの声を上げて、ケニスがやってきた。


「おはよう、ケニス」

「お、おおお、おはようございます陛下! ご無事で……ご無事で何よりです! もう戻らないかと……!!」


 ケニスの目から涙が零れる。


「大げさだな。少し倒れただけだ」


 ケニスは私の布団で鼻をかみ、目を拭きとる。


 待て、それはどうなんだ。

 布巾は無いのか?


「……陛下は、ひと月眠っておられました」

「そうか…………は?」


 ひと月?

 その時、扉の方から騒がしい音が聞こえてきた。


「フレデさあああん!!」

「うわっ!」


 メイシィが布団に飛び乗って来た。

 彼女が手に持っていた花が周囲に舞い散る。


「死んだかと思いましたぁ……!!」

「落ち着けメイシィ……泣いているのか?」

「泣いますよぉ……! うぅ……よかったですぅ……! ……ずびずび……」


 メイシィは私の服で鼻をかむ。

 随分を心配をかけていたようだ。


「この通り元気だ。記憶も失っていない」

「……私の劇団船の出資金の総額はいくらですか?」

「…………金貨231枚」

「うわあああん!!」

「私が覚えてる訳ないだろう……」


 メイシィは泣いてもメイシィだ。

 軽く抱きしめて背中をさする。



 メイシィが落ち着いた所で、ケニスが状況を説明してくれた。


 私はクルの牙を削ろうとした瞬間に倒れたらしい。そのままメイシィがジュラールに連絡を取り、この病室に運び込まれたという。

 以前クルに意識を奪われた研究者たちと同じ状態だったらしく、そのままひと月も気を失っていたそうだ。


「そういえば、その研究者たちは?」

「陛下がクルを倒した日に目を覚ましました。今は筋力の衰えを戻しながら、研究を続けております。ちょっと医者を呼んで参りますので、そのまま安静にしていてください」


 良かった。クルの討伐で意識が戻ったか。


 話を聞いて安心したせいか、力が抜ける。

 体が横向きに倒れそうになり、メイシィが慌てて支えてくれた。


「ありがとう、メイシィ」

「ちゃんと寝てなきゃダメですよ、私が絵本を読んであげますから!」

「いやいい、子供じゃあるまいし」

「いいからいいから! こほん。『白森王の黄色いベッド』」

「それはやめろ」


 どこまでお漏らしを引っ張る気だ。



 暫くすると、ケニスがジュラールを連れて戻って来た。ジュラールもひとしきり泣いた後、現状と今後について説明をしてくれた。


 どうやらジュラールは、私がクルを倒したという事と、クルによって被害者がいた事を公にしたらしい。辞任も覚悟の上だったそうだが、キールベスの住人はそれを拒否し、今までと同じ立場のままで責任を取る事になったそうだ。

 特に私に対しては、確実に目を覚まさせるようにと。

 頭が下がる。


 方や私とメイシィは、討伐歴のない魔物を討伐した事、研究者たちの意識を戻したことによってますます評価が上がっていた。この薔薇の花は死体に添える花では無く、国民たちからの心の現れだそうだ。

 ありがたい話だ。だが、流通も止まった極寒のこの国のどこに薔薇が生えるのかは気になる所である。


「白森王陛下、今一度この国の王として君臨して頂けませんか?」

「すまない。私にはやる事があるのだ」

「……承知しました。これ以上は具申致しません。ですが我々キールベス国民、全力で陛下を補助いたします。それは陛下が断ろうとも、勝手にやらせて頂きますよ」

「ジュラ―ルさん、私たち出資金が足りないんですが」

「メイシィ……」


 ジュラールも苦笑いだ。

 唆されて結構な額を渡したのだろう。


「では失礼します。ごゆっくりお休み下さい」

「また明日来ますよ!」


 私の今後については。もう少し体調が戻ってから相談する事となった。暫く安静にしろと念を押され、3人は部屋から退室していった。


「ふぅ……」


 窓の外は夜。しんしんと雪が降っている。


 呪いの解呪方法と、私の60年間の記憶。どちらも確実な情報は得られていない。だが、少しずつ前に進んでいる感覚はある。


 ただ、黒森林の中心に核があるというジュラ―ルの仮定は気になる。もしそうだとすると、ナジャが言う通り光の精霊を操る人間、あのボーレンのように根を断ち切れる力があれば、私のこの呪いが解けるかもしれない。


 ここはボーレンに頼むべきなのか。そう考えただけで、手汗が凄い。

 ふふ……あのクルを見ても震えなかったのにな。


 そして何よりも、クロルデンが生きている可能性がある。クルがその希望を見せてくれた。あの夢と記憶の道しるべは、私を正解へと誘ってくれるのだろうか。



 右手を窓に向けて伸ばす。

 そこに反射する自分と、夜の海をぎゅっと握りしめた。


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