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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第四章 夢と記憶を紡ぐ女王
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67 クル②


 舞台袖には、グランデ劇場と書いてあった。

 劇場を縫うように走りながら、支配人に話しかける。


「メイシィ! 私は光の勇者が見たいんだが!」

『光の勇者ですかぁ? 大好きですねー』


 その声で、クルが私に気付いた。

 だが遅い。


 壇上に現れたのは、リゼンベルグで兜を被ったあの光の勇者。

 その鋭い剣は光を纏いながら、クルに向かって振り下ろされた。だが勇者は夢の中でも演技をしているつもりなのか、剣速がやたら遅い。クルは武器が触れる前に飛び掛かり、光の勇者を一撃で消滅させた。


 駄目か。やはり楽な戦いでは無い。

 双剣がクルに届く前にクルがこちらに振り向いた。

 急停止して構えを変え、クルの攻撃に備える。


「ところでメイシィ、ここは空飛ぶ劇場船か?」

『もちろんですよ、ほら』


「ぐうううっ……!!?」

「グアアアアアアアア!!!!!」


 突然、物凄い圧力が体にのし掛かり、地面にへばりつく。

 これで飛んでいるつもりなのか……!

 全く身動きが取れない。だが、クルはかろうじて動けるようで、涎を垂らしながらゆっくりと私の元へ近づいてきた。



「ぐ……メイシィ! ここが空の劇場なら、空から落下する演技も当然あるよな!?」

『わぁ、それは考えて無かったです。流石フレデさん、面白い意見ですねぇ』


 その瞬間、劇場の全ての物が消失した。

 床も壁も天井も、何もかも。


 私とクルだけが夜空へと放たれ、自由落下を始めた。


「やりすぎだああぁ!!」


 壇上のクルだけを落下させてほしかったのに!

 精霊術は……っく、使えない。暗闇で地面は見えず、いつ着地するかも分からない。



「メイシィイィ! 舞台を変えよう! やはりお前の劇場がいいいぃ!」

『えぇ? フレデさんは我儘ですねぇ。でもいいですよ、私の劇場は色んな仕掛けを入れるつもりなんです』


 その瞬間、私とクルは劇場の舞台の上へと戻った。


 着地なんて存在しなかった。

 気付けばそこにいる。そんな感覚だ。


 

『まず、天井の照明が落下して演者が死ぬんです』

「おい待てメイシィ!!」


 舞台を見上げると、巨大な照明が天井から降って来た。

 冗談じゃない!

 正面からはクルの突撃。


 斜め後ろに飛び上がり、クルの衝撃を受けつつ、あえて後方へと飛ばされる。劇場の2階席の壁に打ち付けられた。


「ぐっ……!!」


 クルは落下してきた照明に潰されたが、頭を左右に振って起き上がった。頑丈な奴め。



『そして水や霧が現れて、お客さんも巻き込んだ演劇を繰り広げるんです。もちろん風もありますよ!』

「勘弁してくれ……」


 私は腕と肩から出血していた。


 休む間もなく、今度は劇場の壁中から水が流れ出てくる。渦巻く水流に連れ去られないように必死に手すりにしがみついた。そしてクルは……まずい、泳げるようだ。2階席が水で埋まり、クルが咆哮を上げながら迫ってきた。



「メイシィ! こんな空飛ぶ劇場があるわけがないだろう!

 空と地面が入れ替わる方がマシだ!」


『それもいいですねぇ』


 その瞬間に水が消滅し、床と天井がくるりとひっくり返った。


「ぐううぅ……!!」


 床が天井に、天井が床に。

 落ちないように手すりに腕を絡める。


 クルは天井へと落下し、背中から尖った照明に突き刺さった。メイシィの妄想力による一撃だが、あんな危ない照明を客席に作っちゃだめだろう。


「グアアアアア!!!!」


 悲痛の声を上げる。効いている。だが、不利なのは私だ。


 しがみついた片腕とローブが手すりに固定されて身動きが取れない。そのまま宙ぶらりんで、辛うじて落下を免れている。もう片方の腕からは血が滴り落ちていた。


 クルは起き上がって私を見上げ、飛びかかろうとしている。



 ……まずい。

 考えろ。どうすればいい。


 重要なのはクルよりもメイシィの感情だ。

 メイシィの憎いものをクルにぶつける。

 これしかない。



 クルが飛び上がった!


「メイシィ、観客席に巨乳の竜がいるぞー!!」

『巨乳は全員敵です!!』


 クルの爪が私に届く瞬間――。


 メイシィの叫び声と共に、ぱぁんと空気が弾けるような音が鳴り響く。目の前にまで迫っていたクルが、突如見えない壁のようなものに押しつぶされた。


「グアアェエ……ェ……」


 平べったくなったクルは、黒い血を流しながら落下していく。そのままずしんと天井に落ち、劇場内に静けさが戻った。


「ふぅ……」


 ローブを千切って着地し、クルの様子を伺う。完全にぺちゃんこだ。骨も砕けていて肉の塊のようになっていた。


 何とかなったか……。

 しかし、巨乳の竜で倒せるとは。


『巨乳で思い出しましたが、美味しい饅頭が食べたいですねぇ』


 メイシィがそう言うと、舞台にどどっと饅頭が降って来た。

 呑気なやつだ。


「メイシィ、そろそろ目を覚まそう」

『もう少し寝たいですぅ』

「おい……」



――



 ……ザーザーと、波の音が聞こえる。


 瞼の裏が明るい。

 目を開いた。


「ううぅ、寒……」


 砂の上で眠っていたようだ。

 起き上がり、服についた砂を払う。


 長かった……。


 クルを倒した後、メイシィの滅茶苦茶な夢の中で数時間を過ごした。襲い来るメイシィの我儘な攻撃をかわしながら。あの状況で私が間違えた発言をしたら、私もクルのようにぺちゃんこになっていたのかもしれない。


 メイシィも目を覚ましたようだ。天幕の中でもぞもぞと動いている。そのまま起き上がり、こちらを見た。


「おはようメイシィ」

「フレデさん……何だかとても幸せな夢を見た気がします」

「そうだろうな……」


 消えかかった焚火に着火する。肉体は寝ていたはずなのに、妙な疲れが溜まっていた。


 メイシィが隣にやってきて横になる。


「指先が寒いですねぇ……」

「死んだ虫みたいな恰好だぞ」

「いい皮肉ですねぇ……」

「おい、寝るな」


 メイシィの夢が怖い。


「そういえば、クルはどうなったんですか?」

「クルは……」


 海豹の集団の中に、黒い竜が一体横たわっているのが見える。その瞳から光は消えていたが、体からは黒い靄を発していた。

 あの靄は放置すると厄介だな。クルの死体を食べたり呪いが乗り移ると、第二のクルが生まれかねない。


 焚火の火を利用した簡易的な松明を作り、メイシィと共にクルの元へと向かう。


「本当に近くで寝るだけで倒せるだなんて。なぜジュラ―ルさんたちは寝なかったんでしょうね!」


 夢の中の出来事は覚えていないのか。


「そうだな。色々と事情があるんだ」


 クルに油をふりまき、着火する。

 元が海豹だった影響で脂肪が多いのか、着火と共にクルの全身が燃え上がった。周囲の海豹たちはそれを見て目を丸くしている。いや、元から丸いか。


 食べようと思わなかった魔獣は久しぶりだ。

 だが、腹は減った。


「……ぐぅー」


 腹の虫の鳴き声で、海豹が海へと去って行った。そんなつもりは無いんだが。


 燃え上がるクルを眺めながら食事を準備する。本日の朝食は、波打ち際の岩にびっしりとへばりついた黒い貝だ。


「えぇ……それも食べるんですか?」

「食べれるぞ。これは高級食材だ」


 イガイと言うらしい。軽く下処理を済ませ、即席で作った焼き場に並べて火を通す。食欲をそそる香りが漂ってくる。


「あぁー、美味い……。メイシィも食べるか?」

「匂いだけにしておきます!」

「食わず嫌いは損だな」


 身体が温まってきた。海風が心地良い。


「フレデさん、キールベスに戻ったらどうするんですか? 山道はもう雪で閉ざされているんですよね?」

「暫くはジュラ―ルに協力して出来る事をやるつもりだ。呪いの件も気になるし。やる事がなければ、図書館で読書をして時間を潰そうと思う」

「あ、そういえばジュラ―ルさんで思い出しました! フレデさんはジュラ―ルさんと結婚するんですか?」


 ジュラールと結婚かぁ。


「……いや、んー。何というか良い人物なんだがな」

「煮え切らないですね!」

「申し訳ないが、正直好みでは無い」

「あらあらぁ~? 残念ですぅ~!」


 何でちょっと嬉しそうなんだ。

 というか今は恋に(うつつ)を抜かしている場合じゃない。


「それよりもメイシィ。雪が解けたら、私は一旦プロヴァンスへと戻ろうと思う。ミルグリフ王子の呪いを解いてやりたい」

「ミルグリフ王子って誰ですか?」

「……エルレイの兄だ。お前の義兄だよ」


 ロドリーナも心配しているはずだ。

 そういえばナジャからは聞けず仕舞いだったが、国家間会議の場に出席した人々、彼らも呪いにかかっている可能性がある。気掛かりだが、ひとまず今は頭の片隅に留めておこう。


「メイシィも結婚式があるだろう?」

「いやぁ、エルレイ様も大事ですが、まだ劇場船の出資金が足りないのでもう少し旅をしますよ。結婚式も言い訳を作って先延ばしにしてますから!」


 流石はメイシィ、まさかの回答だ。

 相手は王子だがお構いなし。


「待たせるのも程々にな。私はプロヴァンスでやる事を終えた後、カルドレロの武闘大会か、時間があれば黒森林の奥へと行ってみようと思う」

「黒森林の奥って、ジュラ―ルさんが言ってた地獄みたいな場所の事ですか?」

「そうだ」


 例えられているのは死後の世界。私の記憶と呪いについて、何か出口を掴めるかもしれないのだ。


「ナジャとカルドレロで会う約束をしているから、メイシィはその辺で遊んでおいてくれ」

「!! 分かりました。種銭は沢山あるので、数倍に増やしておきますね!」


 急に元気になったかと思えば、賭博するつもりか。これは負けるやつだな。


「……さて、そろそろクルの様子を見に行くか」


 クルの炎はほぼ消えていた。黒い靄は煙のように霧散している。最後に残っているのは、骨か皮か分からないようなクルの残骸だ。討伐の記録として、牙を削り取って持ち帰る事にする。


 そう考えて、クルの顔に触れた瞬間だ。



 まるで闇の中に吸い込まれるような、悍ましい感覚。


 私の視界は再び暗転し、意識を失った。


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