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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第四章 夢と記憶を紡ぐ女王
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64 地下の立体迷路


 翌朝。


 私たちはキールベスの地下ににいた。

 正確には、地下の宿屋だ。


 キールベスには地上よりも発展した広い地下街が存在していた。住人の多くは、あの地上の4棟か地下に住んでいるそうだ。その深さは地下5階まであるらしい。


 ジュラ―ル曰く、地上はあくまで外向けの施設で、地下は国民向けの施設となっているそうだ。物価も安いし品ぞろえも豊富、温泉も地下の方が混雑している。


 近いうちに山道が雪で閉ざされるため、雪解けまでのふた月はこのキールベスで過ごす事となる。この期間は陸の孤島となり、他国との全ての連絡手段が途絶える。海路は吹雪と海流の影響で座礁が多いため、沖合に出る事も困難だそうだ。そのため宿はふた月分を前払いした。


 改めて過酷な地だと思う。

 しかし、キールベスの人々はこの生活を楽しんでいるように見えた。


「ふぅ」


 メイシィは隣ですやすやと眠っている。

 起き上がって服を整えた。


 私の手には金貨が2枚ある。

 白森王を愛していると語っていたジュラールがくれた、海豹討伐の前金だ。あの後強引に王命だと押し切って依頼を受けた。


 以前、私は呪われたリゼンベルグ国王に対して、『王としての矜持は無いのか』などと偉そうに問いただしていた。そんな自分の顔が、この金貨に反射している。

 やはり偉そうな事は言うもんじゃない。


 ジュラールを筆頭に、キールベスの人々は私を白森王陛下と崇めていた。これからこの国は私を王に添えて盛り立てていくという突拍子も無い彼の意見に、なんと他種族も同意しているそうだ。


 それに対して、私は王に戻るつもりは全く無かった。呪いを解いて森化を止め、その後はゲテモノを食べながらメイシィの夢に付き合って遊び惚ける。そんな自堕落な未来を描いていた。



「……ぐぅ~」

「…………ぅあ……?」

「おはようメイシィ。日は差していないが朝だ」


 メイシィの布団を剥いで起こす。


「今日は地下世界を探検するんだろう?」

「……そうでした! 朝ごはんの探検に行きましょう!」


 地下世界。あながち間違いじゃない。


 この国の造りは非常に面白い。

 宿を出た先は、まるで入り組んだ迷路。この地図がなければ現在地が分からなくなるほど、道が上下左右に絡み合っている。どの道も狭い上に、あちこちに坂や曲がり角がある。


 まさに立体迷路。


「どこが宿で酒場なのかさっぱりです。通路が暖かいのも不思議ですね! いやぁ面白い国ですよ!」


 この極寒の地の更に寒い地下を、ドワーフ達の操る火の精霊が暖める。メイシィがわくわくする気持ちも分かる。



 朝から開いていた酒場の一つに入り、2人で朝食を頂く。


「色んな種族がいますが、子供は全然見ないですね」

「まだ朝だし寝てるんだろう」


 キールベスはあらゆる種族が最後に行き着く国。

 ジュラ―ルはそう言っていた。

 

 様々な想いを抱えた人々がやって来るこの地には、精神的にも成熟した者が多いらしい。そして犯罪も少ない影響なのか、この国で武器を持つのは門番のみだ。そのせいで、私たち2人だけで討伐を受ける事になったわけだが。


「フレデさんはここの支配者になるんですか?」

「言い方が悪いな……。なる気は無いが、協力はするつもりだ」


この国には統治者が存在せず、種族の代表と国民が自分たちで自治を行っている。食料の輸入と防衛戦力の脆弱性さえ解決できれば、ある種の理想的な国家と言えるだろう。

 ほんの少し憧れる。マグドレーナとは違うのだ。


「さて。私はこれから図書館に向かう」

「私は探検ですよ、お土産屋を回ります!」

「じゃあ別行動だな。夜には宿に戻って来い。迷子になるなよ?」

「まさか、私は子供じゃありませんよ! ふふ、そんなまさか!」


 その反応、実に心配だ。

 宿までの地図を渡し、メイシィと別れた。


――


 メイシィはずんずんと狭い道を進む。


 洞窟のようなこの地下の道は、どれも同じ景色だ。地番は振ってあるが、初見でそれと地図を整合させる事は難しい。


 メイシィは途中までは地図を見ていたが、同じ場所をぐるぐるしている事に気が付いて見るのを止めた。真っ直ぐに見える道が実は曲がっていたのだ。今は宿も酒場も分からない。



 メイシィは迷子になっていた。


「あのう、お土産屋さんはどこでしょうか!」

「ん? ここは地下2階だぞ? 商店は1階に固まってる」


 いつの間にか階層も変わっていた。


「あれぇ? 一階にはどうやって戻るんですか?」

「この道をまっすぐ行って、赤い扉の酒場を右に曲がるんだ。そしたら今度は青い看板の雑貨屋があるから、そこを左だ。すると次に緑の窓の家が見えてくる。そこを左だ」


 親切なエルフの男はそう言って去った。


「なるほど……!」


 言われた通りに、メイシィは赤い扉の店を左に曲がった。


 メイシィは迷子になっていた。


――


 図書館に向かって、入り組んだ迷路を進む。


 地図に従って右に曲がったはずが行き止まりだ。元の道に戻ろうとするが、見覚えの無い道が現れる。



 私は迷子になっていた。


「すまない、ここはどこだ?」

「ん、また迷子か……って、白森王陛下!? なぜこのような場所に!!」


 エルフの男性は跪き、ブルブル震え出した。

 しまったな、フードを被った状態でも知れ渡っていたか。というかこの男震えすぎだ。


 白森王が迷子だなんて広まると、メイシィが茶化すに違いない。それに次の手配書にも載ってしまう。


「……観光だ。図書館への観光を」

「と、図書館は地下4階でございます!」

「どうやって行けばいい?」

「迷子ですね! ご案内します!」


 迷子って言った。

 しかも声が大きい。



 親切なエルフの男に案内され、図書館へとやってきた。もちろん、ここまでの道のりは覚えていない。


 倉庫のような図書館だ。

 聞けば、元々は食料貯蔵庫だったらしい。風が通った換気口がいくつもあり、外との空気の循環が行われているようだ。足元に冷たい風の流れを感じる。


 私はここにいる司書に用があった。

 受付に座る人間の女性に声をかける。


「すまない、ヌーラという司書はいるか?」


 すると、受付嬢はどさどさと書類を零しながら振り向いた。


「あああぁっ! ええと、ヌーラは私です。すみませんが、少々お待ちを……」

「手伝おう」


 書類を拾う。

 これは魔獣に関する資料のようだ。


「ありがとうございます、親切なエルフの……は、白森王陛下!? うあああ!!」


 驚いたヌーラは胸を大きく揺らし、拾い集めた書類と共に後ろに倒れた。騒がしさで周囲からの視線を感じる。


「……図書館では静かに」

「す、すみません……」


 ジュラールに紹介されたこの女性、司書ヌーラは、この国で唯一の魔獣の研究者だそうだ。


 というか、その大きな胸は何なんだ。

 見るだけで嫉妬にまみれそうだ。メイシィがいたらこの悔しい気持ちを代弁してくれるに違いない。


「ジュラールの紹介で来た。少しヌーラさんに尋ねたい事がある」

「ヌーラさんだなんて、やめて下さい白森王陛下!」


 頭を下げる度に胸が揺れる。


「ではヌーラ、知りたいのは海豹の魔獣についてだ」

「海豹の魔獣……もしやあの件ですか?」


 この反応、ヌーラは察したようだ。


「その件だ。情報はあるか?」

「……少しお待ちください、資料を持って参ります」


 ヌーラは書庫の中へと入って行った。

 周りを見渡すと、いつの間にか図書館にいた人々が跪いていた。


「普段通りでいい。私はいないものとしてくれ」


 その一言でようやく立ち上がる。


 私がいるだけで彼らに圧力を与えている。

 馴染むまでは、どうやら時間が掛かりそうだ。


――


 暫くすると、ヌーラが戻って来た。

 そのまま彼女に案内されて、狭い会議室へと入る。


 机の上には竜の絵が描かれた羊皮紙が数枚と、字が消えかかった木簡が数枚並べてある。


「これが魔獣クルです」


 魔獣の名はクル。

 羽の生えた、狂暴な竜の造景だ。

 これは……とても海豹には見えない。


「太古の昔、東の国で発生したと記されています。クルは海と陸の間に生息し、その凶悪な性質から虚空の番人とも呼ばれていたそうです。たった一体で多くを犠牲出すも、破壊行為は一切行わずに海へと戻って行ったと記録には残っています」


 破壊を行わずに犠牲とは、一体……。ジュラールの言っていた、眠ったように動かないという点には合致しているが。


「その凶悪な性質とは何だ?」


 すると、ヌーラが1枚の木簡を指差した。

 私には読むことが出来ない文字だ。



「――ここには、『クルは意識と記憶を食す』と書いてあります」


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