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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第四章 夢と記憶を紡ぐ女王
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62 マグドレーナ王国の崩壊と呪い①


 ジュラ―ルは地図を指差しながら説明を始めた。


「既にご存じかと思いますが、ベントレント族は里を移動して暮らす流浪の民です。そのため、生活に必要な物資は近くのエルフの里で食料を売買しながら生活しておりました。そして私は、偶然にもマグドレーナの大市場で仕入れに回っていたのです」


 大市場、懐かしい響きだ。

 あそこは国民の胃袋だ。


「異変が起きたのは昼食を頂いていた時でした。突き上げるような地震と共に、マグドレーナ城に突如黒い根が現れたのです。そして、町の中にも次々と……。あのような形の森化は、私は初めて見ました。後になってただの森化では無いと知りましたが」


 確かに、通常の森化とは違う。

 一度既に森となった場所の森化はほぼ停止する。それでも森化する時は、誤って子供が火を起こした時ぐらいだ。


「逃げ惑う市民に破壊されていく建物。気が付けば根があちこちから生えていました。私は近くで滞在していたベントレント族の里が心配になり、急いでマグドレーナから脱出しました。そして、一度は族の皆と共にその場を離れました。ですが、地震が収まったのを機に、全員でマグドレーナの様子を見に戻ったのです。そうしたら……」



 ――全てが暗い森になっていました。



 背筋が凍る。


 ずっと共存していた森が、国を食らう。

 悪夢だ。


 マグドレーナは黒森林の中とはいえ、深い森では無かった。むしろ薬草の宝庫で、木々が生えていない平地も多かった。


「相当な大きさだぞ、あの国は。開けていて空からも容易に見える程に」

「えぇ。しかも森化の影響が非常に薄かった。そんな国が一瞬で森に変貌しました。ただ事では無いと考え、私たちは急遽、安全な場所に避難所と調査基地を設営しました」


 それから暫く、ベントレント族はマグドレーナの森化によって亡くなったエルフ達の埋葬と、生き延びたエルフ達の行先の斡旋を続けた。調査をできる状況になったのは、避難所が大きくなり過ぎた後だったそうだ。


 その後、一部の研究者たちを残して、避難所にいた大半のエルフ達は新天地を求めてマグドレーナを立った。あるエルフは別の里に移住し、またあるエルフはドワーフの国へ移り住む。もちろん、黒いエルフの出没を避けながら。最後まで残ったエルフ達が辿り着いたのが、ここキールベスだった。


 気温が低く森の少ないこの地で、エルフ達は次第にキールべスへと順応していった。ベントレント族も流浪の旅を止めて、こちらへと移住する事にしたそうだ。



 感謝しかない。

 私は頭を下げた。


「ベントレント族の皆さん、国民を救ってくれてありがとう」

「や、やめて下さい白森王陛下! 我々も長い間マグドレーナにお世話になっておりましたから! 困った時はお互い様ですし!」

「……礼を言うのが遅すぎたぐらいだ。情けない話だが、祖国がそんな事態になっていたのも今初めて私は知ったのだ」


 祖国は深い森の中。

 そこで私の情報は止まっていた。

 真実を知る事から逃げていたのだ。


「白森王陛下、あの日マグドレーナ城で何があったのでしょうか?」


 あの日、城で起きた出来事。弟の罪。

 その全てをジュラールに話した。



「――そして私の髪は黒く染まり、地震と共に意識を失った。次に目覚めた時には60年が経っていた」

「……なんと」

「思えば、クロルデン達はその少し前からおかしかった。思慮深かったはずが、急に衝動的になっていたな。全てが呪いのせいだという確証は持てないが」


 あの以前から既にクロルデン達は呪われていたのだろう。そして、あの場で彼の呪いが伝染した。皆で根を操って黒森林の精霊は森化を進めた。その流れが自然だろう。


「ジュラールは呪いの研究者なんだろう?」

「……実は私、元々は物書きでした。子供向けに絵本を書いていたんですよ。ですが、この事件を機に研究者としてマグドレーナを調べ始めました。建国の歴史や文化、そして黒い呪いの伝承。どんどんと調べを進めていくうちに、いかに白森王陛下が偉大かという事を学びました」



 ……ん?


「その美貌と慈愛に満ちたお心。それに経済に深く精通した政治手腕。国王らしからぬ庶民的な感性。特に幼少期にお漏らしを繰り返した話を元にした童話は、国民の間でも大変有名でした。とにかく、私はすぐに興味を抱きましたよ!」

「おい……」


 ジュラールが立ち上がって熱弁する。


 やめて、恥ずかしい。

 顔が熱い。


「フレデさん、お漏らしってどういう事ですか?」

「メイシィまだ喋るな」

「お漏らしの絵本はこちらです」

「出さなくていい!」


 何で持ってるんだ。

 完全に私の黒歴史だ。



「竜の姫君から陛下がご存命だと聞いた我々は、とても感激しました。キールベスを上げてエルフの宴と神事も行いましたよ」

「ご神体にこの絵本を飾ったんですね!」

「メイシィ黙ってろ」


 私の弱みを見つけてご機嫌のようだ。


「……だが、今の私は呪われた黒いエルフだ。この姿は畏怖の対象だろう」

「いいえ、そうではございません。

 少なくとも、我々は呪いについてある程度の実態を掴めております」


 自信ありげにそう答えた。

 私の知りたい部分だ。


「教えてくれ。黒森林の精霊とは何なのだ?」

「……そうですね、ひとまず研究室へと参りましょう。お時間は大丈夫でしょうか?」

「構わない」


 執務室から出て、隣の大き目の部屋へと入る。研究室のようだ。何人ものエルフ達が書類を書いたり実験らしき事をしている様子が見える。


 入室した私に気付くと、全員が跪いた。

 そんなつもりは無いんだが……。


「なおれ。続けていい」


 私がそう告げると、起き上がって仕事に戻る。

 自分は何様だと思ってしまうな。



 研究室を見渡すと、厳重なガラスの箱の中に黒い根があった。黒森林から離れているにも拘らず、これは黒いままで変貌を遂げていない。


「我々はちょっと危ない実験をしていましてね。特に黒い根を変化させる方法や、呪いの生み出す影響を調べたりしていますよ。全然進んでいないんですけどね」


 そんな研究者たちを横目に、ジュラールと共に奥の部屋へと進んでいく。部屋の鍵を開き、中に入った。どうやら書斎のような研究室らしい。机が2つある。ジュラ―ルとケニスのものだろうか。


「ここには、マグドレーナで拾い上げた貴重な文献を保管してあります」

「何? 城の文書か?」

「えぇ、そうです。朽ちる前に運びました」

「それは……ありがとう」


 本棚に触れ、題名に目を走らせる。

 昔見た記憶がある本だ。

 懐かしい。


 ジュラ―ルは本棚から付箋が挟んであるいくつかの本を抜き出し、机の上にドサッと乗せた。


「よいしょ……。いやはや、私の仕事場に美しき白森王陛下がお越しになられる時が来るとは、非常に照れますねぇ。特に特に同じ空気を吸っていると考えると……スウウ……」


 ……この方は悪いエルフじゃない。

 むしろ善人だ。


「ありがとう。すまないが、呪いの結果について説明を頼めるか?」

「スウ……ふぅ……。時に、白森王陛下は黒森林の精霊についてどの程度把握されておりますか?」


 その問いに対して、気付いた範囲の内容を伝える。


 ・髪が黒く変色する

 ・何らかの形で自我を失い、生命を襲う

 ・元から憑いている精霊の力が暴走する

 ・死後も呪いは残る

 ・呪われた者に触れると精霊が騒ぐ

 ・呪いは一点に留まらず、何かの切っ掛けで伝染、統合、または消失する


「――それに加えて、最近分かってきた事だ」


 ・人間も呪われて記憶を失う(操られる)

 ・人間でも黒森林の精霊術を使える

 ・呪いは呪いを持つ者同士で視認できる

 ・黒森林の根は、傍にいる時しか操れない

 ・呪われた者同士は呪いを統合できる

 ・光の精霊に弱い

 ・呪われた者が竜人に触れると、竜人は精霊の力を使えなくなる


「そして、分からない事だ」


 ・精霊術を使うと寿命を削る

 ・呪いとは、願いの力

 ・呪いとは、森化を進めたい精霊の意思



 思いつくがままに言葉を続ける。

 ジュラ―ルはそれを紙に書きあげながら、時折頷いて相槌を打っていた。



「陛下、よくぞここまで……」

「いいや、全て体感だ。確証は何も無い」

「いえいえ十分です。これから情報をすり合わせていきましょう。今のご説明の中には、我々の調査結果にない新たな事実も含まれていますし」



 秘書のケニスが冷めた茶を下げ、温かい茶と交換する。

 この香り……マグドレーナの紅茶か。

 今となっては貴重な物だろう。


「懐かしい味だ」

「この茶葉は近くで栽培しております。よろしければ、後で菜園をご案内させて頂きます」

「それはぜひ」


 暇そうなメイシィを連れて行ってやろう。

 その前に……。


「では次は私の番ですね。こちらの資料をご確認ください」


 ジュラールから羊皮紙を1枚受け取った。



 まずは答え合わせといこう。


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