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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第四章 夢と記憶を紡ぐ女王
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58 悲劇の演者


 ぽつぽつと雨水が滴る、ラシュネリの古宿。

 メイシィとグレルスはその一室に捕えられていた。



 宿自体がラシュネリ国の所有物であるからか、宿を守るのはラシュネリ国所属の兵士。国の正規兵がリゼンベルグの王女であるメイシィを捕えているとなると大事だ。


 だが、この宿屋に口を割る人間は誰一人としていなかった。

 貧しい都市国家ラシュネリは、黒いエルフを捕えて賞金と賛美を得る。その後の責任は北部小国群の野盗に擦り付けるという、強引な計画であった。


 そもそも中立であるはずの竜の姫君が、なぜ黒いエルフに加担しているのか。国土をいくつも森に変えた存在を傍に置くという事、それは例えその黒いエルフが無害だったとしても、ラシュネリの人々にとっては受け入れ難い状況だった。



 そんな中、メイシィは演劇の練習をしていた。


「さ、触らないで! 私はまだ清い乙女でいたいんです!」

「おい冗談はよせ。何もされてねぇじゃねぇか」


 ここにいるのはメイシィとグレルス、それに固い扉の外にいる見張りの兵士2人だけ。彼らは食事と手洗いの付き添い役であり、人質に危害を加えるつもりはなかった。


 人質の2人は、部屋の中においては比較的自由を与えられていた。ベッドに本、それに仕事道具まで用意されていたのだ。


 それなのに、メイシィはどんどんとドアを叩いている。

 兵士が反応するまでやる気だ。


「ほらほら、清い乙女が触らないでって言ってますよ」

「……おい女、いい加減うるさいぞ! 口を塞いでやってもいいんだ!!」

「ふふふ……愚かな! そんな事をしたら、舌を噛んで死にますよ?」

「兵士さん、舌を噛まねぇように何とか口を塞げねぇか?」

「グレルスさん、何言ってるんですか!」


 グレルスはこんな様子で3日も付き合わされて、いい加減うんざりしていた。隣から延々と話しかけられ続け、単純に疲れていたのだ。


「いや嬢ちゃん、喋りすぎだろ」

「違うんです、私じゃないんです! これは私の口の中にいるもう一人の私が喋り続けているんです……!」

「結局嬢ちゃんじゃねーか……」


 グレルスは考えていた。


 この状況を打破するためには、竜の姫君に期待するしかない。中立である彼女を敵に回すという事、ラシュネリの人間はその恐ろしさを知らないのだ。


「人質になるのってわくわくしますね! 身代金はいくら貰えるんでしょうか?」

「「……はぁ」」


 兵士とグレルスのため息が重なった。



――



 ラシュネリへと戻ったが、様子がおかしい。


 待ち合わせの宿が不気味な程静かだ。

 メイシィの騒がしさが無い。

 それどころか……。


「ナジャ、待て。宿に2人がいない。金属が擦れる音がする」

「……手を出しおったか。2人はどこにおるか分かるか?」


 ここは大通りの外れ。

 目を閉じ、耳を澄まして音を拾う。



 馬の足音。

 商人たちの会話。

 屋台の雑踏、主婦の雑談、子供の遊び声……。


「雑音が多すぎるな」

「儂に任せておけ」


 ナジャは右手に竜の力を流し始めた。

 視認できるほどに強力で、赤い靄のようなものだ。


「ナジャ、何を……」


 答えを聞く前に、ナジャは右手を地面に叩きつけた。


 衝撃と共に石つぶてが飛び散り、地面に大きなヒビが入る。一応誰かに当たらないように配慮はしていたようだが、近隣の建物にはいくつかの穴が開いていた。無茶するなぁ。


 辺りが一瞬静まり、ナジャに注目が集まる。

 それを全く気にしていない素振りで、彼女は服を叩いていた。


 私は耳を澄ませる。


「(……しんでしょうか……しさ……)」


「……いた。メイシィが会話している。あの辺りの宿だ」

「急ぐぞ!」


 喧噪が戻る周囲を他所に、目的地へと走り出した。



 その宿は古い建物のようで、どことなく風情があった。

 入口の前にはラシュネリ兵が警備をしている。


「2階の手前の部屋だ。お喋りでグレルスを困らせているようだ」

「……だそうじゃ。ラシュネリ兵よ、どういう事か説明して貰えるかの?」

「わ、我々は……!」


 相手はただの見張りの兵士。だが、彼らがここにいるという事はラシュネリ国が絡んでいるという事だ。もしくは、兵士に扮した野盗か。



「――私が彼女達を保護させて頂きました」


 大通りの方角から、重厚な鎧を装備した一団がやって来た。


「お目にかかれて光栄です、竜の姫君。私はミリンコと申します。ラシュネリ国の兵士長です」

「保護なんて頼んでいない」

「お前は黙っていろ、黒エルフ!!」


 ……失言だったか。

 この国では、私は大人しくしておいた方がいい。


「2人を返してもらうぞ、ミリンコよ」


 ナジャは再び竜の力を籠め始めた。

 今度は全身から赤い靄が現れている。

 脅しでは無く、本気だ。


「竜の姫君、この国がその黒エルフに何をされたかご存じでしょうか?」

「フレデは何もしておらん。だが、黒いエルフの状況は把握しておる」

「……ナジャ、ありがとう。でもいいんだ」


 今にも爆発しそうなナジャを制止する。私がいる限り、彼らの恨みは収まらない。何よりも、こんな場所で血を見たくない。


「……フレデに免じて今回は目を瞑る。次は無いぞ」

「中立である貴方様が、なぜ人喰いエルフに協力するのか」



 ミリンコのその一言で、ナジャの力が一気に解放された。


 彼女を中心として、まるで小さな爆発でも起きたかのような衝撃波が周囲を襲う。白かった長髪と眼は、怒りで赤く輝いていた。


「わ……わた……あ……く……!」


 ミリンコは腰を抜かしたのか、地面に座ったまま足を震わせている。言葉にならない怯えを発していた。


 私は後ろからナジャを抑えた。


「もう十分だ! ナジャ、早く立ち去ろう!」

「こ、このゲス男! 私たちをどこへ連れて行くつもりですか!?」

「いや嬢ちゃん、俺たちを逃がしてくれたんだろ……。竜の姫君、助かりましたよ」


 気の抜ける声だ。

 兵士に連れられて、宿から人質の2人が現れた。ぱっと見て外傷も見当たらない。


「ずっとうるさかったです」


 連れてきた兵士には疲れが見えた。

 気持ちは理解できる。


 いつのまにか元に戻っていたナジャが、鞄からケールクルダンの角を取り出してグレルスに手渡した。


「これで報酬は貰えるのかの」

「どうなんだ、ラシュネリの諸君?」


 グレルスの問いには誰も答えなかった。そもそも報酬の金貨3枚は本当にあったのだろうか。私やナジャを貶めるための罠だった線も拭えない。


 そして、ミリンコは先程から震えたままだ。彼の怯えた目にはナジャしか映っていない。


 この場に私が居る事で、状況が好転する未来が見えないな。騒然とするラシュネリ兵たちに背を向ける。


「3人とも、巻き込んですまない……。行こう、もうラシュネリに用は無い」

「待ってくださいフレデさん! 馬車、次は馬車ですよね?」

「グレルスの荷馬車に乗る」

「……おい嬢ちゃん、俺は仕事がある」

「頼む、途中まででいい」

「フレデ、出立する前に食事を買い込もう」

「そうでした! ナジャさん、グレルスさんの馬車を食べ物で埋めましょう! あぁ何て快適な旅になるんでしょうか!」


 そう言えば、ここの珍味を食べていない。


「グレルス、ラシュネリの珍味は何だ?」

「言わなくていいですよグレルスさん!!」

「嬢ちゃんたち、本当に騒がしいな……」



――



 ナジャが殴った大通りの騒ぎは、収まっていなかった。

 どうやら、私がやった事になっていたようだ。


 身を隠しながら食材を買い込み、グレルスの荷馬車へと乗り込んだ。本人は商人だと言い張っていたが、荷馬車は空だった。相変わらず胡散臭い。

 だが荷馬車は広く、食材の入った木箱を並べても女三人が座れる余裕はあった。



「行くぞ。竜の姫君、門番に圧力をお願いします」

「よかろう」


 案の定、門には兵士がずらりと並んでいた。ナジャのひと睨みで道が作られ、門が開かれていく。そのまま東の外門を抜けて、街道へと出た。


 荷馬車の屋根に移動して寝そべり、景色を眺める。黒森林に覆われた場所とは違い、見通しのいい緑の草原の丘だ。


「これから東に進む。南東には小国群、北東には儂らの目的地であるキールベスじゃ。グレルス、小国群を回る任務はフランバンクスで別の者に引き継ぎをせよ。途中まで儂らの旅に付き合ってもらいたい」

「了解ですぜ」

「ナジャ、キールベスには何があるんだ?」

「そうじゃな……。近くに火山があって、町には温泉が湧いておる。あとは最果ての国にしては大きめの図書館と……あぁ、名物の話か……」

「そうですよナジャさん! 分かってきましたね!」


 そうだ、分かってきたな。


「名物は分からぬ。グレルス、お主は何か知っておるか?」

「えぇ。いいのがあるぜ嬢ちゃん。旅の安全を担保に教えてやる」

「それは楽しみだ」



 ……ん?


 旅の安全を担保?


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