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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第四章 夢と記憶を紡ぐ女王
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57 冷たい雨



 雨音に紛れて、何かが地を這う音が聴こえてくる。



 窓の隙間から外を眺めた。

 雨に打たれている、灰色の魔獣が見える。


 大きさは荷馬車程度だろうか。呼吸は荒く、この雨でも大きな鼻息が唸っていた。魔獣は民家にいる私たちに気が付いているらしく、家の周囲をうろついて中を伺おうとしているようだ。


 ナジャは腕まくりをした。


 彼女の戦闘は豪快だ。武器を持たずに拳と蹴りだけで相手を貫く。それでも彼女に勝てる生物はいない。もし負けるとすれば、同じ竜人が束になった時ぐらいだろう。


 だが、本来竜人たちが私たちエルフや人間に手を貸す事は禁じられていた。古代の取り決めだ。ナジャが生まれる以前の話で、竜人の伝統のようなものだ。


「私がやる」


 フードを外し、髪を後ろで一つに結う。


「お主、勝てるのか?」

「分からない。精霊は呼ばないから、負けそうになったら助けてくれ」

「ふっふっふ、よかろう」


 私がこの魔獣を倒すことで落とし前を付ける。そんな単なる我儘だ。黒いエルフに殺された人々はそんな事では納得がいかないだろう。


 双剣を抜き、逆手に持った。

 普段の小さい魔獣ならばすぱすぱと切り刻むが、大型が相手の場合は双剣を杭のよう使わなければならない。刺して抜く、これを地道に繰り返す。


「あのマグドレーナの王が魔獣狩りとはのう」

「竜の王もだろう?」

「儂らの狩りは日常じゃ。緊張しておるのか?」


 魔獣の唸り声が静まった。

 玄関のすぐ外にいる。


「いいや、ボーレンと対峙した時に比べればマシだ」


 ナジャは窓から外に出た。


 その瞬間、玄関のドアが衝撃と共には破壊される。

 飛び散る破片の中から、魔獣の姿が現れた。


「グルルルル……グルルル……」


 これがケールダルン。

 雨に濡れた長い髭が、重そうに滴っている。

 カエルの胴体のせいで動きは鈍そうだが、瞬発力は分からない。ケールダルンは狩人のように私をじっと見て動向を探っている。



 ……私が動いた方向に飛んでくる。

 これは勘だ。

 体を右の窓に行くかのように陽動した、その瞬間。


「っぐ……!!」


 目にも止まらぬ速さで、ケールダルンが床を蹴って特攻していった。壁を突き破り、2軒隣りの家にまで破壊の後が残っている。


 とんでもない速さだ。だが、捕えられなくても動きは直線的。同じ構えでケールダルンがこちらを捕えた。


「来い」

「グルルルアアアアアァ!!!」


 線で特攻を予測しながら飛び上がり、体をひねって紙一重で避ける。ケールクルダンはそのまま民家の裏にある岩壁に衝突し、ひるんだ。天井を蹴って、ケールダルンの背中目掛けて刃を向ける。


「はあああっ!」

「グルアアァ!!!」


 2本の双剣が刺さるも、分厚い脂肪のせいで効いているのかが分からない。すぐに剣を抜き間合いと取る。だが……。


「っこれは……!」


 抜いた双剣が腐食している。ケールダルンの体液全てが腐食液だったようだ。あっという間に剣はぼろぼろになり、崩れ落ちた。


 ケールダルンがこちらに向き直り、ぶわっと周囲に体液をまき散らす。近くの机や椅子でそれを防ぎながら外へと逃げ出した。


 近づけない。

 それに武器が無いと無理だ。

 牛の顔がこちらを向いている。


 ……悔しいがやむを得ない。

 ケールダルンの特攻を精霊の力で防ごうとした、その時。



「終わりじゃ!!」


 ケールダルンの頭を目掛けて、竜の姫が矢のように落ちてきた。 


 一撃だ。牛の頭は形も無く砕け、体だけがその場に残った。腐食性の体液が家をじゅうじゅうと溶かし始める。


「相手が悪かったのう、お主もこやつも」

「……不甲斐ない」


 ナジャが腰に手を当てにやりと笑った。勝てないな、この人には。ナジャはケールダルンの両角を切り取り、鞄に入れた。


「さて、どうするのじゃ?」

「村人たちの墓を作ってやりたい。少し時間がかかるかもしれないが」

「構わん。手早く終わったしの。骨は広場に集めるとしよう」



――



 作業が終わったのは辺りが暗くなり始めた頃だった。


 民家を回って集め終えた骨を、ナジャが広場に掘った穴に入れた。土を被せて錆びた双剣を突き刺す。雨と黒森林のせいで火葬はできない。許せ。


 そのまま近くの廃屋の一軒を借りて、今夜の宿とする。


「フレデ、悪いが精霊の炎を」

「お安い御用だ」


 暖炉を掃除し、精霊の炎を灯す。

 実際に暖炉が燃えているわけでは無いが、雰囲気だ。


 夕飯の果物を食べ終えて、炎の前で膝を抱えて2人で座る。


「……不思議なものだ。まさかこんな状況になろうとは、マグドレーナで国王をやっていた頃は思いもしなかったな」

「儂はお主がいつか旅をするとは思っておった」

「ふふ、流石だ」

「フレデ、お主に伝えなけばならぬ事がある」


 ナジャを見た。

 揺れる炎に照らされた彼女は、神妙な面持ちになっていた。


「私の家族の事か?」

「……そうじゃ。知っておったのか?」

「いや、そんな気がしただけだ。本当に何も知らない」



 だが、ナジャのその雰囲気で察してしまった。


「お主の両親は……黒いエルフに殺されて亡くなった。マグドレーナ崩壊後、すぐにじゃ。国を救いに戻ったときに、国を襲い掛かっていた黒いエルフの集団に……」

「そう……か……」


 薄々、そんな気はしていた。


 あの正義感の強い両親が、マグドレーナの崩壊を知って何も行動を起こさない訳が無い。私もクロルデンも王城にいる事を知っていたのだ。


 それに、ナジャが2人の居場所を知らない訳が無い。もし知っていたら、再開したときにまず始めに教えてくれるはずだ。



 分かっていたんだ。

 だけど、受け入れたく無かった。


 両親が死んだのは私のせいだ。

 何よりも、それが凄く辛い。



 気が付けば、涙が溢れ出ていた。

 抱えた膝が濡れても、涙の勢いは止まらない。


「…………ぅう……!」

「……フレデ、すまぬ。辛かったのう」


 ナジャが私の肩を抱えて、背中を優しくさする。


 少しだけ、彼女に甘える。

 体をナジャの胸に預けて、私は冷たい雨を流し続けた。



――――――


「なぁクロルデン、なぜ人間と協力する?」


「姉様はご存じないですか?

 人間には面白い者が多いんですよ、エルフよりも」


「詭弁はよせ。他国に好みの女性でもいたか?」


「クロックゼストという国には珍しい食べ物がありましたね。

 サソリを揚げて塩を振り、薬草と食するそうです。

 それはそれは美味しいんですよ……」


「…………」


「姉様? 他国に好みの食べ物でもありましたか?」


――――――



 「……ぅ……」


 ……小鳥の囀りが聴こえる。


 窓の外から、朝日が差し込んでいた。


 いつの間にか眠っていたようだ。

 何だか、とても懐かしい夢を見た気がする。


「おはようナジャ」

「起きたかフレデ。朝飯の準備じゃ。すまぬが、精霊の炎を使えるか?」


 精霊の炎を呼ぶ。一瞬で辺りがふわりと明るくなった。頭痛は感じる。だが、寝起きのせいなのか体の感覚が薄い。


「何か食べたい物はあるかの?」


 ケールダルンを指差した。


「……お主、おかしいのではないか?」

「いや、味が気にならないか?」

「ならぬ! ……ふっふっふ、まぁよい。死なない程度に勝手に食っておれ」


 では、勝手に頂く事にする。


 その辺にあった木片で身を切り裂く度に、酸性の血液が溢れ出る。肉が腐食しないのは血管自体が耐酸性を持っているからだろう。


 となると、血管が少なそうな脂身……いや、足を食べたいな。

 カエルの足だ。


「ナジャ、カエルの足から腐食した血だけ取り除けないか?」

「……触りたくもないの」

「仕方ない、溶けながら食うか」

「本気か?」

「ふふ、冗談だ」


 これは諦めろ、という事だな。

 背負い袋からラシュネリで買った干し芋を取り出して食べる。一応名物らしい。ナジャが焼き何とかと言っていたのは、焼き芋の事だろう。



「時にフレデ、お主は黒森林の木はすべて繋がっているという文献は見た事あるかの?」

「一つの植物の可能性がある、という事? んー……見た覚えがないな」

「黒森林の種子が一つしかないから根が伸び続けるのでは、という風にジュラ―ルが言っておった。あくまで仮説らしいがの」


 一つの植物――。


 もしそうならば、その一つの植物の根幹さえ切り落とせば、呪いが解けて自分が死ぬ必要もなくなるのか?


「それは、とても夢のある仮説だ」

「儂もそう思う。実態を調査するように頼んでおいた。……そうじゃ、夢で思い出した。今度カルドレロで行われる武闘大会に儂は出ねばならんのだ」

「武闘大会? なぜ夢?」

「夢のような賞金が出るそうでな。賞金の金額欄に『夢』と書かれて話題になったんじゃ」


 ……胡散臭い話だ。

 カルドレロは賭け事も盛んだ。


「なぜナジャが出る必要があるんだ?」

「さぁのう。そもそも武闘大会は人間の武を確かめる大会じゃろう? 国家間会議の場で、竜人が出たら圧勝するのではないかと進言したんじゃが、どうも竜人の戦闘が見たいだけらしいんじゃ」

「奇特な人間もいたものだ」

「ま、賞金がもらえるなら貰っておこうと思っての」


 ナジャがニヤリと微笑んだ。

 彼女、実は戦闘が大好きなのだ。

 昔よく付き合わされた事を思い出す。


「やるべき事をやってからなら付き合おう」

「ふっふっふ、そうこなくてはの!」


 長い旅になる。彼女はそう言っていた。

 だが、悪くない。



 荷を纏め、帰還の準備をする。


「フレデ、昨日一つ言いそびれた事があってな。……お主の弟、クロルデンはまだ見つかっておらぬ。今まで現れた黒いエルフの中にもな。どこかに潜んでおるのか、お主のように眠っているか、何も情報は無い」

「そうか……今は朗報と捉えておく」

「それでよい。さて、ラシュネリに戻るかの」


 クロルデンはどこかにいる。その希望だけに留める。


 廃屋を出る。

 昨晩から降り続いた雨で、外は水溜まりだらけになっていた。



 だが既に雨は止み、空は雲一つ無い快晴だった。


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