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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第四章 夢と記憶を紡ぐ女王
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56 ラシュネリの爪痕


 私の目の前に、グランデ家で食べたような朝食がずらりと並べられている。


「実に美味しいの。分かるかフレデ? これが食事じゃ」

「ナジャさんお口にタレが付いてますよ、ふふふ!」

「……」


 私たちは朝からグレルスに連れられて、上級商人の食堂に訪れていた。

 私以外の3人は美味しそうに頬張っている。


「言いたい事は分かる。分かるけど、私にとって食事とはこれじゃないんだ。お腹の虫が鳴くような物を食事と呼んでいる」

「いいや、これの事じゃ」

「……これじゃない」

「これじゃ」

「おやぁ、揉め事ですか!? はい判決、ナジャさんの勝ちですー!!」


 何なんだこの茶番は。


「昨日ナジャが言っていた、私にどうしても教えたい事とはこの事か?」

「そうじゃ。そうじゃ。そうじゃ!!」

「……わ、分かった! 悪かったからそんなに顔を近づけるな!」


 旅の食事を見直せという事か。

 くぅ……。


「ふっふっふ! まぁ冗談はここまでじゃ、グレルス」

「あいよ、ほら嬢ちゃん」


 グレルスが鞄から紙を取り出した。



 私の手配書のようだ。

 冒頭には『黒エルフ、今度はリゼンベルグ城を破壊!』と書いてある。


 名前はフレデチャン・オクスーリ。

 黒エルフ、金貨1,500枚。

 会話はできるが、14歳で世間知らず。

 食い気が強く、偏食でゲテモノ好き。

 光の勇者が大好き。空を飛ぶ露出狂。



「町を破壊する度に、金貨500枚増やすことにしたのじゃ。前国王が無事だったのが良かったの」

「全部の町を壊すといくらになるんでしょうね!」

「待て、空を飛ぶ露出狂とは何だ」

「まぁかわいそう! かわいそうに……ぷぷぷ!!」


 なるほど、全部メイシィの悪戯か……。


「手配書は既にグリエッド大陸中で更新されている。いやぁ、嬢ちゃんはどんどん有名になっていくな。ドロアのスラムにいた頃が懐かしいぜ」

「戻れるなら、あの頃の知名度に戻りたいぐらいだ」

「露出狂! 露出狂の賞金首……ぷぷぷ!! ……ぐぇ!」


 笑い続けるメイシィを掴む。


「グレルス、この公爵嬢の手配書も作ってくれ」

「そやつはグロッソ達と共にリゼンベルグの救世主扱いじゃ。じゃからグランデ公爵が次期国王になれた」


 英雄……これが英雄……?


「はぁ……」

「ふっふっふ、まぁ些細な事じゃ。問題はそれが広まった事にあっての」

「問題?」


 ナジャは急に真面目な顔になった。


「フレデ、お主は既にこの国で監視されておる。宿に籠るのは危険じゃ」

「近々、嬢ちゃんを捕らえるために賞金稼ぎがどさっとやってくるそうだ。確かな情報筋だから間違いねぇ」


 ……何と。


 ここはエルフを忌避する国。

 だが隠れていれば、通り抜けはできるかと期待したが。


 新たな私のエルフの手配書が、町を張り詰めさせたのだろう。私の姿は誰にも見られていないと思ったが、やはり甘かったようだ。


「まぁ早急にこの国を去りたい所じゃが、昨日言っていた件もある」

「黒いエルフと、戦争による爪痕か。しかし、大丈夫なのか?」

「うむ」

「お、竜の姫君は南に行くんですか? だったら一つお願いしたい事があるんですが」


 グレルスはそう言うと、再び鞄から紙を取り出す。


「知人の情報屋から流れてきたんですがね、南の廃村に厄介な魔獣が住み着いたようでして。ケールダルンと言うんですが、死体を食して土壌を汚染していく腐った獣のような生き物です。捕らえようにも体から鉄をも溶かす強い酸を撒き散らすってんで、普通の兵士じゃ近づく事すら難しいんでさ」


 手配書には、カエルの胴体に牛の顔が張り付いたような奇妙な造形の魔獣が描かれていた。実に魔獣らしい。魔獣はこういった獣と獣を足した異形の姿をしている事が多い。


 報酬は金貨3枚。キンチュウベルの相場を考えると、強敵だ。


「ふむ。分かった、処理しておこう」

「助かります。報酬は8:2で」

「……ちゃっかりしておるのう」

「くっくっく、商人も兼任なんで」


 グレルスの正直な物言いは相変わらずだ。


「よし。では儂とフレデで南へ向かう。メイシィはグレルスと共に残れ」

「……もぐもぐ……!!?」

「範囲攻撃をしてくる魔獣は危険じゃ。メイシィに万が一にも被害があってはならん。グレルス、任せてもよいか?」

「いいですが、俺は仕事もありますぜ? 2人が戻るまでずっと一か所に籠るという事はできませんが」

「構わん、随行させて常識を学ばせてやってくれ。儂らが戻ったらすぐにこの国を出立するから、準備もしておけ」

「もぐもぐ………!!」


 メイシィは口いっぱいに肉を頬張ったまま、右手で了承の合図を出した。



――



 南部の廃村までは徒歩で2日。

 黒森林で覆われた街道を真っ直ぐ南下するだけ。


 雨が降り頻る中、その街道をナジャと共に走り抜け、1日足らずで到着した。



「これは……」


 そこは廃村とも言えない場所であった。



 枯れた細い木々の生えた、焦げ茶色の地面。

 水溜まりにはヌメヌメとした黒い泥のようなものが浮いている。

 民家には、あちこちにシダらしき植物が巻き付いていた。



 一軒の民家に入る。


 そこにあったのは、放置されたままの家具や錆びた剣や衣類、それに白骨。大人と子供が沿うように座っている。


 遺跡か何かを想像させるほどの時間の流れを感じる。


「フレデ、ここでは戦争があったんじゃ。ラシュネリからたった2日の距離の、ここでな」


 ナジャが家に入って来た。


「なぜ、村が戦場になるんだ。何が悪かったんだ……」


 ここの村人が何かしたのか。


「……村人は完全に被害者じゃ。この村での戦闘を最後に、エルフと人間の間で更に大きなヒビが入っての。以後は各国で小競り合いをしておる。つついているのは人間の方らしいがの」

「発端は何だ?」

「黒いエルフの進行じゃ」

「進行……」

「うむ」


 ナジャは壁に寄りかかり、話し出した。



 ある日、リゼンベルグに黒いエルフが出現する。

 それは数十年ぶりの出来事だったらしい。そろそろ出る頃だろうと準備していた人間たちは総力を挙げて戦った。そして、精霊術を扱う凶暴なエルフを何とか倒すことができた。


 しかしその数年後、新たにここラシュネリで黒いエルフが現れる。


 わずか数年。そんな短期間で現れるとは想定しておらず、人間たちは何も準備をしていなかった。

 黒いエルフはあっという間にラシュネリ南部を飲み込む。


 だが、そこで奇跡が起きた。


「黒いエルフが襲った最後の村で、光の精霊を持つ子供がおっての。突如発せられた光に怯えたのか、黒いエルフは去っていったのじゃ」

「光の精霊を持つ子供……」


 まさか……。


「……お主が考えている通り。この村はボーレンの故郷じゃ」


 そう言って、ナジャは壊れた窓の外を眺めた。

 まるでエルフの森のような外を。



 弾ける雨音だけが、その場に響いていた。



――



 フレデとナジャが出発した日の、ラシュネリの酒場。


 グレルスはメイシィに連れられて、昼から飲んでいた。


「……これでも仲間だと思っていたんですよ、私!」

「分かったよ嬢ちゃん。分かったから飲むのはその辺にしとけ」

「分かってないですよグレルスさん! 私はこうして光の精霊を操ってですね、バーっとこうですね!」


 机の上の食材が光り出す。


 グレルスには配達の仕事が残っていたが、付き添い兼護衛対象が酔っ払っていては仕事にもならない。仕方なく暫く付き合う事にした。


「光の精霊ねぇ。この村じゃ、英雄と同じ意味らしいぜ」

「ほう! こう見えて、私はリゼンベルグを救った英雄として称えらつつある人物でして! 戦闘はできませんが他の人の武器に……」

「あー分かったよ。静かに飲もうぜ…………おい待て、おかしいぞ」


 グレルスは気が付くのが遅かった。


 酒場に、自分たち以外の客がいない。


 今は昼時。

 普段のラシュネリならばあり得ない事だ。


「嬢ちゃん行くぞ、さっさと……」

「――グレルス殿」


 グレルスが振り向くと、ラシュネリの兵士が剣を向けていた。

 一人ではなく複数だ。


「……何でしょうか? 俺はただの商人ですが」


 答えが返る間もなく、グレルスは理解していた。



 下手を打った。

 更新された手配書とあの嬢ちゃんは、ラシュネリという国を動かしてしまった。


「お二人を捕えさせて頂きます」


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