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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第四章 夢と記憶を紡ぐ女王
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54 ナジャさん、私思ったんです


 儂はフレデを甘く見ておった。



 我が祖国であるジャ国に来た時のこの娘は、実に見目麗しいエルフであった。常に礼儀正しく、次期マグドレーナの王として何の違和感も感じなかった事を覚えておる。



 それが、どうじゃ。


 今そのマグドレーナの女王がまるで枷が外れたかのように服を脱ぎ、泥水を飲んで喜んでおる。しかも酔っている訳でもなく素面。


 気が狂ったかと思えば、拾ってきた芋虫を儂の目の前で笑顔で食する。やはり気が狂っておる。


 この娘は結婚できぬ。あの純粋なフレデは一体どこに行ったんじゃ。いい思い出が、悪い思い出に上書きされていく。


 もしかすると、呪いの影響は精神にも及ぶのかもしれぬ。そうだとすると、気の毒で見ておれん……。


「ナジャさん、私思ったんです!

 あれは魔獣の一種じゃないでしょうか!」


 フレデを指さしながら、メイシィが話す。


「言われてみれば、あれは新しい魔獣かもしれぬ。メイシィ、お主は武器は扱えるのか?」

「私は光の精霊さんを少し……。ナジャさんの拳に宿らせましょうか?」

「それはまずい、下手するとあの魔獣が死んでしまう」

「大丈夫じゃないですか?」


 とぼけながら、メイシィは光の精霊を儂の拳に宿らせた。


 早くやれと言うのか。

 この娘も滅茶苦茶じゃ。


 黒森林でオリヴィエ草という万能解毒草を見つけてから、フレデの様子が途端におかしくなった。


「これで泥水が飲める!」


 突然声を上げてそう言い放った。

 そんな台詞、長い人生の中で初めて聞いた。


 フレデが儂の光る拳に気が付いたようだ。

 その表情から徐々に感情が薄れていき、冷静になっていく。


「すまない、嬉しくてちょっと興奮した」

「さっさと着替えるのじゃフレデ。次の町は近い」

「ナジャさん今ですよ、ほら殴って殴って!」


 ……何だか子供2人を世話している気分じゃ。


 もうすぐラシュネリの国境門へと辿り着く。

 歩きの旅は久しぶりで随分と時間が掛かってしまった。かつての竜の姿ならば空を飛べたが、竜人となった今は空を飛べぬ。体の半分が精霊と同一であるため、ずっとこの姿のままじゃ。


 泥を洗い流したフレデが着替えてやって来た。


 長い黒髪を垂らしながら両手で布巾をあて、首を傾けて水滴を落としている。その色気のある佇まいだけを見るならば、儂でも見惚れるほど美しい。


 じゃが共に旅をして少し分かってきた。


 こやつは今、食べ物の事について考えておる。



 焚火を囲み、車座になる。


「ナジャ、ラシュネリには何があるんだ?」

「……ラシュネリは交通の結節点にあった都市国家でな。昔はいくつかの町が集まってできたそれなりの国家じゃったが、今のラシュネリ以外は全て森化したという悲惨な歴史がある。北には海、南には黒森林、西にはリゼンベルグ、東にはグリエッド北部小国群。それらを繋ぐ大きな道が走っておる。それが西も南も閉ざされておるせいで、これからはもっと厳しい町になるじゃろうな」


 リゼンベルグ南部崩壊の余波が伝わるのじゃ。


「隣国ですが、行ったこと無いので楽しみですねぇ!」

「森化の影響が大きな国という事か……。それで、名物は?」


 名物、ラシュネリの名物……?


「ナジャさん、私分かりました!

 フレデさんは食べ物の事を言ってるんですよ!」


 あぁ、なるほど。

 本当に食べる事しか考えておらんな。


「焼き……焼きなんとかじゃったか、焼いた何かが有名じゃ」

「凄く曖昧ですね!」

「楽しみだ」


 儂らは、三者三様の旅の目的がある。


 フレデは自身の呪いを解く事。

 メイシィは劇団を作る事。 

 儂は森化と黒森林の因果関係を紐解き、森化を止める事。という名目の付き添いじゃ。


 旅の最終目的地は決まっていないが、それぞれが楽しむことを前提に行脚する。

 それが約束じゃ。



「……お。見えてきたぞ、ラシュネリの門じゃ」

「門番は……いないのか?」

「すぐ近くまで黒森林が来ておるからの。あの門の上に見張りはいるはずじゃが」


 リゼンベルグとラシュネリを繋ぐこの街道の半分以上は、既に黒森林に飲まれておった。交易路が断絶したと言っていいじゃろう。


 今のリゼンベルグは孤立状態に近い。儂が行くときに使った北東からの海路か、もしくはプロヴァンスとの間の山を越えるしか辿り着けぬ島となっている。


 壁に目を向けた。

 ラシュネリの外壁は高く、下からでは兵士がおるかどうかは分からない。壁の外には巡回する兵士はおらぬようだ。


「どれ」


 地面を強く蹴り、儂は上空へと飛び上がった。


 上空からはラシュネリの様子がよく見える。門を抜けた先になだらかな穀倉地帯が広がり、その向こうに町らしき建物が密集していた。そこまでの道のりには、いくつもの馬車の影が長く伸びている。


 外壁は思った以上に分厚い。堅牢な門もそうだが、無警戒の状態でも魔獣が侵入できないようになっているんじゃろう。


 落下が始まり、ずどんと地面に着地した。


「町は生きておる。この門は閉じられているだけじゃ」

「よし、行こう」

「ようやくまともなご飯が食べれます! いやー今回はきつかったです。フレデさんによる被害者が2人に増えたところで、苦行は何も変わりませんでしたね。ナジャさんは何でリゼンベルグを出る時に一つの食料も無しにいいいいいぃ!!!!」


 騒がしいメイシィを掴み、ラシュネリの門を飛び越えた。


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