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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第三章 愛に振り回される女王
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51 姦しい船出


「ここは儂の行きつけでの」


 その夜、ナジャ姫様に連れられて来たのは島の東端のこじんまりとした酒場。流石にこの騒動で店も閉まっているかと思いきや、威勢のいい店主が笑顔で迎えてくれた。


「店主も竜人じゃ」

「あぁ、なるほど。角は隠せるんでしたか」

「うむ」


 竜人は自由に角を隠せる。

 エルフの長耳とは違うのだ。

 置かれた上品な酒を一口飲み、ナジャ姫様が口を開く。


「……60年。お主が眠っていたこの60年間は、本当に色々あった」


 そう話す彼女の目の中は、どこか悲しさが漂っていた。


「詳しく話す前に、まずはこれに目を通すのじゃ」

「これは……エルフの手紙ですか。私宛てに?」


 丈夫な葉で包んで送るのは、エルフの文化だ。

 何とも懐かしい気持ちになる。


 封を解いた。


『偉大なる白森王陛下

 我らの研究室へお越し頂けないでしょうか?

 ずっと、愛しておりました。

 ジュラ―ル・ベントレント』


 うわ……。


「……言いたい事は分かる。そやつ、最初は儂を伝書鳩にしようとして伝言を頼んできてな。呆れたので自分で手紙を書けと伝えると、今度は何日も儂を待たせよった。筆の遅い理由を聞いたら、どうやらお主の事が好きだったらしいのじゃ」

「お気持ちは有難いのですが……」


 会ったことの無い……いや、どこかで会った事があるのか。確かこの人物は、リルーセの図書館で見た物書きではなかったか?


「まぁ聞け。ジュラ―ル曰く、お主の呪いを研究したいそうじゃ。マグドレーナがああなってから、奴はずっと研究に傾倒しておる専門家じゃ。儂もそやつから呪いの情報を得ていた」

「それはお会いせねばならない気がしますが……」

「フレデ、ついでにそやつと身を固めよ」

「えぇっ!! な、何を急に!!」

「ふっふっふ……冗談じゃ」


 冗談の顔では無かった。

 でも正直、からかったあとのナジャ姫様の悪い顔は好きだ。


「そやつは今、キールベスという国におる。リゼンベルグから少し離れた北東にある小さな雪国じゃ。黒森林には隣接していない中立の国で、エルフも多く住んでおる」

「エルフが……。ナジャ姫様、エルフと人間の戦争とは、いったいどういう事なのでしょうか?」

「それはのう……」


 その時だった。

 小さな酒場に、男が数人入って来た。


「やはりこちらでしたか、竜の姫君」

「おぉい姫様! 功労者のワシを置いて行かないでくだされ!」


 ……!!


 グロッソと……ダメだ。

 悪い男では無いと分かっていても、あの大男が怖い。

 フードを被り席を立とうとした瞬間、ナジャ姫様に腕をがしっと掴まれた。


「(ちょ……は、離してください姫様……!)」

「(儂も出る、少し待つんじゃ)」

「グロッソ、今日はいい天気じゃのう」


 ナジャ姫様とグロッソが目で会話する。


 私の存在に気が付いたようだ。

 慌てだした。


「ボ、ボーレンさん、そういえばあの海に浮かぶ船見えますか?」

「船ぇ?」

「あれ! フレデチャ……げふっ!!」

「またのグロッソ! 情報屋を送る!」


 手を引かれ、そのまま店を出た。


「つくづく縁がある姫じゃな、お主は!」

「切れるのならば切りたいですよ、私も!」


 走るナジャ姫様に強引に引っ張っぱられるがまま、夜のリゼンベルグを駆けた。掴まれた私はされるがままだ。ナジャ姫様が地面を蹴り、民家の屋根に上る。そのまま跳ねるように建物を飛び移り、一際高い壁の上にたどり着いた。


 ここは城門。

 リゼンベルグ城だった場所の前にある城門だ。

 今は、目の前に大きな花が咲いている。


 昼間はあれだけ多くの人が居た広場も、今は誰もいない。グランデ公爵の一声で、あの場にいた全員が救助に回ることになったのだ。町が一丸となって、復興の第一歩をその日のうちから踏み出していた。


 夜風が、私たちの髪をなびかせる。

 白いナジャ姫様の風貌を、暗闇が際立たせていて美しい。

 彼女は真っ直ぐ前を見たまま、口を開いた。


「フレデ、行く当てがないならキールベスへ向かえ。そこにいるのはエルフの研究者達じゃ」

「そうします」

「じゃが、その前に少し寄りたい所がある。お主が寝ていた60年間を教えてくれる場所じゃ。……さぁて、長い旅になるから儂も準備せんといかんのう」

「……よろしいんですか!?」

「嫌か?」


 意地悪な顔でこちらに振り向いた。

 嫌な訳がない。


「ふふ……姫様は変わりませんね」

「お主もの」



――



 翌朝、グランデ家の屋敷へお別れの挨拶にやってきた。


 玄関で出迎えてくれたグランデ公爵は、昨日の騒動から寝ずに働いていたようだ。目の下の隈がそれを物語っている。


 この事件による死者は王城の兵士数名。一般人に被害は無い事だけが救いだと言っていたが、その表情は優れなかった。これから国を挙げて弔うそうだ。


「フレデ殿、お早い出立でございますな」

「グランデ公爵、この度は本当に世話になった」

「こちらこそ、国王を無事に救出して頂き何とお礼を申したらよいか」


 リゼンベルグ王は現在、この公爵家の屋敷で匿われている。意識が戻ったばかりでまだ安静にしているが、怪我も無く命に別状はないという。

 だが、一部では国王が黒幕という話も広がっていた。ヨーク派が最終的に擦り付けを図ったのだろう。その触れ込みによって、ヨークの名前は薄まっていたそうだ。


「無事、とは言い難いがのう。長くは無いかもしれぬ」

「……それでもいいんです。リゼンベルグは生きていますから。これからは花の都としてやっていきますよ」


 黒い精霊が消える前、国王は命を削って精霊を操っていると言っていた。それが真実ならば、寿命を減らしているという事だ。


 エルフは長寿とは言え、私も例外では無い。その上、私は王に触れた昨日から突発的な頭痛を感じている。頭痛薬、少し補充しておこう。


「ボーレン達を置いて行くので、南部の復興は多少ましになるじゃろう。こき使ってやってくれ。じゃが、光の精霊の情報についてはまだ伏せておけ。黒森林からの反動があるかもしれぬ」

「分かりました。何から何まで、ありがとうございます」


 南部はやはり壊滅状態だったそうだ。建物はまるで廃墟のようで、住んでいる人間も忽然と消えていた。それ故に、ヨークを捕縛する事は叶わなかった。ヨークやその周りの人物も呪われている可能性は高いので、足取りを掴めなかったのは少し心残りだ。


「グランデ公爵、メイシィは……」


 言いかけたその時、グランデ公爵の後ろから騒がしい音が聞こえてきた。

 間がいいのか悪いのか、よく分からない奴だ。


「フレデさーん! 置いて行かないでくださいよ!!」

「……置いてくも何も、お前はこれから結婚式が控えているだろう?」

「お父様から、暫く外遊してなさいと言われまして!」

「言ってません!」


 本人の前で堂々と嘘を吐くこの図太さ。

 実にメイシィ感があるな。


「……メイシィじゃったな、お主も一緒に来い」

「り、竜の姫君!?」

「プロヴァンスの王子には儂から伝言しておこう。なに、見分を広めるためでいいじゃろう。それとも、他に何かあるかの?」

「何も無いです! ありがとうございます可愛い竜の姫様!!」


 そう言うとメイシィはナジャ姫様に抱き着いた。

 それを見た公爵は、青ざめている。

 怖い者知らずとはこの事だ。


「本っっっっ当に申し訳ありません!!」

「ほらメイシィ、離れておけ。この方は本当に偉い方なんだぞ」


 メイシィを引き剥がし、改めて公爵にお別れを告げた。

 これでメイシィの家出は4回目だそうだ。

 どうりでたくましい訳だ。



 そして、3人で港へと向かう。


 私はいつもの格好に背負い袋、メイシィもいつもの旅装。

 そしてナジャ姫様の荷物は、小さな鞄一つ。


「メイシィ、良い演劇だったな」

「ありがとうございます! ……ねぇフレデさん、以前私の夢について話しましたよね。実は私、劇団を作りたいんです! そして世界を股にかける空飛ぶ船を建造して演劇の船団と名乗り各地で光の演劇を……あ、ここのパン美味しいんですよ! ちょっと買っていきましょう! 特にあの☆#▲○%×●~」


 慌ただしい現実が戻ってきたようだ。


「……この娘、いつもこんな感じかの?」

「そうです」

「騒がしくなりそうじゃのう」

「ふふ、すぐに慣れますよ」



 ふと周囲を見渡した。


 港の方角には、公爵が手配していた船が停泊している。


 道路には活気付いた露店が並び、朝のリゼンベルグを賑やかしていた。流れる音楽に合わせて踊っている人物もいれば、靴磨きの少年と話している子供達もいる。


 反対に城を見ると、大きな万冬花が咲いていた。昨日の騒動が、本当に起きた事件だという事を思い出させる。



 人も町も、皆が明るい。これが王都リゼンベルグ。


『リゼンベルグは生きている――』


 公爵の言葉が、目の前で体現されていた。

 メイシィを見ているとよく分かる。

 きっと、これがこの町の人々の気質なのだ。



 両手いっぱいに抱えたパンを持って、その気質の娘が駆け寄ってきた。


「……さて、行きましょうか」

「そうじゃな。まずは東へと向かおう」


 海鳥が風に乗り、リゼンベルグの港を彩る。



 リゼンベルグ島に背を向けて、船が出港した。


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