50 愛の万冬花
リゼンベルグ国王をグランデ公爵に預けた。
黒エルフだと騒ぎになる前にその場を去った方がいい。そう判断した私は、すぐにフードを被って広場の人混みに紛れ込んだ。
だが……リゼンベルグ城前の広場はなぜか演劇会場となっていた。
しかも壇上にいるのは、メイシィと奇妙な兜をかぶった男だ。
メイシィが黒い根の役、ジョバンが光る剣を持った勇者役らしい。兜の男がゆっくりと剣を振り下ろすと、メイシィが『ぐわああ』とわざとらしく切られた動きをする。根の役なのに笑いながら叫んでいた。
「何だこれは……」
しかし、観客は皆楽しんでいた。
これだけの崩落があったにもかかかわらず、だ。
「フレデ、これは何の茶番じゃ?」
「ナジャ姫様、ご無事でしたか。……グランデ公爵の三女、メイシィが遊んでいるんですよ。目立つのが好きな娘で、あれが彼女の日常です」
「なんじゃそれは……。
というか、そのメイシィとやらは光の精霊を操っておるのか?」
「えぇ。物を光らせる程度ですがね」
「なんとまぁ……」
そうか。
話していて気が付いたが、広場から放たれた強烈な光はメイシィの仕業だったんだな。
ナジャ姫様は腰に手を当て、呆れた顔をした。
見た感じ、彼女には怪我一つ無い。
さすが、竜の姿でなくなっても最強のお方だ。
「そっちは上手くやれたようじゃな」
「何とか、ギリギリでしたよ。リゼンベルグ国王はグランデ公爵に預けてあります。私は姿を見せてしまったので、長居は出来ないでしょう」
「そうか……リゼンベルグを立つ前に、あそこの苦労人に挨拶してくるとよい」
そう言ってナジャ姫様が指を差した先に、広場の片隅で膝をついたまま中年のおじさんに慰められているグロッソがいた。あの芯の強い男に何があったんだ?
「おいグロッソ。どうしたんだ、大丈夫か?」
「……フレデか。お前、胃薬は持っていないか? オリノロシ草だったか」
「沢山あったが、旅の最初にメイシィが全部食べた」
再びグロッソは首を垂らす。
「……俺は休みが欲しい」
「ゆっくり休むといい、次は私は暴れないから」
「まっっっったく信用にならん!」
煽ったら、少し元気が出たようだ。
私は今の所、行く先々で城を植物に変えている。
自分で言うのも何だが、たちの悪い存在だ。
「結局リゼンベルグにも植物が生えたな。フレデ、あれはどうなるのだ?」
「グロッソよ、お主の所の隊長が今頑張っておろう。奴に任せておけばよい」
ナジャ姫様がやってきた。
隊長とは、あの光る大男の事だろう。
私は広場の縁石に腰かけた。ナジャ姫様も隣に座る。
「……光る精霊を宿した武器なら、黒森林の木々を消滅させる事ができると分かっての。今ボーレンの奴が地道に削っておる」
「そ、それは凄い発見ですよ、ナジャ姫様!」
驚いた。そんな事が出来るだなんて。
もしかすると、森化を止めることが出来るのかもしれない。
「判明したのはついこの間じゃ。そもそも、光の精霊なんぞ最近ぽつぽつと人間の間に現れた未知の精霊。操れる人物もほとんどおらぬ」
「それでも、私からすれば希望です」
「そうじゃな……」
そう言って、ナジャ姫様はメイシィに目をやった。
こちらに気が付いたのか、メイシィの声量があがり、勇者役の男の剣がより一層輝きを増した。そしてメイシィは、再び兜の男に切られている。何回やるんだそれ。
「フレデ、すまぬがリゼンベルグの復興に影響が無いようにするため、国王とヨークの所業を表沙汰にはできん。お主の手配書を細工する事になるじゃろう」
「構いません。城の兵士に姿を見られてますし、グランデ公爵にもこれ以上迷惑はかけられません。私は既に追われる身ですから」
「……そうか。お主も良い顔をするようになったのう」
「ふふ……いい趣味を見つけたんですよ」
ナジャ姫様にも、いつか私のゲテモノ料理を御馳走して差し上げたい。
「……よし。あの馬鹿な部下に落とし前をつけさせる」
グロッソは急に立ち上がり、人混みを掻き分けて壇上へと向かった。
兜をかぶった光の勇者は、グロッソを見て慌てふためいている。
部下だったんだな、あれ。
光の勇者が剣を取り上げられるも、逆にメイシィは即興で演技を始めた。
今度はグロッソを悪人にしたいようで、私を脱がさないでと叫んでいる。
とんでもない公爵嬢だ。
「ふっふっふ、あの娘の前では、優秀な役人も形無しじゃな!」
「全くです」
……だが、見ている分には面白い。
「おや、これは――」
突如、広場前に黄色い花吹雪が舞い踊り始めた。
あのリゼンベルグとプロヴァンスの間にある高原で見た、万冬花の花弁だ。王城に巻き付いていた黒い根が、巨大な万冬花に変化したようだった。
リゼンベルグにそよぐ海風にのって、まるでメイシィたちの茶番を祝福するかのように花弁が降り注いでいる。
黒森林の根は、黒森林の傍でなければ変化する、か。
「ようやく黒森林との縁が切れたか。ボーレンが根を切断出来たようじゃな」
「……やはりあの男の力は強大だったのですね」
「そうじゃな。まぁ奴に関しては普段は気の良い奴じゃ。お主は会わんほうがいいかの?」
南部で根の処理に当たっていたのが大男、ボーレンか。
功労者とはいえ……会うのは少し不安だ。
「……そうして頂けると」
「ふっふっふ、本当に変わらんのう! ……フレデ、お主がここを立つのは明日にせよ。まだ今日は船が運行しておらんしな」
「分かりました。では、このままどこかに潜ませて頂きます」
「そう遠慮するな。積もる話もあるし、慰労も兼ねてこれから食事でもどうじゃ?」
「……ぜひ!」
大好きな人からのそのお誘いは、私の疲れを一瞬で吹き飛ばした。
丁度その時、壇上からは大きな歓声が上がった。
メイシィと光の勇者が、グロッソを倒したようだ。
彼女は声高らかに叫んだ。
「――これにて喜劇 『愛の万冬花』 閉幕いたします!!」
大きな歓声が上がり、ナジャ姫様も拍手する。広場に舞い散る万冬花の黄色い花弁が、広場にいる全ての人々を彩り続けていた。
その光景は、やはりどこを切り取っても絶景だった。




