49 光の勇者
『リゼンベルグがもうすぐ崩壊するかもしれない』
その話を父親から聞いてから、メイシィはずっと焦っていた。
そしてそれは目の前で現実となりかけていた。自分がよく通っていた城が、地震と共に黒い根で覆われたのだ。
メイシィの中では、どこか他人事だった森化の現象。それがいざ自分の身に降りかかると、得も言われぬ恐怖となって襲い掛かっていた。
だがそれでも、メイシィは心の中である決意を秘めていた。
自分にしか出来ない事を完遂するのだと。
メイシィは酔っ払ったフレデの言葉を思い出す。
『お前が本当に大切だと思う事、その想いを周囲に見せつけてやれ』
ガツンと行くんだ、ガツンと。
あのフレデが、がさつにそう言っていた。
メイシィは正直あの時、酔っているフレデは顔が赤くて凄く可愛いと思っていただけであった。だがそれでも、フレデの言葉は今になって心に響いてきたのだ。
そんなフレデの顔を頭に浮かべながら走り続け、ようやく目的の広場へと辿り着いた。
城前の広場は、いつもとは違って閑散としていた。
所々に城壁が落下した痕跡があり、ここが危険だという事を伺わせる。
だが、城から逃げるには通常この道しか無い。
メイシィはその事を知っていた。
目的の人物は、正義感の強い男。
何かできないかとこの場をウロウロしているはず。
……当たりだ。
「ジョバン君、ジョバン君!!」
「おぉ!? メイシィ、こんな所で何してるんですか! 早く逃げるっすよ!」
ジョバンは隊員達と共に、資料を抱えて固まっていた。
島民を誘導しながらも書類整理を行っている。
「大丈夫大丈夫。それよりも、私はジョバン君たちに重要な任務を伝えに来たんですよ!」
「俺に? 任務すっすか?」
メイシィはそう言って、自分の父親から聞いた話をそのままジョバン達に伝える。もちろん、多少脚色をして……。
「そういう訳で、ジョバン君以外の皆さんは資料を持ってグランデ家に退避して下さい! 全部終わったらすぐに国民に開示するらしいので、さっさとしてってグロッソさんが言っていましたよ!」
そう告げると、隊員達は項垂れた。
この状況でもグロッソは変わらずに仕事をする。いつもの事だと考えると、隊員たちにとっては逆に心強くもあった。
そうして隊員たちとメイシィの護衛は、急いでグランデ家へと向かって行った。
「それでメイシィ、俺たちは何をするっすか?」
「私とジョバン君は、あたふたする島民を掌握……安心させましょう!」
「ん……? それはグロッソさんがやってるんじゃないんっすか?」
「グロッソさんは避難誘導ですね! 私たちはもっとこう……ふふふ」
「……何でそこで笑うんっすか」
ジョバンはメイシィの性格を良く知っていた。
どうしようもない娘なのだ。
そして、この顔は良くない事を考えている顔だ。
「今ここで、フレデさんに告白しましょう!!」
「ちょ、ちょっと! 何言ってるんすかこの状況で!」
島民を安心させる事とフレデに告白する事が一致しない。
それ以上に、人的被害も出ているこの状況でいくら何でも不謹慎すぎる。
「まぁまぁ落ち着いてください。
いきなり告白は言いすぎましたね。
これは島民の心を落ち着かせるために必要な事ですよ、はいこれ!」
メイシィがジョバンに渡したのは、兜と剣とマント。
見るからにダサい。
「呪われてるんすか、これ」
「相変わらず失礼ですねジョバン君は! これはれっきとしたリゼンベルグ南部の民族衣装ですよ! ささ、早く早く!」
言われるがまま、ジョバンは装備する。
「よし、お似合いですよ! ではグレッグさん以外の皆さんで、告知をお願いしますね」
「わ、分かりました、メイシィお嬢様」
護衛の為に慌てて着いてきた門番のグレッグだけはメイシィの傍に残り、それ以外の人間が散って行った。
「……告知ってなんっすか?」
混乱する人々を扇動する方法。
メイシィはそれをリルーセで体験していた。
そのため、この混乱した状況を自分の手で好転できると考えていたのだ。
決してジョバンを人柱にして、あの優越感をもう一度味わいたいと思った訳では無い。
「フレデさんは。危機的な状況に颯爽と現れる英雄に憧れているんです。
誰かの為に頑張る人間はステキって、この前飲みながら言っていました!」
「ふ、フレデチャンが!? ……で、そのフレデチャンは今どこにいるんっすか?」
メイシィは城を指さした。
実は、フレデが城のどこにいるのかを聞いてはいなかった。
だが、自分が目立てばきっと彼女は振り向く。その自信はあった。
「あの上から今、ジョバン君が頑張る所を見ています」
「フレデチャンが……俺を……!」
ジョバンは揺れていた。
「……でも俺、事務方ですよ。戦闘なんてできないっす」
「大丈夫ですよ! あの黒い根っこはボーレンさんが何とかします!」
「それ、隊長の手柄を奪うんじゃないっすか?」
「そうともとれますが、大事なのはリゼンベルグ国民の心です。誰がどうやって止めたかを、自分の目の前で見せられたら皆安心するでしょう? これも全てリゼンベルグのためです。協力してください!」
メイシィが真摯な目でジョバンに頼み込む。
自分にしか出来ない事。
フレデチャンが見ているという事。
ジョバンの心は固まった。
その時、丁度告知に回っていた護衛たちが戻ってきた。
「お嬢様、そろそろ人が集まってまいります!」
「ありがとうございます! さぁ、ガツンといきますよジョバン君!!」
「……やってやるっすよ!!」
広場に光の勇者が現れ、リゼンベルグを救ってくれる。
そんな噂を流すよう、メイシィは護衛たちに頼んでいた。
舞台は整った。
メイシィは心を落ち着かせ、祈りを言葉にする。
「さぁ光の精霊さん、ジョバン君の剣に光を!!」
――
突如、広場の方角から強烈な光が放たれた。
あまりの眩しさに、一瞬辺りが暗くなる程だ。
これは、ボーレン隊長か?
……いや、隊長は竜の姫君と南部の処理に向かっているはず。
嫌な予感がする。
こういう時の俺の勘は良く当たる。
「俺は広場へと向かう。君たちは引き続き港への誘導を進めてくれ」
「分かりました。お気を付けください、グロッソ様!」
急いで広場へと向かう。
広場には人が増えていた。
避難誘導を部下たちが行っていはずだ。
何が起きている?
その理由が、視界に映った。
……俺は唖然とした。
「たった今! この俺が! 黒森林の侵略を止めました!!」
「そうです、彼は勇者ジョバン……光の勇者ジョバン君です!!」
「「うおおおおお!!!」」
馬鹿な2人の演説に広場中から歓声が上がる。
リゼンベルグ城を見ると、確かに黒い根の動きが制止していた。
止めたのは隊長だろう。
ジョバンお前は……お前という奴は……。
ジョバンの剣がピカピカと光るたびに、肩の力が抜けていく気がした。
「勇者ジョバンの攻撃が、根を止めていますよ! ほらほら!」
「やー!!」
「「ジョ・バ・ン! ジョ・バ・ン!!」」
変な被り物でジョバンの顔が見えないのがまだ幸いだ。
あの中は、気持ち悪い笑顔に違いない。
「皆さん静粛に、静粛に! ……いいですか、皆さん。
俺が光の勇者になったのは、実は本当の愛に目覚めたからなのです」
突然ジョバンが愛を語り出した。
やめてくれ。
俺はこの結末を国にどう報告したらいい?
『竜の姫君が言っていたきな臭い何かは、光の勇者ジョバンによって解決された』でいいのか?
こいつらはリルーセで一体何を学んだ。俺の勉強会は何だったんだ?
俺は頭を抱えて座り込んだ。
なぜだか、涙が溢れていた。
相当疲れていたらしい。
「わかる、お兄さん分かるよ。勇者ジョバンの言葉は泣ける……うう……」
隣にいた知らないおっさんに慰められる。
違う、悲しいんだよ。
吊り橋効果なのか、ジョバンの愛の言葉に感動する人々も見受けられた。
酷く不気味だ。
メイシィは相槌を打ちながら、相変わらず適当な事を話している。
2人は新しい宗教でも始める気だろう。
「ところで私、プロヴァンスのエルレイ王子と結婚します!」
「おぉ!!」
「おめでとうございますメイシィ様!」
周囲から歓声が上がる。
エルレイも後には引けなくなったな。
こんな発表の方法でいいのかすら、最早どうでもいい。
ジョバンはずっと剣を光らせていた。
あいつ、精霊術使えたんだな……。
胃が痛い。
もうすぐ胃に穴が開く。
「では琥珀鳥の物まねやります! ヴオェーッ!! ヴォオェウッ!!」




