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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第三章 愛に振り回される女王
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47 老兵の支えとなる力



 リゼンベルグ南部、コルコト領。


 森に変わりつつある仄暗い小屋の一角に、旅支度を終えた一団が佇んでいた。彼らは領主からの命に従い、時が来るのを待っている。


「ヨークの旦那、こっちの準備はできた」

「おぉ、いいぞぉ」


 黒エルフと竜の姫が協力し、国王に襲い掛かろうとした。

 そんな情報が流れてきたのは、昨日の夜。

 情報元は、狙われた国王その人であった。


「……ぼかぁ、ずっと覚めない夢を見ていた訳だ」


 ヨークはこれまで、何度も自領を救おうと国に掛け合ってきた。領主として出来る限りの事をやった。だが、それ以上に森化が恐ろしく早かっただけなのだ。


 リゼンベルグ国王はいつも親身に相談に乗ってくれた。

 そして驚きの提案を出したのだ。


『リゼンベルグは南部領と共に終焉を迎える。島が黒エルフに襲われる前に、美しいままで国を沈めるつもりだ』


 ヨークは最初、国王の言う事が理解できなかった。国王とは最後まで国を守るための砦では無いのか、そう思っていたからだ。



 だが、何度か話すうちに理解した。


 幾度となく襲い掛かる黒エルフへの対応と、静かに拡大を続ける黒森林。終わりの見えないそれらの災害に対処し続ける国王は、明らかに憔悴しきっていた。国王の理想とした国家は、既に失われていたのだ。



「このまま放っておけば、国王陛下は国を亡ぼす。そう考えたぼかぁ、反乱軍の首魁という烙印を押されてでも陛下に成り代わろうかと思っていた事もあった」

「ヨーク様、まだ間に合うのでは……」


 最も古株の側近が、ヨークに進言する。


「無理さ。今回の行動が失敗に終わっても、島が沈むのは時間の問題。そんな国に人ぁ誰も来ねぇ。それにだ、ここにきてあのカルドレロの王様の顔に泥を塗っちゃいけねぇ」


 リゼンベルグは美しいまま終焉を迎えさせる。

 国王のその願いに、ヨークは乗ったのだ。


 それに協力してくれたのが、歓楽都市国家カルドレロ。この任務が終わったら、この場にいる全員がカルドレロ国王の元で働く事になっている。



「……ぼかぁね、本当は普通の人間になりたかった」


 領民を救いたかった。

 領土を守りたかった。

 国を何とかしたかった。


 正義とは何なのか、そんな事はどうでもよかった。ヨークはただ、リゼンベルグ国民としての責務を全うしたかった。


 ……それが、この有様だ。


 それでも長年連れ添った部下たちは着いてきてくれた。これからは、彼らも辛い人生を送る事になるだろう。


「おぉい、ヨークの旦那! こっちも大丈夫だ、いつでもいけるぜ」


 声の主の手元には、油のしみ込んだ植物性の長い紐がある。それは黒森林の根が渦巻く、森へと続く穴の中から出ているものだ。


 そしてその紐の終点は、王城の真下。

 貴族の地下通路を通り、城と共に国王を燃やす手筈になっていた。


『我々のリゼンベルグは終わった』


 国王はそう言っていた。


 南部の美しい田園風景に、北部の海に浮かぶ島。

 それらを全て、今、良き思い出に変える。


 ヨークは松明に伸ばした。



「さようなら、美しきリゼンベルグ。愛していたさ」


 導火線に火が点けられた。



――



 急いで降りた海の下の貴族通路は、既に火の海だった。


 ヨークめ、儂の手をここまで煩わすとは……!


 植物の根が火を消しては成長し、飛び散る油によってまた植物に火が付く。伸び続ける植物が地面をえぐり取り、常に台地が振動している。地鳴りと炎のせいで地獄のようだ。


 細い根が暴れ、四方八方に蜘蛛の巣のように張っている場所もある。


 恐ろしい状況じゃ。

 こんなもの、きりがない。

 このままでは島の地面がもたぬ。


「ボーレン、良いか! 穴を開けるぞ!!」

「ぐぅ……! 姫様、ここぁかなり地下ですぞ、大丈夫ですかぁ!?」

「やるしかなかろう!!」


 この場にいるのはボーレンと儂だけ。

 被害を気に掛ける必要は無い。


 一本の矢を頭に浮かべ、右手を槍のように尖らせる。

 そして竜の力を両脚と右手に流し、炎の中から天井へと飛びあがった。


「はああああ!!」


 突き出した右手が岩盤を突破していく。えぐり取った箇所からは水滴がぽつぽつと落ちてくる。飛び上がった勢いだけで、そこそこ地盤を削り進んだようだ。


「ぐっ……流石に固いのう! じゃが!!」


 そのまま岩盤に張り付き、更に右手に竜の力を籠める。

 狙うは天井、リゼンベルグ湾の底へ。


「貫け!!」


 遥か昔、竜の長になる前に遊びで覚えた、槍の拳。

 竜の力が光の槍となって突き出す技だ。


 槍は体を離れ、高く高く飛んでいく。海へと貫通したのと同時に天井が崩れ始め、大きな穴が空いた。そこから、今度は滝のように海水が雪崩れ込んできた。

 膨大な量の海水は、濁流となって貴族通路を飲み込み始める。


 ……これで火は消化できる。

 根が急速に成長する事は、一応これで防げるじゃろう。


「よし、移動するぞボーレン!」

「さすが姫様じゃ、がっはっは!」


 ボーレンは死線を抜けた稀有な人間。

 炎の中でも水の中でも、流石に余裕じゃな。


 急いで床に降り立ち、ボーレンを掴んで再び天井へと飛び上がる。


「おおおお姫様!!?」

「まだ余裕じゃろう? このまま外へ行くぞ!」


 再び右手から放たれた光の槍が、もう一つの大きな穴を空ける。

 そしてそこに海水が流れ込む前に、穴の外へと駆けあがった。


「おおおお!! 無茶苦茶ですぞおお!!」

「南部へ向かうぞ、ボーレン!」


 勢いのまま、外へと蹴り出す。


 高く飛び上がったその正面には、黒い根に巻きつけられた王城が見える。

 根の動きは鈍くなっていた。


 市街には被害が及んでいないが、市民の混乱が目に入る。

 状況はまだ最悪じゃ。


「……頼んだぞ、フレデ、グロッソ」

「ん? 姫様、今フレデと申しましたかな?」


 しまった。


「よ、余計な事を考えるなボーレン! いくぞ、大剣を落とすなよ!」

「しかし良い景色じゃ、がっはっはあああああぁぁ!?」


 落下が始まる寸前、全身に竜の力を籠めた。

 大きく振りかぶって、ボーレンを南部の海へと放り投げた。


 逆さまに落ちながら考える。

 儂が泳いで南部へ向かうにしても時間が掛かりすぎる。

 根元は、手筈通りボーレンに任しておけばよかろう。


 ヨークを逃がすかもしれんが、リゼンベルグ国民の方が優先じゃ。


「泳いで島に戻るかの」


 そうして、勢いよくリゼンベルグ湾へと入水した。



――



 ようやく砂浜へと泳ぎ着き、ボーレンは膝をついた。


「ぐおお……姫様も無茶をなさる……」


 鎧は既に脱ぎ捨ててあった。

 水を吸った重い服を絞り、目の前の港から町へと入る。


 ここはリゼンベルグ南部、コルコト領。リゼンベルグでも森化が最も進んだ地域だ。


 ボーレンはこの場所に見覚えがあった。

 それもそのはず。ボーレンは竜の姫の依頼を受けて、何度もこの場所に足を運んでいた。その依頼の内容こそが、今回の事件を止めるための鍵となっていた。


「むぅ、もぬけの殻か」


 町には人っ子一人おらず、領主の館ですら気配を感じない。部屋が荒らされた形跡は無いが、換金できそうな物は何も残されていなかった。計画的に脱出した事を匂わせる。


 つい先日訪れたばかりなのに、その時とは全く違う景色。

 ボーレンは驚きというよりも呆れていた。


「……故郷をこうも簡単に捨てるとは、ワシには理解ができん」


 町に活気は無かったが、子供たちは元気で一緒に遊んだ。

 酒場の人間も気のいい者ばかりであった。



 その全てが今、幻となっている。


 誰もいない町。

 これは森化の影響とはいえ、言葉が出てこない。


 ボーレンは、グロッソから預かった地図を開いた。今いる場所は、地図に示してある×印が書いてある所。自分のこの足元に、森から掘り進めた穴と貴族通路との結節点が存在する。



 ボーレンはゆっくりと屈み、地面に触れる。


 元々、地味な仕事は好きでは無かった。今回もグロッソと竜の姫君に乗せられたのだと後から気付いた。だが、彼らはちゃんと自分の魅せ場を用意してくれていたのだ。


 ……この老いぼれが、まさかこんな大役を課せられるとは。


「さて、ワシが世界を救う事になろうとはな。まぁぁたグロッソの馬鹿野郎に乗せられている気がするが……まぁ悪い気はしないのう」


 自分の両手を眺める。そこにあるのは、所々に刃が欠けたボロボロの愛剣だ。

 先ほどの貴族通路ではほとんど仕事が無かったため、疲労は無い。


 両手で大剣を握り、力を籠める。

 今こそ、竜の姫君との研究の成果を活かす時。



 ボーレンが光の精霊を剣に移すと、剣が白く輝き出す。


「うらぁ!!」


 そのまま、全力で地面に振り下ろした。

 大きな衝撃と共に地面に穴が開き、足元が崩れ落ちる。


 着地したのは、黒森林の根の上。

 ずるずると(うごめ)く黒森林の根が、ぎっしりと敷き詰められている。


「まさに根幹ってな、がっはっは!」


 ボーレンは再び剣に光の精霊を移し、根を切りつけた。


 プロヴァンス王城では、まったく歯が立たなかった黒森林の植物。

 それがまるで柔らかい砂のように、切った先から根が崩れ落ちていく。



 森化を救う仕組みは、今となっては非常に簡単だった。


『ここ最近生まれた光の精霊は、黒森林と相反している事がお主の過去の戦闘から読み取れた。もしかすると、光の精霊を纏った武器ならば、黒森林の木を切れるのではないか?』

 

 急激に増えだした黒いエルフと、それに呼応して加速度的に広がる森。同時期にまるで対となるように生まれ始めた、光の精霊という存在。これが森化を止めたいという願いから生まれた精霊かもしれない。


 竜の姫のそんな予想が、大正解だったのだ。



「しかし人間の寿命ほどの年月がここ最近とはな、姫様は流石じゃのう」


 振り下ろした一撃で崩れゆく根は、まだごく一部。視界一杯に広がった根を、これから淡々と切り落とす作業にかかる。実に地味な仕事だ。



 だが、復讐を支えに生きてきたボーレンの中には、新たな目標が生まれていた。


「……さらばじゃ、黒森林。ワシの手で全てを終わらせてやる」


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