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草原での贅沢


 ……60年。


 雲の上、空高く打ち上げられた私は、60年について考えた。

 なぜ私は60年も眠っていた?


 あの兵士は、マグドレーナ国の崩壊から60年と言っていた。この前マグドレーナ城で起きた地震がその崩壊の発端であるならば、マグドレーナは本当に滅びているのだろうか。


 エルフの血が濃い王族の寿命は、軽く500年を超す。ただ、60年も眠るという話は聞いたことが無い。


 それに呪われた黒いエルフの話は、マグドレーナ以前にも聞いていた。あの兵士の証言が正しいなら、マグドレーナ崩壊後に黒いエルフたちが一気に増えたとも解釈できる。


 あの場にいた部下たちは、そういう事なのか。同じようにクロルデンも……。


 ……そういえば、父上と母上は?

 というか60歳も年重ねたら、結婚の適齢期はとうに過ぎているのでは?



 次々と浮かぶ私の疑問に対して、答えるものは誰もいない。



「風の精霊」


 落下する私の体をふわっとした風が纏い、ゆっくりと地面に近づけるように体を降ろしていった。


 ここはどの辺だろうか。

 村からはかなり飛ばされたようだ。

 空から眺めても、周囲には漆黒の森しか無い。


 黒森林に明かりは無く、満天の星空だけが周囲を照らしていた。


 黒髪のエルフの存在。

 黒森林の呪いについて。

 それに、マグドレーナ国の現在と国民たち。


 まったく、分からない事だらけだ。



 ぐぅ~……。


 腹の虫だけは、反応がいい。


「お、ニガ虫」


 ニガ虫の集団が、地を這って進んでいた。

 生のニガ虫には猛毒がある。ローブに入れておいた残り僅かなオリヴィエ草を取り出し、ニガ虫を捕まえる。精霊の炎で蒸せば、あっという間に夜食の完成だ。


 もはや、虫を食べる事に躊躇いは無くなっていた。


「うわ、うっま……!!」


 なんだこれ、凄く美味しい!

 舌の上で、ピリリと刺激する猛毒感と、オリヴィエ草の治療感が調和している。あっという間に食べ終わった。しまったな、もっとオリヴィエ草さえあれば……。


 虫を食べ終えて、少し落ち着いた。



 知りたいことは山ほどある。


 ……町に行こう。

 耳さえ隠れれば、エルフとも見られないはずだ。

 何よりも、新鮮な情報が欲しい。


 そのために、まずはオリヴィエ草を集めて、食材の確保。

 あとは町で売るための素材も必要だ。

 元国王の私は、現在一文無しである。


 そう目標を定め、冷たい地面に草を引き、雨ざらしの寝床で一晩を過ごした。



――



「はっ!!」

「ガァァァアア!!」


 猪型の魔獣の首を、風の精霊が断ち切った。

 黒い血が飛び散るが、翻したローブでそれを防ぐ。


 アニスの村から出て、ひと月は経っただろうか。


 私は日の沈む方角へと、ひたすら真っ直ぐ進んできた。徐々に魔獣と出会う頻度も上がり、黒森林の端に近づいていることを感じる。


 人間達は知らないかもしれないが、実は黒森林は森の中心に行けば行くほど安全だ。エルフの文献によれば、森の中心は精霊が多く住まうエルフの死後の世界との物語も残っていた。

 逆に、端に近づくほど魔獣の数が増え、そして森化の力も強くなる。魔獣が人を襲うのは、森から出てしまうぐらい溢れる事があるからだ。


 そんな風に忌み嫌われている魔獣も、食べることができる。先程私が倒したこの猪は、実は滅茶苦茶美味しい事が分かった。

 解体した肉は精霊の炎で炙れば美味しく頂ける。呪いの影響で精霊の力も混乱していたが、それも大分落ち着き、多少乱れていても制御が可能となっていた。



 そんな感じでひたすら移動を繰り返し、私は野党のような風貌となっていた。聖なる糸で編んだこの王のローブも、今や血まみれだ。



 それでも、楽しい。

 私は野営にかなり嵌っていた。


「……ん?」


 荷をまとめて歩き出してすぐに、視界が開けた場所に出た。


 見渡す限りの大きな草原だ。

 そこに木々は無く、獣の匂いもしない。



 ――黒森林の端に着いた。


 背負っていた荷物を下ろし、空を仰ぎ見ながら草原に倒れた。


「……あああああぁ!!!」


 達成感が叫びとなる。


 遠かった……。

 でもやり遂げた。

 国王時代でも味わえなかったような満足感が体を包み込む。



 ……空が高い。ぼーっとする。


 雲はゆっくりと動いている。

 目を閉じれば、風のそよぐ音が聴こえる。


 そのまま少しばかり寝て、今夜の野営地をここに決めた。



 見渡す限りの草原に、静かな夕暮れ。夕飯は、取れたての魔獣の肉の薬草包みだ。このような生活をするなんて、国王時代には想像もできなかったな。


「こんな贅沢ってあるんだな……」


 いや、国王時代の方がはるかに贅沢な食事をしていた。それなのに、食事の満足感は今の方が圧倒的に大きい。私は、よく分からない感動を全身で感じていた。


「……国王なんて、やってられないな」


 今や滅びたと言われる国、マグドレーナ。


 クロルデンの馬鹿がそんなにマグドレーナを運営したかったのなら、最初からそう言えばよかったのだ。


 なぜ私が呪いを受けなければならなかった?

 私が、何か悪い事をしたのか?



 ……気が緩んでいたのか、その感情が一気に溢れ、自然と涙が零れ落ちた。涙はあっという間に大粒となり、私の心を濡らしていく。



 ――私は、ずっと寂しかったのだ。



 大切な弟に、家族同然だと思っていた家臣達。

 皆、同じ道を歩む仲間だと思っていた。


 そして追放されたとき、皆がそれで良いならいいと思っていた。

 私一人だけが、間違っていたのだと。


「……うぅ……ぅ!」


 草原は森とは違い、静かであった。

 私の嗚咽は、私にしか聞こえていなかった。



――



 涙が枯れ、草原には静けさが戻ってきた。


 随分と泣いた。

 だが、お陰で心はすっかり晴れていた。クロルデンや家臣達への想いも、あの人間達の視線も、涙と共に流れ落ちた。


 前を見る。



 まだ、私は死んでいない。

 やる事がある。


 私に降りかかった呪いと、他の黒いエルフ達を解放する。

 60年寝ていた私の仕事だ。

 それに、その60年の間に何があったのか、まずそれを知りたい。


 そして、アニスのような子供やあの兵士達のように森に怯える人間。皆が自分の意思を欺かずに暮らせる世界を目指す。


 私がそれを少しだけ後押しして、未来の子供たちに引き継げればいい。



 全て、私の我儘だ。


 ――だがやってやる。


 立ち上る精霊の炎の煙を眺めながら、そう心に刻んだ。



「さて……」


 寝床で横になる前に、立ち上がって伸びをした。草原の向こうの方に、人間の町の明かりが薄っすらと見える。


「あそこにあるのは、穀物か、果物か……」


 まずは、この呪いを解く事。

 だが……あの町の名物を食べてからでも悪くない。


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