44 禁断症状
グランデ家の食事は素晴らしい。
高級そうな魚に、見た事の無い野菜や果物。木の根っこが名物のリゼンベルグ南部とは大違いだ。その素晴らしい食生活のおかげか、使用人までもが健康的であった。
先日メイシィのしょうもない一言で倒れた私は、そのままグランデ家にお世話になっていた。倒れた原因は、偏った食生活を続けていたせいで一部の栄養が足りていなかった影響らしい。食の探究者としては情けない話だ。
そういった事情もあって、公爵は私に完璧な食事を用意してくれた。
……だが私は感じていた。
体が、体に悪い物を欲している。
「……虫と薬草と毒物だ。自然をそのまま食べたい」
「フレデさん、やばいやつじゃないですか!」
「泥水でもいい、もう何でもいいんだ」
「禁断症状じゃないですか!」
夕食を食べ終えて部屋にやってきたメイシィが、寝間着で返事をする。
「グランデ公爵の気持ちは嬉しいんだ。だが、もっとキツい物が食べたい」
「そんな気持ちになった事がありませんよ……」
「行くぞメイシィ。とりあえず屋台からだ」
「おぉ……? 夜遊びなら、遊び人の私としては行くしかないですねぇ!」
そう言うと、メイシィはうきうきで着替え始めた。
この辺の好奇心は、私と気が合う。
「さて、おすすめの店はあるか?」
「まずは夜市ですね!」
リゼンベルグには夕方から開く夜市がある。観光客向けらしいが、地元の人々の夕飯処でもあるそうだ。怪しい食材も多く並ぶとの事で、実は結構楽しみにしていた。夜遊びらしく、窓から飛び降りて2人で食べに行く。門番のグレッグもこのメイシィの行動には慣れているらしく、手を振って見送ってくれた。
そして訪れたのは、島の東地区。
「おぉ……」
橙色の明かりが、屋台の屋根に連なっている。
不思議な格好の店員や、飲んだくれて裸の客。
美しいリゼンベルグとは違う。まるで異世界に来たようだ。
メイシィに連れられるがまま、橋の下に佇んでいた怪しい屋台ののれんを潜る。
「おじさーん、甘酒と塩辛ください!」
「私も酒だ、強めがいい。あとこの……くさやという物だ」
「……嬢ちゃんたち、酒を飲める年齢か?」
「もちろんですとも!」
身分証を見せた。
私たちの身長と見た目なら、子供に見えるのだろう。
酒はすぐに出て来た。フードを取らずに、襟巻の間から一気に飲む。
「……っくぅー! これだな、これはいい」
「フレデさん、おっさん臭いですね! ついでにその…………くっさ!! 何ですかその臭いやつ!!」
店員が持ってきたこの魚は、海水のような塩水に漬けて干す保存食らしい。
非常にクセの強い香りを漂わせる。
だが、私は知っている。
臭い食べ物って、大体美味しいのだ。
「……うまいなぁ」
初めてのリゼンベルグの珍味。
これだよ、これ。
噛みしめるように味わっていると、隣の席から良からぬ話が聴こえた。
「……黒エルフが王城に出たらしいぜ」
「それ、嘘らしいぞ? 部屋が泥まみれだったってのも、南部貴族の暴走を隠すためだとか」
「あぁ南部か……いよいよ王も厳しい状況に立たされた」
「違いない」
先日の騒動……公爵が噂をかき消してくれたのか。ありがたい。
「東の国でエルフが暴れているそうだが、そっちが黒エルフじゃないか?」
エルフだと……!?
「いや、そっちは遊び人というか、渡世人らしい」
「エルフが賭け事か? 世も末だなぁ」
渡世人……賭博という事か。
東の国は賭け事が盛んらしい。
「フレデさんも聞いてました? 行ってみたいですねぇ、東の国」
「そうだなぁってお前は賭博がしたいだけだろう。それに、エルレイとの結婚式が控えているんじゃないのか?」
「いやぁ……多分もう少し先ですかねぇ」
「先?」
聞けば、国王が娘を推したいがために大反対をしているらしい。
やはりと言うべきか、王派閥は既に瓦解しているようだ。
「……まぁ飲もう。今日は飲んで忘れよう」
気の毒なメイシィの話を聞いて慰めてやろう。
……と思ったはずだったが、私の方が先に酔ってきた。
「うぅ……何で私が追われなきゃいけないんだぁ……」
「はいはい、ボーレンさんもグロッソさんもいい人ですよ?」
メイシィが慰めながら話している。
「……性格はあまり関係がない。心に染み付いた恨みというのは、簡単には取り除けないのだ。それはあの大男自身が一番よく分かっている」
「そういうもんですかねぇ?」
「あぁ。だから、奴が私を倒すのが生きがいであっても、それはそれでいいんだ」
あの大男は、復讐に掲げる人生である。
ままならないものだ。
「あの人は多分、強い人と戦いたいだけですよ?」
「なら、ナジャ姫様とでも戦うといいさ。あの人に勝てる生物はいない」
肝心の居場所は分からないがな。
「早く会いたいなぁ……へへ……」
「そういえばグロッソさんが言っていましたが、明日竜のお姫様をうちに連れてきますよ!」
「何!? ナジャ姫様が!?」
「うわ、フレデさんの唾くっさ!! ○%×$☆#▲~!!」
グロッソはいらない。あの大男もいらない。
でもナジャ姫様には会いたい。
やっと会える。
嬉しい。
「会えるのか……へへ……」
「フレデさん、ちゃんと聞いてます!?」
メイシィの顔も赤い。
酔っているな。
「聞いてる。何だ……?」
「私、悩みがあるんですよ」
「……悩み? 私でよければ相談に乗るぞ?」
陽気なメイシィにも悩みなんてあるのか。
「あるお友達を助けたいんですが、どうやって応援してあげればいいか分からないんです」
「もやっとしすぎていて分からないな。何関係だ?」
「……恋愛ですね」
「恋愛かぁ。私には縁がないな」
過去、私にも縁談の話がいくつもあったが、それらは恋愛ではなく政略的なものだ。相手には失礼だったが、興味もなかったので結局全て断っていた。
「メイシィの言葉で背中を押してあげればいいんじゃないか? 恋は狩りと同じで、罠で捕らえて弓で心を射抜くものだ。結局は度胸だぞ」
「いやぁ違うんですよ。その好きな人の好みが分からなくって。ちなみに、フレデさんはどんな人が好きですか?」
おぉ、何だか懐かしい質問だ。
部下やクロルデンからよく聞かれたな。
「私は普通の人がいい。強いて言うならば、食生活が合う人がいい」
「普通ですか。英雄とか、騎士様はどうですか?」
「それは考えたこともないな……。だが、誰かの為に頑張る人は好きだ。自分を大切にしつつ、周りを大切にする。そんな人物なら、多少家庭を疎かにしても構わない」
「……なるほど、参考になりました!」
偉そうに助言はしたが、自分の行動を顧みれば誰かの為に頑張っているとは言えない。グランデ公爵の方が、私よりもよほど頑張っている。
「もうひとつ悩みがあるんです。……本当はやらなければならない事があるけど、自分の人生をかけて別の何かを成し遂げたいと思い立った時、フレデさんならどうしますか?」
今度は、凄く不安そうな表情で問いかけてきた。
どうやら、こちらが本当の悩みのようだ。
――人生をかけてやる事、か。
昔、死亡記事を書くエルフから聞いた話がある。
『人間も亜人も、些細な事で簡単に死ぬ。そんなのばかりを見てきた僕は、死ぬ事は怖くなかった。だが、いざそれを自分に置き換えて考えてみると、思い立った事はすぐにやるようになった』
数多の死者を見てきた、彼独特の死生観だろう。明日自分は死ぬ。そう考えた時に、今を全力で生きているのかどうかが不安になったそうだ。
寿命の長いエルフでもこんな事を考えるのだ。
人間の人生が輝いて見えるのは、短いからこそかもしれない。
「……やるに決まっている。いいかメイシィ、何に悩んでいるのか分からないが、メイシィが良かれと思ってやっているなら自信を持って前に進め。お前が本当に大切だと思う事、その想いを周囲に見せつけてやれ。ガツンと行くんだ、ガツンと」
「……! わかりました!!」
メイシィは何かが吹っ切れたような顔をして、甘酒をクっと飲み干した。
良い表情で、良い飲みっぷりだ。
何かが掴めたなら良かった。
「フレデさんは、何か夢みたいなものはあるんですか?」
「夢か……」
夢と聞いて最初に浮かんだのは、弟や部下、国の事。
次に浮かんだのは、珍味や旅、魔獣、野営だ。
きっと前者が責務で、後者がやりたい事になるのだろう。
ふふ……そうか。
考えてみれば、随分と小さな夢だ。
「私の夢は、既に叶っている」
「えぇー! ずるいですよその答え!」
残るは、王としての責務を果たす事のみ。
私も右手に持っていた酒をクっと飲み干した。
「よし、2軒目に行こう。次は温かいものがいいな」
「むむ、では海鮮鍋ですかね! まだまだいけますよぉ!」
そうしてリゼンベルグの情報収集をしながら、メイシィと2人で飲み歩いた。




