39 つきまとう運命
グランデ公爵と話をした、その翌日の昼。
リゼンベルグ城へと入城し、階段で上へと進む。
目的地へと辿り着いた。
ここは城の高層階にある、会議室の一つ。
私はグランデ公爵と共に、護衛として王城へと付き添った。
今はずしりと重い鎧を装備し、兜を被っている。耳が当たって多少痛いが、見た目は立派なリゼンベルグの一兵卒だ。背は低いが……そんな兵士がいてもいいはずだ。
もう暫くすると、この部屋で王派の貴族向けにメイシィとエルレイに関する内密の報告会が始まる。私は鎧で身を隠したまま、そのまま内容だけを聞くのだ。
カクンカクンと舟を漕いでいるメイシィの背後に立ちながら、昨日のグランデ公爵との会話を思い出す。
――――
「王派に潜んでいるヨーク派の内通者は、リゼンベルグ国王陛下本人です」
「はぁ? お父様、どういう事ですか?」
私も理解が出来なかった。
メイシィの間抜けな問いかけが、私の頭の中に残響する。
グランデ公爵曰く、今回の反乱の構図はこうだ。
王派は国王を筆頭とする保守派。
ヨーク派はヨーク・コルコトを筆頭とする南部領主と王派から寝返った貴族。
そして、王派に潜んでいるヨーク派の内通者は、国王本人。
…国王は、一体何がしたいんだ?
ヨークを立てたいなら、表立って譲ればいいんじゃないか?
「ヨーク派の者たちは、国王陛下本人が内通者だとは気付いていません。というかそんな事、普通あり得ないでしょう?」
「あり得ないな。まったく訳が分からない」
「……国王陛下はおかしいのです。あの竜の姫君を王城から追い出し、南部の税金を上げ、裏ではヨークにお金を回す。王派の内部でも大混乱でした。第二王女様も焦ったのか、急にプロヴァンスへと嫁ぐと言い出す次第で……」
ナジャ姫様はグリエッド大陸では中立のお立場だったはず。
まさか、それを追い出すとは。
「グランデ公爵は、なぜそれに気が付いたんだ?」
「私は外務大臣です。ある他国の情報屋から、そんな不気味な噂が聞こえてきましてね。真相を確かめるために、国王陛下の行動を調べたのです。……結果は、残念ながら黒でした。リゼンベルグ城の真下に大陸まで走る貴族の地下通路という道があるのですが、そこでの密会を確認しました」
「……その結果を、王派に見せる事は?」
「見せた瞬間に、王派は瓦解するでしょう。何せ、組織の長が相手に寝返っているのですから」
公爵の言う通り、確かに状況はかなりまずそうだ。
というか、私はナジャ姫様にお礼を言いに来ただけなのに、厄介な事件に巻き込まれている気がする。
グランデ公爵は立ち上がり、静かに頭を下げた。
「フレデ殿、どうかその白森王としてのその知識で、我が国を助けていただけないでしょうか?」
……私はマグドレーナで、信頼していた部下達に追放された。
そんな私が、役に立つ事などあるのかは分からない。だが私は俯き、了承の意を示した。立ち上がってグランデ公爵と握手する。
そんな中、渦中にいるはずのメイシィは、マルカ夫人の膝の上で呑気に眠っていた。
――――
国王が篭絡されているならば、反乱は成功したも同然。なのに、なぜ状況が動かないのか。思い出せば思い出すほど、荒唐無稽な話だ。
少しして、会議室にぞろぞろと貴族らしき人物が入って来た。入室すると同時に、メイシィを見ながらひそひそと会話を始める。
上座であるグランデ公爵の隣に座る娘だ。彼女がここにいる意味を察しているのか、それともこの状況で寝ている彼女に驚いているのか……。
「(おい起きろメイシィ、始まるぞ)」
「……ぁえ?」
「――皆さん! 本日は急遽お集まりいただき誠にありがとうございます!」
グランデ公爵の一言で、会場は静かになった。大きな長机の席のいくつかは空いたままだ。全員は来ていないようだ。
「今やヨーク派の力は我らがリゼンベルグを大いに脅かしております! そんな中、朗報です! この度、我が娘メイシィが、大国プロヴァンスのエルレイ・アン・プロヴァンス第二王子との縁が結ばれる事となりました!」
「おぉ!」
「なんということだ、素晴らしい!!」
歓声が上がり、皆が皆、メイシィを褒めたたえる。
先ほどまでの懐疑的な視線が嘘のようだ。
「第二王子からの書簡はこちらです。印も間違いありません。プロヴァンスからの使者であるグロッソ・リケンス侯爵より、我が妻が直接頂いたものです。そのため慌てて娘に連絡し、今回この場を設けさせて頂きました」
……ん?
今、何って言った?
「皆さま、この度はエルレイ様と契りを結ばせて頂く事になりました、メイシィ・グランデと申します! 私は今まで……」
グロッソ、だと……?
「静粛に! 皆、静粛に! 国王陛下がご入室だ!」
「な、何ですと!!?」
グランデ公爵は驚いて立ち上がった。
予想していなかった人物の来訪で、会議室に衝撃が走る。
他の貴族たちも動揺しているようだ。
この王派の緊急招集は、国王が執務中である時間を敢えて狙って行われていたはず。国王の耳に入れば、ヨークに情報が流れる可能性が非常に高いからだ。
2人の兵士によって、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
まず最初に現れたのは、美しい女性。
服装からすると、王女のようだ。
そして、その後ろには王冠を被った50代ほどの白髪の男。メイシィを含む、部屋にいた全員が国王に対して頭を下げた。
この人物がリゼンベルグの王。
私は驚きのあまり、動けなかった。
リゼンベルグ王は、黒い靄を出しながら笑っていた。




