38 グランデ公爵
グランデ公爵夫人は、メイシィに似ていた。
それは見た目だけではない。性格もそっくりだ。
お淑やかに見える振る舞いの裏に、喋り出すと止まらない口がある。
「それならそうと言って下さいな! あぁ、なんという事でしょう! どうしましょう、まず何をどうしたらいいのか……そうだ、殿下のお好みの服から……」
「お母様、私は青いドレスがいいです! そういえば皇太子様はお見送りに青い花を咲かせていただいたのです! あの花は▲×○%●……」
2人の会話は成立しているようでしていない。
当然ながら、使用人も口を挟まずに聞いていた。
彼らも、私と同じ特技を得ているのかもしれない。
いつまで続くんだろうか……。
身の置き所が無くなってしまった。
「……あら、ごめんなさい! そういえば、娘の護衛をして頂いたんですよね。お名前をお伺いしても?」
「フレデだ……と言います」
「お母様、フレデさんは凄くいい人なんですよ! だって黒エル……モゴモゴ……」
慌ててメイシィの口を押さえる。急に何を言い出すんだ。
「お嬢様にはお世話になりました。では、私はこれで」
「お待ちくださいな、ここまで無事に届けて頂いたお礼をせねばなりませんね。もうすぐ主人が戻りますので、夕食をご一緒しませんか?」
「……っぷは、食べましょうよフレデさん! どうせ今日もカエル……モゴモゴ……ぺろぺろ……」
うわっ、手を舐めるなっ!
「ぜ、ぜひ頂きます!」
「ふふ、この方が護衛で良かったですね、メイシィちゃん。さ、まずは部屋で着替えてきなさい。久しぶりに家族での食事なんだから、きちんとなさいね」
「分かりましたお母様! ささ、フレデさん行きましょう!」
「あ、おい!」
私の手を引き、メイシィが駆け出した。
メイシィの部屋は、2階の角部屋であった。
部屋の中は綺麗に片付いており、メイシィらしくない。できる使用人がいるようだ。クローゼットを開けると、中にはどこかの土産物のようなガラクタがぎっしりと詰まっていた。この辺はメイシィらしい。
「私はこの服装でいいのか?」
「できれば着替えてほしいですけど、どうせなら皆の前で脱いでばーんと魅せましょうよ!」
「失礼だろうが……まぁいいか」
私はどのみち追われる身。グランデ公爵に、城にいるはずのナジャ姫様に取り次いて頂けないかをお願いする立場なのだ。門前払いされるよりかはまだいいか。
メイシィの部屋の窓からは海が見えた。
美しい、青い海だ。
「あ、お父様が帰ってきましたよ!」
丁度メイシィが着替え終わった時、屋敷の前に馬車が止まった。まだ日は沈んでいないが、早く帰って来たようだ。
馬車から紳士的な男性が下りてくる。優しそうな目元に口ひげ。あれがメイシィの父親、グランデ公爵か。
グランデ公爵と門番が何か会話し、こちらの窓を見た。
公爵は微笑み、メイシィと手を振りあった。
「ささ、お出迎えに行きましょう!」
玄関では、屋敷の使用人たちが並んでいた。扉が開かれ、皆一斉に頭を下げる。
「お帰りなさいませ」
「あぁ……メイシィ! メイシィ!」
「お父様! お父様!」
メイシィはグランデ公爵に抱きかかえられる。2人とも満面の笑みで再会を喜び合っている。和やかな雰囲気どころか、光の精霊が喜んでいるせいで眩しい。
「あなた、お客さんがいますよ。こちらがあの……」
「……あぁ、失礼。ここではまずいか、別室で話しましょうかね」
気付いていたか。
「すまない、ありがとう」
「礼を言うのはこちらです、娘を無事に連れて帰って来て頂き感謝します」
そう言うと、グランデ公爵は頭を下げた。
使用人たちは驚き、私を見る。
「私などよりも、グランデ公爵殿の方が出来た人物だ」
「……そもそも、ふらりと旅に出た自分の娘を一国の王に護衛させるなど、恐れ多い事です。まぁ固い話はやめて、気楽にいきましょう」
微笑みながら話すその顔は、メイシィの笑った時の顔に似ていた。
いい家族だ。心からそう思う。
「お父様! そういえば私、プロヴァンスの王子様に告白されましたよ!」
「……は?」
――
客間に案内され、グランデ公爵家3人を前に座る。
一家の大黒柱がいるお陰か、先程の2人がとても静かだ。
特に、メイシィが黙っていると何だか落ち着かない。
「改めまして、私はオリト・グランデと申します。リゼンベルグで外務大臣を務めております。爵位は公爵です」
「妻のマルカです」
「娘のメイシィです」
メイシィだけ白目をむいて笑っている。
やらないぞ。
「亡国マグドレーナの元国王、フレデ・フィン・マグドレーナだ。黒エルフと呼ばれているが、人を害する気は全く無い。呪いを解く旅をしている」
「えぇ!? フレデさんって王様だったんですか!?」
「元だ」
言ってなかったか。
フードを取り、襟巻を外す。
「フレデ殿の事は、竜の姫君より伺っておりました。彼女は独自の情報網を持っており、娘の旅の付き添いをしているという話も事前に聞いておりました」
「……そうか。私は、何から何までナジャ姫様の世話になっているのだ」
「それは我々も同じです。今のこのリゼンベルグに彼女が居る事が、本当に幸いな事なのです」
公爵の口振りには、どこか含みがあった。
追及すべきなのだろうか。
「何か不味い状況なのか?」
「……はい、とても。実は、あと7日後にリゼンベルグ島で反乱が起きます」
……反乱だと?
「おおおおおお父様、どういう事ですか!?」
「落ち着きなさいメイシィ。話せば長くなりますが…」
グランデ公爵は、ゆっくりと話し出した。
現在、リゼンベルグ議会は本島と南部で真っ二つに割れているそうだ。本島は王派閥、南部は伯爵であるヨーク派閥が互いに対立している構図になっており、今はヨーク派閥の方が優勢だそうだ。
「我が国は、地理的にどうしても南部が弱いのです。黒森林に隣接しており、しかもどこよりも黒エルフの侵略が多かった。あぁ、失礼、フレデ殿を悪く言うつもりはないのです」
「フレデさんがいたら、虫や爬虫類が侵略されますね!」
「……構わない、私にも責任がある。続けてくれ」
「……はい。そういった理由で南部は常に疲弊しておりました。しかし、森化を止める術はない。南部の人々が北部や国外に流出するのは、時間の問題だったのです」
「南部の人たちは、酒場で暇そうにしてましたよ?」
「メイシィ、ちょっと黙ってなさい! ……こほん、その状況をヨークは利用したのです。たまたまこの国に滞在していた竜の姫君が、足取りを辿ってくれましてね」
ここでナジャ姫様か。
この状況ならヨークの扇動は簡単そうだ。
本島の連中が悪いと言えばいい。
だが……。
「そう簡単に物事が運ぶか? 疲弊した市民を扇動するだけでは反乱は起きないぞ?」
「ヨークは強かで用意周到でした。誰にも気付かないうちに、何年もかけて準備を進めていたのです。恥ずかしい話ですが、王派の財を握る人間の中に内通者が居たのです。ヨークはその内通者の協力を得て国庫から少しずつ資金を抜取り、他国の戦争に介入して一儲けしました。フレデ殿は、クィン・カラの内戦はご存じですか?」
「……あぁ。知っている」
なるほど、武器を売っていたのがヨークという事か。
「潤沢な資金を得たヨークは、次々と王派に鞍替えの話を持ち掛け、味方を増やしました。そして、いよいよ王派の喉元に刃を突き付けたのです。ですが……」
グランデ公爵は、ちらりとメイシィを見た。
「先程の話が本当なら、朗報中の朗報です。王派の後ろ盾として、大国プロヴァンスが付くのですから」
エルレイ、おめでとう。
そしてロドリーナ、残念だったな。
これで公爵公認だ。メイシィも満更でもなさそうで何よりである。
「その話は事実だ。エルレイ王子は、メイシィの事を大変気に入っている」
「ほっとしました」
「お父様! 私は王子様を落としたんですよ! 私が王妃になったら、プロヴァンスで物まねを流行らせたいです!」
「……せめて、迷惑だけは掛けないようにしなさい」
「もちろんですよ、ふふ!」
グランデ公爵の顔に、苦労の皺が浮かぶ。
「明日、早速王派の方々に話を上げましょう。フレデ殿、姿を隠したままで構いませんので、ご一緒願えますか?」
「構わない。だが、こちらも一つ頼みがある」
「何でしょう?」
「王城にいるナジャ姫様にお会いしたい。取り次いでいただけないか?」
そう言うと、公爵は渋い顔をした。
「……竜の姫君は王城にはおりません。城から追い出されて、現在は城下町に潜んでいます」
「追い出された!? それは、リゼンベルグ国王の指示か?」
「…………フレデ殿、ここからは、側近の中でも一部の人間しか知り得ない事実です。くれぐれも内密にお願いします」
そこで会話が途切れる。
私は頷き、公爵が話し出すのを待つ。
深呼吸して、重い口を開いた。
「――王派に潜んでいるヨーク派の内通者は、リゼンベルグ国王陛下本人です」




