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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第三章 愛に振り回される女王
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37 恋文


 翌朝。



 ……私はまだ、ベッドで目を閉じている。



 破損した解放的な窓からは、風でぎぃぎぃと揺れる音、穏やかな波の音、それに海鳥の鳴き声が聞こえてくる。そして、誰かの会話の声。裏路地に住む人々の生活も始まるようだ。


 目を開いた。


 この大きな掛け声は、魚の競りだろうか。

 借家は漁港の近くにあるらしく、早朝からかなりの喧噪が聞こえる。



「……まず、窓を直す事からだな」



 隣のベッドで寝ていたはずのメイシィは、いつの間にか私のベッドで爆睡中だ。一体どんな寝相をしているんだ?


 メイシィを引き剥がしてベッドから下り、窓の外を見た。昨日はよく確認していなかったが、すぐ目の前が漁港のようだ。


 そして、遠く見える陸地は……いや、あれは堆積した砂利か。砂州があるならば、大きな川が近くに流れているはず。川があるならば、山から栄養豊富な餌が流れてくるため、河口の魚を良く育む。


 それにここは湾の中、天然の生け簀だ。


 ……つまり、どうあっても魚が美味しいはず。


「ぐぅ~……」

「……ぁえ?」


 競りの声で目覚めずに、私の腹の音で目覚めるのか。


「おはようメイシィ」

「……おはようございます、フレデさん」


 メイシィの胸元まである茶髪はぼさぼさだ。


「あの競りの魚って、買えるのか?」

「カエルは嫌ですよ~……」


 目を擦っている。寝ぼけているようだ。


「魚は購入できるのか?」

「……あぁ、買えますよ。いいですね、贅沢な朝ご飯。その場で魚を焼けるので、食べに行きましょうよ!」


 飛び起きたメイシィはささっと身支度を整えた。

 艶のある茶色の髪に櫛を通すと、面白いように寝癖が消えていく。


 取っ手の無い壊れた扉を閉めて、2人で魚市場へと向かう。


「おぉ……」


 ずらりと並んだ、銀や青の魚。脂が乗っていておいしそうだ。それを仲買人たちが声を上げて競り落としている。この独特の雰囲気は良い。


 メイシィはそんな魚市場の端、いわゆる外道と呼ばれる魚が集めてある場所へと向かった。味が悪いというよりも、需要が無いため価格が付けれないそうだ。食べれる事に変わりは無いし、私に文句は無い。


 というか、メイシィは慣れてるな。

 下町の放任娘という感じだ。


「おじさーん! この黄色い魚を下さい!」

「おぉ恋魚の事かぁ? こんなもんでいいなら、持っていけ。捨てるだけだしな!」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

「はっはっは、いいって事よ!」


 漁師のおじさんは良い男だが、メイシィは悪い女だ。

 言動の中に、タダで魚を貰いたいと言う下心が透けて見えた。


「フレデさん、あっちで焼き場があるので焼いて食べま……えぇえぇえ!!」


 二の腕ほどの大きさの黄色い魚の胴体に、ぱくりとかぶりつく。

 これが、生の魚の味か……。鱗が邪魔だ。切らないと食べにくいな。それに生臭い。だが、プリプリして美味しい。恋魚というからか味も濃い。エルフ族の魚を食さない風習が、実に勿体無く感じる。


「……焼いて食べるか」

「当たり前ですよ! 行きましょう!」


 焼き場は小屋になっており、炭火の焼き場が並ぶ立ち飲み屋のような所だった。銅貨1枚で使い放題、お茶も飲み放題。魚は持ち込みで、自分で焼いて食う。

 素晴らしい、毎朝ここで食べたい。


 早速買ってきた魚の鱗を落とし、焼いた。焼き目の付いた、ぷりぷりとした魚を噛みちぎる。口の中で身がほぐれ、じわりと海の味がする。


「あぁ……これは美味いな」

「ほくほくで美味しいですねぇ!」


 焼いただけなのに、この味の変化は不思議だ。

 ちょっと感動する。

 そのまま追加で2匹魚を食し、魚市場を後にした。




 玄関の外に気を配りながら、部屋へと戻る。

 まだ玄関の外に気配を感じる。


「……やはり、監視されているようだ」

「なんと……奴等にですか?」


 奴等って何だ、メイシィは深刻な顔で面白がっている。


「昨日、ロドリーナの手紙をくれた水兵の男がいただろう。あの男と同じ服を着た連中が、市場にいた私たちを遠巻きにして見ていたのだ」

「考え過ぎなんじゃないですか? 私やフレデさんが可愛いので、声を掛けたいとか?」

「私は襟巻をしていて、フードも被っている。顔は分からないだろう。それよりも……」


 金貨1,000枚の手配書だ。

 ロドリーナは討伐組合の中で徒党を組んで私を捕らえようとしている奴等がいると言っていた。王都でゲテモノを食していた私は、目立ってしまっていたのだ。


 ここで考え得る、最悪の事態としては……。


 人を殺さない私なら、メイシィを人質に取ればその首を渡す可能性がある。金に糸目を付けない連中なら、そう考えてもおかしくない。

 そして、メイシィは一応公爵嬢だ。行動を起こすならば、メイシィがグランデ家で保護される前。


 逆に、考えすぎだとしては……。


 ロドリーナやナジャ姫が、私たちを見守るために付けた護衛。

 もしくは、グランデ公爵家がメイシィの保護のために密かに付けた護衛。



 どちらにせよ、メイシィは早く家に帰した方がいい。


「私、一人じゃ帰りませんよ?」

「な……!?」

「心を読みました! 一人じゃ帰りませんよ? フレデさんも一緒に行きましょう!」

「……駄目だ。私は指名手配されている。公爵家に出入りなどする話が広まると、お前の家の評価が失墜する可能性がある」

「嫌です! 私は各地でありとあらゆる奇抜な振る舞いをしていますから、既にグランデ家は失墜しています! それに、フレデさんはまた逃げなければいけないんでしょう? なら私が雇った護衛として、来てください!」

「今監視している者たちは、私を捕らえようとしているのだ。奴らが手段を選ばなければ、メイシィにも危険が及ぶ。だから、お前を傍に置いておけない」

「尚更ですよ、私も放っておけません! 一緒にこのボロ家を出ましょう!!」


 ……メイシィは必死だった。



 彼女が、私に気を使ってくれているのが分かる。

 それが嬉しかった。



「……どうなっても知らないぞ」

「やったー! では、早速行きましょう! いやぁ久しぶりですねぇ……ふふ!」


ころころと表情が変わるメイシィは、手早く帰省の準備を始めた。



――



 人混みに紛れながら、メイシィの家に行くための小門を潜り抜ける。


 なるほど、確かにこの小門はあって無いようなものだ。貴族達の住む場所への門番はたった一人。メイシィの身分証を呈示するだけで、同伴の私は何もされずに入れた。この町がいかに安全で無防備なのがよく分かる。だが、水兵たちはここまで追って来ていない。それだけで一安心だ。


 そしてその先は、プロヴァンスの王城区とは全く違っていた。狭い島であるからか、貴族たちの住居は小さく庭も無い。家一軒一軒は島の南部に比べると大きいが、それぞれの距離が近い。


 だがそんな中で、メイシィの家は一際大きかった。3階建ての屋敷には大きな鉄の門があり、強そうな門番が立っている。大きな庭まであるようで、庭師が剪定をしている様子が見えた。


「ただいまー! グレッグさん、メイシィが帰りましたよ!」

「め、メイシィお嬢様!? お帰りなさいませ??」


 門番は驚き、そして混乱しているようだ。


「こちらは護衛のフレデさんです! お父様はいらっしゃいますか?」

「ご主人様は今、王城で執務中です。夕方には戻られると思いますが……」

「あぁ、そうでした! じゃあ待ちますかね、皆さんただいまー!」


 メイシィが手を振りながらずんずんと家の中に入って行く。

 実家でもこの感じなのか。


 使用人たちはメイシィを見て驚き、そのまま私を見て更に驚いている。


 それもそのはずだ。フードを被り、襟巻で口を隠し、剣を二本腰に装備している。本気装備の私は、メイシィを脅しながら家に入り込んできた暗殺者にでも見えるだろう。


「ただいまー! 皆さんただいまー!」


 大きな玄関に入り、メイシィの声が響く。


「あれぇ? お姉さまやお母様がいませんねぇ…」

「姉は嫁いでないのか?」

「……あぁ! そう言えば2人とも嫁いでいますね。忘れてましたよ、ふふ!」


 大丈夫なのか……。


 その時、通路を掛けてくる足音が聞こえた。


「メ、メイシィ…メイシィちゃんなの……!? はぁ……はぁ……」

「あ、お母様! ただいまー!」

「あぁ……メイシィちゃん!」


 メイシィに似た顔の、茶色い髪の毛の貴婦人。

 メイシィの母君は、メイシィをぎゅうっと抱きしめている。


 ……いいなぁ、こういうの。親子の愛だ。



「……良くやったわメイシィちゃん! エルレイ殿下を射止めたのね!」



 ……ん?


 そう言うと、メイシィの母君は書状を取り出し、その場で読み上げる。


『我が愛しのメイシィ・グランデ嬢

 あの青い花弁が舞う季節を、貴女は覚えているだろうか?

 まるで大地に降り立つ光のような▲○%#×●~

 エルレイ・アン・プロヴァンスより、愛をこめて』



 途中で悪寒がしたので、慌てて耳をふさいだ。


 恋文の送り主は、プロヴァンスの第二王子。



 最後まで聞いていたメイシィは、口を開けて真っ赤になっていた。


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