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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第三章 愛に振り回される女王
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36 水の都リゼンベルグ


 海鳥が風に乗り、リゼンベルグの港を彩る。



 フードが飛ばないように押さえながら、私はリゼンベルグ島へと上陸した。



「わぁー、久しぶりですー!!」


 船の中からずっと笑顔だったメイシィは、再び歓声を上げた。



 ここは、王都リゼンベルグの南側にある港の一角。


 島に降り立った瞬間、優雅な音楽が耳に届いた。

 人通りの多い道で演奏をする商売のようだ。


 前を歩く人々の服装も、みな上等なものばかり。

 その表情は明るく、流れ出す音楽に合わせて踊る者もいた。


 私の背負い袋に吊るされたカエル達も、踊るように喜んでいる。というか、先程からこの子たちのせいで避けられている気がする。


 島の真ん中にそびえ立っている一際豪華な建物がリゼンベルグ城だ。船から見た時は、まさに海に浮かぶ城であった。外壁は色鮮やかで、日の光と水面に反射した光で美しく輝いている。まるでリゼンベルグを芸術の国として知らしめるための広告塔のようだ。


 町の建造物も同じようだった。配色は赤、緑、黄色と様々で目が眩む。

 また、海が町の中を水路として走っており、水運も兼ねているようだ。手漕ぎの小さな船が観光客らしきを運んでいた。


 目の前の道路には露店が並び、花やパン、果物を店主たちが声を上げて売っている。靴磨きの少年の前にも長い列ができており、少年は笑顔で客と会話していた。



 人も町も、皆が明るい。

 これがリゼンベルグ国の北部、王都リゼンベルグ。


 ……つい先程までいた、南部の鬱蒼とした雰囲気が嘘のようだな。



「フレデさん、これが私の故郷です! 綺麗な町でしょう?」

「あぁ、見事だ。少し観光したいところだが……先に宿だな」

「宿? うちに泊まればいいんじゃないですか?」

「メイシィは公爵家を出たんだろう? そんな簡単に帰れるものなのか?」

「多分大丈夫じゃないですかぁ? 追い出された訳でもなく、気まぐれで家を出ましたしね!」


 ……至極、不安だ。

 しかも私は黒いエルフ。顔も割れている。


「私は手配犯だし、人目に付く事は避けたい。その辺のスラムでいい」

「フレデさん、リゼンベルグにはスラムなんてありませんよ!」


 何だと……。


「では、貧困層はどこに住んでいるんだ?」

「南部ですねぇ。そんな訳で、あっちの方が面白い人多いんですよね」


 なるほど。そういう構図か。


 んー、どうしたものか。

 駄目もとで宿を片っ端から当たってみるか……。


「ねぇフレデさん、港の小さな倉庫に私の秘密基地があるので、そこを拠点に使いませんか?」

「秘密基地とか子供か……。だが、行く当てもない。案内して貰えるか?」

「もちろんです! ささ、行きましょう行きましょう!」

「お、おいちょっと……!」


 メイシィは私の手を引きながら、小走りで町の中へと向かった。


「島の真ん中にリゼンベルグ城があって、その周りは海の水路が囲んでいます。観光客の方々は、まずお城を見て驚かれますねぇ! あのお城は私たちリゼンベルグの民の象徴でもあり、誇りなんですよ!」


 リゼンベルグ城では頻繁に芸術的な催しが行われるらしい。いつかあのリゼンベルグ城で華を開きたい、そんな風にグリエッド大陸中の芸術家が夢を見るような、芸術の聖地だそうだ。


「そしてお城の外が、今私たちのいる市街です。港はさらに外、海沿いにズラリと広がっています」

「海沿いって全部か? 相当な広さだぞ?」

「全部じゃありませんよ、半分ぐらいです。景色のいい宿や料理屋さんなんかも、海沿いにお店を構えていますからね!」


 それはいいな、興味が沸く。リゼンベルグの海はプロヴァンスとはまた違った波の穏やかな海だ。さぞ景色が綺麗な事だろう。


「私の実家を含む爵位持ちの家は北側に固まっています。こっちは南なので、丁度反対側ですね。北と南を行き来するには、小さな門を通る必要があります。まぁ、あって無いようなものですけどね! ……あ、この店が私の大好きなパン屋です! また今度来ましょうね!」


 貴族の住まいか。

 そうなると、北の方が地価が高く環境が良いのだろう。


 しかし、メイシィの故郷か……。

 帰る場所があるのは良いな。


 我がマグドレーナは、今どうなっているのか。ナジャ姫様がいらっしゃるのであれば、それも詳しく聞けるだろう。


 それに、マグドレーナ以外の同族達も気になる。いまだにエルフ族には会えていないのだ。戦争中だとは言うが、プロヴァンスでもリゼンベルグでもエルフ族と争っている形跡は見えない。国家間会議の場で何が話されていたのか、それもナジャ姫様に確認しなければならない。



 裏路地をくねくねと蛇行しながら、メイシィに釣れられて町の中へと入っていく。


 私はもう元の港に戻れる自信が無い。

 ここはどの辺だ?


「……メイシィ、道はあっているのか?」

「もちろんですよ、私の秘密基地は秘密の場所にありますから!」


 そんなメイシィに手を引かれながら着いた先。そこは、巨大な帆船が立ち並ぶ大きな港だった。商船だろうか、荷が山ほど積み上げてある。


「……あ、あれぇ? ここはどこですか?」

「迷ったのか」

「違いますよ! 場所は合ってます。もう2、3年経ちますし、改築したんですかねぇ…」


 確かに、ここがメイシィの言う港の小さな倉庫には見えない。


「うぅ……秘密基地が無くなっちゃいましたぁ!」

「……あの、メイシィ様とフレデ様でよろしいでしょうか?」


 膝をついたメイシィに、水兵の恰好をした表情の無い男が声を掛けた。


 この男、私を知っている……?



 腰に隠していた短刀に手を添える。


「……お前は誰だ?」

「ロドリーナ様から、こちらを」

「何? ロドリーナから?」

「確かにお渡ししました。では」


 ロドリーナからという事は、彼は情報屋の一人か?

 受け取った手紙には、こう書いてある。



『無計画で伝手の無いフレデ様、メイシィ様

 宿にお困りでしょう。城からは外れますが、借家を一つ押さえてあります。60日で金貨2枚です。竜の姫君の居場所は把握していないので、頑張って探してくださいね。あと、更新された手配書を添付します。お土産を楽しみに待ってますよ。

 そういえば、あのヒルカの樹液で一旗挙げました。

 私は今、幸せです。

 =ロドリーナ・ヴェインドン=』


 ヒルカというと、酒の事業か。小麦が多い国なら麦芽だな。

 それよりも気になるのは……。


「「金貨2枚……」」


 メイシィですら言葉を失う。

 金貨1枚は銀貨100枚分。銀貨8枚がリルーセでのひと月の平均所得だった。

 どうなっているんだ、ここの相場は。


「フレデさんのお友達は気が利きますね!」

「……もっと安い宿はあるような気がする。これで馬小屋だったらどうする?」

「リゼンベルグに馬はいませんよ!」


 そういえば、見かけないな。


 ロドリーナからの手紙の後ろには、私の手配書が付いていた。

 冒頭には『プロヴァンス王都で黒エルフ暴走!』と書いてある。


 名前はフレデチャン・オクスーリ。

 黒エルフ、金貨1,000枚。

 会話はできるが、14歳で世間知らず。

 食い気が強く、偏食でゲテモノ好き。


 金貨1,000枚……。

 それにロドリーナ、一番書いてはいけない特徴を公開してるじゃないか。


「さすがゲテモノさん! これで知名度抜群ですね!」

「賞金首の知名度が上がったらだめだろう! ロドリーナの嫌がらせだぞ、これは……」


 グレルスやラガラゴといい、なぜ情報屋は偏屈な嫌がらせが好きなのか。


「はぁ……ひとまず、指示された場所に行ってみるか」


 手紙には地図と鍵も付いていた。

 これで入れるのだろう。

 確かに、気は利く。


 メイシィに地図を渡し、後を付いて行く。



 しかし、リゼンベルグは本当に人が多い。どんなに狭い路地を通っても人とすれ違う。地理が分からないうちは、簡単に迷子になりそうだ。


 道はどんどん細くなり、曲がるたびに背負い袋が壁に当たるようになる。いよいよすれ違えないなと思った時、ようやくメイシィが足を止めた。地図に書いてある借家に着いたようだ。


「ここですね! ……本当にここですかね?」

「建物の名前は手紙に書いてあるものと同じようだ」


 その2階建ての建物は、中々のぼろさだった。広さはプロヴァンスで借りた家と丁度同じぐらいだろう。だが、外壁のあちこちが捲れていて窓も開けっぱなし。ぎぃぎぃと音を鳴らしている。


「な、中に入ってみましょう」


 メイシィが鍵を開け、壊れた蝶番の扉を引く。

 と思ったら、取っ手が取れた。

 メイシィは無表情で取っ手を見ている。


「……入るぞ」


 扉を除けて、中に入る。

 内装は普通だった。


 それなりの家具に絨毯。一階には厨房もある。

 2階は……寝室だ。ベッドが2つ。

 ぼろぼろなのが外観だけで良かった。


 しかし、これで金貨2枚か。


「フレデさんのお友達は、商売人ですね!」

「そうだな……」


 言いたい事はあるが、飲み込む。

 ひとまず荷を解き、夕飯の準備だ。

 厨房があるし、カエルのスープでいいだろう。


「わ、私は外で食べてきますね!」

「ん? メイシィは家に帰るんじゃないのか?」

「私も一緒に寝ますよ! 一人で帰るのは不安じゃないですか!」

「……そういうものか」

「そういうものです!」


 メイシィの我儘は今に始まった事じゃない。

 ベッドも2つあるし、まぁいいだろう。


 メイシィは夜の町へと繰り出した。



 カエルたちを並べながら考える。


 ……この家を教えてくれた水兵の情報屋は、本当に味方だったのか?



 私は2本の剣を装備したまま、夕飯のカエルを捌き始めた。


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