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その涙を止める言葉


 翌朝。

 

 思いの外、よく眠れた。


 鬱蒼とした森に、曇天の空。雨は降らなかったようだ。


 ……今気が付いたが、滝の裏に作ってしまったので、増水すると水の中に沈んでいた可能性がある。迂闊だったな。


 今日の朝食は、オリヴィエ草とその辺の雑草だ。

 オリヴィエ草は万能の解毒剤なので、毒草も毒虫も一緒に食べれる。オリヴィエ草自体は酸味が強く渋い。だが、食べられるだけましだ。


 オリヴィエ草を山ほど採取し、草で縛って背負う。

 のっしのっしと更に上流へと歩き出す。


 当面の私の目的は、マグドレーナ国へと戻って現状を把握する事。今いるここがどこかはさっぱり分からないが、川を上流へと遡れば、いずれ我が国に到着するだろう。


 だが……戻った所で殺されるかもしれない。その上、この危険な黒森林の中で食糧、水、寝床を確保しながらの厳しい移動となる。



 そんな危機的な状況にも、どこか浮足立っている自分がいた。

 エルフの本能なのか、野営って凄く楽しいのだ。



 そのまま食糧を確保しながら、半日ほど歩いた。

 川が分岐する場所まで来たところで、今日の寝床を作り始める。


 食糧、もとい道すがら見つけたスロー虫のオリヴィエ草包みを頬張りながら、作業を開始する。

 スロー虫はウネウネとした回虫だ。図鑑でしか見たことが無かったが、実は凄く美味しい。樹液を吸うために集団で木に張り付いており、その様子はかなり気持ち悪い。だが動きはにぶいため、優しくオリヴィエ草で包み込み、火の精霊の炎で一気に蒸し上げる。

 熱が通ると、まるで根菜のようにポリポリと固くなる。ほどよく塩が効いており、たんぱく質も豊富で、腹持ちもいい。


 クロルデンの馬鹿にも食わせてやりたい。奴は生でいい。

 嫌がる顔が目に浮かぶ。



 ……クロルデンの事を思い出したせいで、少し気分が落ちた。

 さっさと寝床を作ろう。


 まだ2日目とはいえ、私は既に森に順応した感覚があった。

 屋根の仕上げにかかった、その時だ。


「……おい、お前! ここで何をしている!」


 男の声があった。

 丸2日聞かなかっただけなのに、人の声を随分と久しぶりに言葉を聞いた気がする。振り向くと、兵士のような恰好の男が立っていた。


「野営を」

「馬鹿を言うな! ここは黒森林の中だぞ!」

「いや、だから……」


 ……そうか、この兵士は人間だ。森を恐れているのか。


「私はエルフだ」


 そう言って、フードを取った。


「……いい、いいいたぞ!! エルフがいたぞー!!」


 兵士は、手に持った槍を私に突き付けて叫んだ。その途端に、周囲がガサガサと音を立て、兵士たちが次々と集まって来た。


「黒髪……! お前!!」


 十数名ほどの集団が、私に矛先を向けて取り囲んだ。

 何やら、状況は良くない。


 あぁ、そうか。黒森林の呪いは、人間達にとって災いの象徴になっているはずだ。

 ……愚かな私よ、なぜフードを取ってしまったのだ。


「これは泥沼に落ちて黒く汚れただけで……」

「だったら、その長耳はなんだ!!」


 兵士の一人がそう叫んだ。



 おかしい。これはただのエルフの長耳だ。

 呪いとは関係が無いはずだが……。


「貴様を、処刑する!」

「……なぜだ?」

「貴様らエルフは、人間の敵だからだ!」

「来い、森の精霊」


 私がそう呟いた瞬間、兵士たちが一斉に動き出した!


 その切っ先は、真っ直ぐ私の首を向いている。


 だが、それが届くより先に、森の大精霊が私の願いに答えた!

 黒い植物の根が現れ、槍を防ぐ盾となる。


「なっ!!」


 しかし同時に根は私を思い切り持ち上げ、ぴょーんと遥か空へと放り投げた!


「……え……おあああああぁぁ!!!」


 これは願っていないんだが!!


 体は夕方の空を高く舞い上がった。雲に手が届くきそうだ。

 そのまま眼下の湖の中へと急降下し、勢いよく入水した。


「ぶぶぶ……!」


 助かった……。


 しかし何なんだ。呪いの影響なのか、精霊の力が制御できていない。

 まぁ使えるだけましか。

 よじよじと湖から這い上がる。


 かなり飛ばされた。

 周囲は林で、やや開けた場所のようだ。

 目の前には街道があり、その先には村も見える。人間が住んでいる村のようだ。先ほどの兵士は、あの村から来た者達かもしれない。


「……あの、お姉ちゃん、大丈夫?」


 水浸しになった私を、同じく水しぶきで水浸しになった少女が見下ろしていた。



――



「凄い凄い、もっと見せて!」

「ほら、これが水の精霊の力」

「わあああ……!」


 少女の濡れた服を火と風の精霊で乾かすと、少女は精霊の力に食いついてきた。聞けば、あの村の子供らしい。家まで送るついでに、精霊の力で相手をする。


「……ほら、着いたぞ」

「お姉ちゃん、お家に遊びに来てよ!」

「いや、私はここまでだ」

「いいからこっち来て!」


 手を引かれるがままに、少女の家へと連れてこられた。


「ただいまー!」

「アニス、お帰り……あら、その方は?」


 母親らしき人物が、私を覗き込んだ。


「……初めまして、アニスと少し遊んでいて」

「あらあら、凄く可愛い方ね。どうもありがとうござ………」


 その瞬間、母親の笑顔が固まり、徐々に真顔になる。


 ……彼女は気が付いたのだ。


 私のフードから横に伸びた、長い耳の存在に。

 そして――黒い髪の毛に。


「では、失礼する」

「……いえ、せめてご飯だけでも食べていきませんか? 娘も寂しがりますので」


 ……罠か?


「いいのですか?」

「えぇ、私は気にしませんから」


 目を、瞑ってくれるのか。

 ……炭水化物が食べたい。

 そんな私の欲望が、夕飯を断る事を許さなかった。


「ありがとう、実はかなり空腹なんだ」

「ふふ、お姉ちゃん、ずっとお腹鳴ってたもんね!」

「あらあら。じゃあ、早速夕飯の用意にしましょうか」


 誘われるがままに、その日は温かい食事を頂く事になった。


 アニスは母子家庭だった。父親は、魔獣討伐の際に命を落としたそうだ。悲しげに語る母のその表情は、エルフを恨んでいるというよりも、仕方が無かったという受入れのように見えた。


「それがこの世界の構造ですからね、せめてアニスはだけ元気に育てたいわ」

「お母さん、お客さんにそんな話ばかり!」


 微笑ましい母娘だ。


 その後、一晩の宿までいただくことになった。父親のベッドをどうぞと言われたが、流石にお断りした。私は居間の椅子を借りで寝かせてもらえる事になった。


「お姉ちゃん、一緒に寝ようよ!」

「だめだ。私は一人じゃないと寝れないんだ」


 真っ赤な嘘だ。

 だが、そうしておいた方がいい。

 あの母親は、気が気じゃないはずだから。


 椅子に座り、机に伏して寝る。

 私に王の威厳なんてものは、綺麗に無くなったようだ。


「すみませんね、こんな場所で……」

「いや、本当に助かる。ありがとう」


 そうして久しぶりに人の優しさに触れ、眠りについた。



――



 深夜。

 兵士たちは武器を取り、静かに家を囲んだ。


「ここだな」


 窓からは、椅子で寝ているエルフの姿が見える。

 彼女のそばに浮かぶあれは、精霊の炎というものか。ぼんやりとした蝋燭の火のようなものが、部屋の中を少しだけ照らしていた。


 長い間、人類は彼らによる森化に苦しめられていた。もはやグリエッド大陸で森化の影響を受けていない土地は海岸沿いばかりで、この村が森化されるのも時間の問題であった。


「扉を破る。いいな?」

「えぇ。でも、娘には絶対に手をださないで」

「当然だ。娘の保護を最優先とする」


 黒髪のエルフ達には、討伐すれば国から懸賞金がもらえる。娘が連れてきたあの女、夫の仇を捕らえれば、生活が楽になる。


 夫の仇。

 アニスの母親は、妻としてできるささやかな抵抗の機会がようやく訪れたと感じていた。


「行け」


 兵士長の静かな号令が、窓とドアをぶち破る騒音に変わり、あっという間にフレデを取り囲んだ。


「お母さん! お母さん!!」

「アニス、こっちへおいで! ……もう大丈夫よ」


 突然現れた兵士の集団に、アニスは怯えていた。目を覚ましたフレデは、周りを一瞥し、瞬時に状況を読み取った。


「……そうか。お母様、あなたもか」

「夫は貴方のせいで死んだのよ!」


 目には涙が浮かんでいた。

 フレデには、その涙を止める言葉は浮かばなかった。


「お母さん、なんであの人が捕まるの? 何か悪い事をしたの?」

「……あの人は、貴方のお父さんの仇よ」


 アニスはそう聞くと、言葉を失い、フレデを見た。


――


 そうか。

 これが呪いか。


「……私の罪状は何になる?」

「貴様は黒エルフだ。それが罪状である。マグドレーナ国の崩壊から60年、貴様らの森は常に我々を苦しめ、侵略してきた」


 そうか……もう60年も経って…………60年!!?


「……も、もう少し詳しく頼む」


 心臓が、鼓動が早くなる。

 60年だと……!


「これ以上罪人に付き合う暇はない。大人しくこちらへ来いさもなくば、この娘を殺す」

「ちょっと! やめて、娘を放して!!」


 ……外道が。

 アニスの母は、兵士たちによって連行されていった。

 怒りで身体が熱くなるのを感じる。


「お母さん! お母さん!!」

「エルフよ、お前たちが行った犯罪はこういう事だ。我々も心苦しい。お前が大人しく従えば……」

「水の精霊よ……」


 水の精霊は、他の精霊に比べてこの地で最も反応が早かった。現れた汚れた水玉が瞬時に爆発し、周囲へと飛び散った。


 ただの目眩ましでしかなかった。

 だが、逃げるには絶好の技。


「毒だ!!」


 私は叫び、ドアの前にいる兵士を退けて外に出た。家の外にも兵士達が武器を構えていた。だが、外も水の精霊の支配下にあった。水玉が産まれては暴発を続け、周囲は大混乱だ。


 本当は毒でもなく、ただの汚水なんだけどな。毒だと認識した兵士たちは、水しぶきを避けるので必死だ。


 だがそれでも、逃げ場がない程に兵士に囲まれていた。この状況、呼びたくないが呼ぶしかない…。


「も、森の精霊……」


 唱えた瞬間、地面から黒い根が飛び出した。


「ぅあああぁあぁ!!!!」


 私の体は、再び夜の虚空へと投げ出された。


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