32 幸運の青
翌朝、王都プロヴァンスの東門。
「あれぇ? 馬車はどこですか?」
「……お嬢さん、昨日の今日だぞ? 馬車は馬がやられちまって動かない。お嬢さんはあの木が気にならんのか?」
「あぁ! あれは何なんでしょうね! 見れば見るほど青く美しい花を咲かせていますが……あ! そういえば私の幸運の色は青色なんですよ! きっとお見送りの為にあの皇太子の人がお城に花を咲かせて……」
城門が騒がしい。
メイシィが来たようだ。
草の影から、メイシィに近づく。
「よし、メイシィ行くぞ。早く行こう」
「あ、フレデさん! 何か馬車が無いみたいで行けないんですよ。私が馬になりますか?」
「それはいいな……って馬鹿言ってないで、歩いて行くぞ。王都からすぐに離れよう」
「えぇ! そんな引っ張らないで! あ、逢引きですか!?」
メイシィの手を引き、街道へと歩き出す。
――
あの後、酔いが冷めたのは深夜であった。
そのまま王都を滑空し、ロドリーナの執務室へと侵入した。案の定、彼女は窓を全開にして酔っ払って下着姿のまま寝ていた。
起こして話をすると、口を開けたまま、唖然としていた。
それもそうだ。
私があんな事を仕出かすとは、考えてもみなかったのだろう。
……そう思ったが、違ったようだ。
「それって、ミルグリフお兄様ですよ……なぜ……」
黒い靄のあった男の名は、ミルグリフ。エルレイとロドリーナの兄で、第一王子らしい。病で部屋から出ないとの話だったが、何か行き違いでもあったのだろうか。
「私が壊した……その……王城の事はいいのか?」
「怪我人はいないらしいですし、それよりもヒルカなの凄く嬉しいですね。城勤務に戻ろうかな、ふふ……」
それでいいのか姫よ。
「とりあえず、フレデの手配書は調整しておきます。派手にやりましたし、こちらも何か示さないと怒られちゃうので」
「分かった。……エルレイには、すまなかったと伝えてくれ」
「兄は気にしませんよきっと。まぁ、貸し一つって事でいいですね?」
「……あぁ。必ず返す、ありがとうロドリーナ」
「ふふ……行ってらっしゃい、フレデ」
そうしてお別れを言い、荷物を取りに行って今に至る。
――
「――リゼンベルグって遠いんですよ? 本気で歩いていくんですか?」
どれだけ歩いて、どれだけかかるかは分からない。
だけど、構わない。
「あぁ。なぜか凄く歩きたい気分なんだ」
「私はなぜか凄く馬車に乗りたい気分です! …あ、ちょっと待って下さいよー!」
とにかく東、王都が見えない位置へ。
あの大男には勝てない。
彼を避けながら、呪いを解く。ミルグリフには悪いが、少し待って頂こう。
「フレデさん、私の幸運の色は青色なんですよ。靴の色、一緒ですね!」
「あの城のヒルカの花粉で汚れただけだ」
「まぁ! あれはヒルカと言うんですか! 素敵な花ですね! ぺろぺろ……」
「わっ、こら! 靴を舐めるな!」
「……ぁえ~? ……ばたん」
「はぁ……」
……王都を出てまだ数歩。
背負い袋を前で背負い、後ろには酔っ払った相方を背負う。
メイシィの身長は私と同じぐらい。重い荷物がもう一つ増えた気分だ。
けれども、彼女の寝顔は穏やかで、笑っていた。
私には、何が正解かは分からない。
だが、私は生きていて、今は旅の連れがいる。
私はリゼンベルグに向けて、ゆっくりと歩き始めた。




