表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第二章 王都に酔いしれる女王
36/90

31 酔いしれる王都


 掴まれた腕が抜けない。


「っぐ……!」


 ……まだだ……死にたくない!!


「森の精霊!! 来い!!! ……おい、森の精霊!!!」


 森の精霊が反応しない! 何故だ!?


 大男が背中の大剣を握りしめ、私の顔を見ていた。

 その目は血走っている。

 対する私は、汗が止まらない。


「くっ……はな……せ……!!」

「二度と……ワシの視界に現れるな……殺人鬼が!!」


 止むを得ない……!


 まだ自由の利く左手で、隠し持っていた短刀を掴む。


 その瞬間、大男が背中の大剣を私の頭に振り下ろした!


 咄嗟に体をひねり、腕を曲げて紙一重で交わす。

 そのまま大男の掴む腕に、巻きつくように体を動かし…。



 ――掴まれた自分の右手首を、短刀で切り落とした。


「っああああああああ!!」


 っぐ……燃えるように痛い!!!


 時間が惜しい、このまま逃げる!!


 精霊の力が使えない今、走って城の外まで行くしかない。

 着地と同時に、一気に駆け出した!


「待たんかあぁぁ!!!!」


 早く、逃げなければ!!


 大男の剣の声に気付いた兵士たちが駆け寄ってくる。

 背後には大男と兵士達。

 幸い、通路に人が多いせいか、例のクロスボウで打って来る様子はない。


 通路にいた使用人たちを盾に、必死で逃げる。

 だが、まだここは図書館の近く。この王城、無駄に広い!


「おい、止まれえええ!!」


 走っている通路の正面に男が見えた。


 短い茶髪。リルーセで会った、グロッソという男だ。

 両手を広げて通路を塞ごうとしている。


 馬鹿を言うな、止まったら私は死ぬんだぞ!!


「どけ!!」


 勢いのまま、私はグロッソに向かってくるりと身を縦回転させながら飛び上がり、顔に一撃を与えて通り抜けた。


「……ぐっ! ……全員、至急王城から避難させろ! ボーレンさんも止まれ!!」

「黙れ!! あいつはワシが殺す!!!」


 後ろから、叫び越えが聞こえた。


 出口はもうすぐだ。だが、小門は閉まっている!

 どうする……!


「……っうあ……!!」


 その時、急にぐらりと体がふらつき、転倒した。


 体に力が入らない。

 切った右手首から、血がどくどくと零れていた。

 少し、血を流し過ぎたか…。出口は目の前だが……立ち上がれない。


 大男が私に追いついた。


 大男は、持っていた私の右手を放り投げ、大剣を抜く。

 両手で大剣を握りしめ、私に歩み寄る。

 その血走った目は、真っ直ぐ私を射抜いていた。


「……私は……まだ、死ねない……手は出さない。見逃してくれ……」

「貴様らはなぜワシの故郷を襲った? なぜ家族を殺した? ……お前を生かせば、ワシの家族は生き返るというのか!!」

「……」


 私じゃない。


 その一言が、出なかった。


 結局は強い者が生き残り、弱い者は淘汰される。

 私は誰かに危害を加える気は無い。ただ、普通に生きたいだけだ。


「……まるでキンチュウベルだな……」


 血がどくどくと流れ、意識が遠のいてくる。


「おお、愚かな黒エルフよ!! ボーレン、良くやった!!」


 気付けば、豪華な服の集団が兵士と共に私を取り囲んでいた。

 その中にいた黒い靄の男が叫んでいる。

 黒い靄のこいつは、大男が怖くないのだろうか?


「エルレイよ、これでも奴は安全か?」


 国王が追い付き、エルレイに向かって話している。

 エルレイ唇を噛んでいた。


 国王の一言で、私は察した。エルレイは約束通り、私の手配書を取り下げるよう働きかけてくれていたのだ。そして、そんな彼の行動を私は裏切った。


 ……情けない。私は、昔から何も変わっていないではないか。

 エルレイと握手した右手は、自分で切り落としていた。


「悪い……な……」


 頬が地面に触れて冷たい。

 血も足りない。

 大男の大剣が振り下ろされなくとも、このまま死ねそうだ。


 目を閉じた。


 …………心臓の鼓動が、大きくなる。





 ……これでは、何も変わらない。


 私はやる事がある。


 まだ死ぬわけにはいかない。


 強くなくとも、最後まで逃げる。

 逃げ続けて、生き残る。

 最後に立っているのは、しぶとい女だ。


 ……。


 …………逃げるぞ!


 来い、森の精霊……頼む……!!


「来い!!!」



 ――森の精霊が、その願いに答えた。



 大男が放り投げた、切り落とされた私の右手。

 それが突如、重さを持ったかのように、ずしりと玄関の床を割った。

 そして、その右手は巨大な木に変貌し始める。


 大男の視線が私から木にそれた瞬間、私は転がりながら距離を取った!


「ぐ……!」

「ボーレンさん! 国王をお守りしろ!! 退避だ!!」


 大木はあり得ない勢いで成長を続け、根は床を浸食しながら広がってゆく。私は根に包まれ、大木の中へと飲み込まれていった……。



――


時間は少し遡る――



「だ、大丈夫ですか、グロッソさん!」

「っつ……ボーレンさんを追うぞ!」


 あのおっさん、なぜ事を大きくする!

 すれ違ったフレデチャンは既に腕が無く、辺りは血だらけだ。

 放っておいてもいいだろうに!


「玄関の方角です!」

「分かってる! 玄関付近から全員退避させろ! 急げ!」


 避難誘導を始めた、その時だ。

 貴族の一団が、玄関へと走って行った。


「こ、国王陛下!? エルレイ! 何をしているエルレイ、避難しろ!」


 聞こえていないのか、エルレイはそのまま玄関へと向かう。馬鹿な、陛下を危険な目に遭わせてどうする! それに陛下の後を付けているあの黒髪……まさか、ミルグリフ殿下だと……!?


「っく、俺も行く! お前たちは避難を優先しろ!」

「「了解!」」


 何が起きている、ミルグリフ殿下は脳の病気では無かったのか?

 玄関の方角から、逃げ始めた使用人たちが次々と走って来る。ぶつかりながらも何とか玄関へと辿り着いた。


 そこには、ぐったりと膝をついたフレデチャンと、大剣を握りしめた隊長がいる。


「それ……」


 それまでだと言おうとした瞬間。

 床に大きな亀裂が走り、突如根が現れた。

 まずい……! 国王はどこだ!?


「ボーレンさん! 国王をお守りしろ!! 退避だ!!」


 言わんこっちゃない!


「っぐ……! この!!」

「ボーレンさん!」


 フレデチャンはそのまま根に守られ、木に飲み込まれていった。隊長は大剣でその根を切ろうとしていた。だが根の密度が高いのか、隊長の剣でも通らない。


「守るのが先だ!」


 陛下とエルレイ、それにミルグリフ殿下は見当たらない。

 既に部屋から脱出しているのか?


 根の浸食が早い。

 木は城の天井を突き破り、見る見るうちに巨大になっていく。

 どこまでも余計な事をしてくれる……!!


「……王城が……お前らは、ワシからどれだけ奪うんじゃ……! 許さんぞ、フレデチャン!!」

「ボーレンさん……」


 ……隊長の故郷は既に黒森林の中だ。

 幼い頃に黒エルフの襲撃に遭い、目の前で家族を惨殺されたそうだ。


「ボーレンさん、全員退避しました。我々も早く逃げましょう」

「……」


 根は、なぜか人を避けながら広がっている。地面に膝をついた隊長の周りには、根が張り巡らされていた。天井を突き破り、瓦礫が次々と落ちてくる。しかし、根から生える蔦が全て受け止める。訳が分からん。


 このまま隊長を置いていく訳にはいかない。力のない俺は、悲しそうな英雄の背中を見守りながらじっと待つ事しかできなかった。


 …俺が、隊長を引き留めれば良かったのか? 警備に回った隊長を、良かれと思って兵士たちを見守ろうとしていた隊長を、俺が止めるべきだったのか?


「…………ふふ……はっはっは……がっはっは!!」

「ぼ、ボーレンさん?」

「ひぃーっがっははは! ほえ~………ぐが~……ぐが~」



 ……はぁ?

 寝たのか? 今のは何だ?


 その時ボーレンさんに何が起きたかは、すぐに俺も身をもって知る事になる。



――――――


 プロヴァンス王国、冬のある日。


 夕焼けが王都を照らし終える頃、王城の正門に巨大な植物が現れた。


 それはぐんぐんと成長し、あっという間に王城を突き破る。

 だが奇跡的な事に、破壊された王城からは死者どころか怪我人も誰一人として現れなかった。倒れた者も植物が守り、傷ついたものも植物が治療する。そんな嘘みたいな話が、この日に起きたのだ。


 そして、植物は城よりも高く育ち、大きな花を咲かせる。


 その美しく咲く青い花の名は、ヒルカ。


 強い酒精を持つこの花の青い花粉は、王都全体へと舞い散った。

 夕日の残光は、花粉を青い霧のように照らし出す。王都の人々は成長する植物と巨大な花に驚きながら、気が付けば酩酊し、その不思議な光景をぼんやりと見つめていた。


――――――



「……う…………」


 目が、開く。



 生きているのか、死んでいるのか……。



 私は青い花弁の上にいた。


 雌蕊(めしべ)からは、花粉が視認できるほど飛んでいる。


 これは……ヒルカか?

 立ち上がり、口元を襟巻で押さえ、吸い込まないようにする。落ちないように気を付けながら、大きな花弁の縁へと歩いて行った。

 眼下には王城がある。どうやら、ここは王城の真上のようだ。


 切断した右手から生え始めた植物。

 あの植物は王都から栄養を吸い上げ、巨大なヒルカになっていた。


 そして切ったはず右手は……。


「……ある」


 にぎにぎと感触を確かめる。確かに、右手はそこにあった。


 『黒エルフは首を切らなければ、傷はどんどん再生する』

 討伐組合の資料には、そう書いてあった。そんな事はあり得ないと思っていたが、身をもって体感してしまった。それも傷ではなく、手首から先。


 滅茶苦茶だ。

 というか、これは完全にやらかした。


 逃げ延びたかったとはいえ、城を破壊した。その上、このヒルカの花粉。風に乗ってこうこうと町に降り注いでいる。明るさの残る広場では人々が次々と肩を組み、酔っ払っている様子が遠目でも伺えた。それは、大人も子供も関係ない。


「……」


 だが、焦りを感じたのは一瞬だけで、私も徐々に気持ち良くなってきた。

 花粉を吸いこんだのだろう。


 ……まぁいいか。


 感覚だが、なぜか怪我人も死者もいない事が分かった。

 城もなんとか直る気がする。感覚だが。


 エルレイ、ロドリーナ、悪いがあとは頼む。

 いつの日か頑張ってお金を返すから、今は何とか立て直してくれ。


 ……へへ。



 ここは王都の上、花弁の上。

 頭上には星が輝き、眼下には町の明かりが輝く。


 花弁の上から見える青い絶景に、私は酔いしれていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ