27 嵐のような女 メイシィ
私は厄介な荷物を背負い、頼れる女性の元にやってきた。
「……それで、何故ここに持って来たんですか?」
「邪魔だったんだ」
「ここは副組合長室ですよ? 誘拐した女性を置く場所じゃありません!」
だが、私はロドリーナ以外の伝手がこの王都には存在しない。
昨日、酒場で誘拐したこの女。
あのまま口にヒルカを押し込んだら、気絶したように眠ってしまった。流石に放置する訳にはいかず、家へと持ち帰った。
しかし、彼女は翌朝になっても目を覚まさなかった。不安になったが、いつまでも彼女を見ている訳にはいかない。というか、少し面倒になっていた。
どこか預ける先を考えた結果、ロドリーナの元へ足を運んだのだ。
「まぁ、馬小屋でもいいんだが」
「隣国の公爵嬢を馬小屋に入れる訳がないでしょう!」
「公爵嬢? だとしても、迷惑なんだ」
「私も迷惑ですよ……はぁ……」
昏睡状態の娘を冷たい床にうつ伏せで置き、ロドリーナと向い合わせに座る。
「雑ですね……」
「私がリルーセで追われる原因を作ったのがこいつだ。それを王都でもやろうとしたんだ、これぐらい許される」
もし疫病神がいるなら、私にとってはこの娘だ。
「それで、国王の予定はどうだ?」
「……えぇ。昨日、兄からようやく良い情報が得られました」
「よし、ようやくか」
社交と休養を繰り返し、家族でもその行動が分からなかった国王。
聞けば、明日からようやく国政へと復帰するそうだ。
「明日の夕方、まず最初に王城内にある修練場の視察に行くそうです。修練場は陛下の執務室よりやや離れており、いくつかの共用通路を使わなければ入る事が出来ません」
「なるほど、すれ違えるという事か」
「えぇ」
張り込んでおけば、通路で視認できるかもしれない。
……国王に、黒い靄があるかどうかを。
「分かった。任せておけ」
「……お願いします」
ロドリーナは不安そうだ。
自分の父が、今まで討伐してきた黒いエルフと同じ存在かもしれない。
もしそうなら、それは辛い事だろう。
「……ぁえ?」
そんなロドリーナを他所に、まぬけな声が聞こえた。床で涎を垂らして寝ていたいた女が目を覚ましたようだ。頬には、床の跡が赤く残っている。
「おはよう」
「……ゲ、ゲテモノー!!」
私を見て大声を上げた。
失礼な。
「ゲテモノってもしかして……フレデ、あなた何をしていたんですか?」
「あ、遊んでいた訳ではない。普通に食事をしていただけだ」
私の偏食ぶりを知っている情報屋ロドリーナは、じーっと疑っている。
「聞いてくださいよそこの美人さん! 私がドロアに辿り着いて酒場で品の無い話で男を吊ろうとしていたら、このゲテモノさんが突然酒場の外で木を生やしまして! それで私の…」
うわぁ……なんだ急に……。
言葉が溢れ出ている。
だが、その言葉は濁流だ。品が無いというか、所々に濁っている。
……そして何よりも、長い。
「――と思ったら私は意外とその才能がありまして! これでやっていけば……」
「あ、あの! メイシィさん! ちょっと落ち着いて!」
「……あれぇ? 私、自己紹介しましたっけ?」
「メイシィさんは、リルーセクーデターを押さえた立役者で、国王から勲章を授与されていたでしょう? 私もあの場にいたんですよ」
「ほう! ……あれは面白かったですねぇ。私は適当な事を喋るのが好きなんですが、まさかそれで勲章を貰えるとは! ぷぷぷ、あの場で笑っちゃいそうでしたよ!」
自覚はあるのか。
「メイシィさん、こちらはゲテモノでは無く、フレデ・フィン・マグドレーナさんです。黒エルフとして指名手配されていますが、人類の敵ではありません。私の大切な友人です」
……大切な友人。
孤独が常だった私に対して、その言葉は強く心に響いた。
私も、ロドリーナとは長く友人でいたい。
「フレデでいい。黒いエルフで、ロドリーナの友人だ。よろしく頼む」
「良い黒エルフのフレデさんですか! 私はリゼンベルグ国グランデ公爵が3女、お喋り大好きメイシィ・グランデです! 王都リゼンベルグからはるばる徒歩で旅に出て早2年、こうしてプロヴァンスの王都に何とか辿り着き……」
「あぁー分かった。分かったから、短くしてくれ」
「えぇ! 嫌ですよ!」
「嫌じゃない、それでも公爵嬢か!」
何なんだ、この女は。
疲れてきた。
「……馬と会話してもらうか」
「フレデ、馬小屋は我慢しましょう。これでも兄の好みなんですよ……」
「えぇ! 冗談だろう……!?」
ここ最近で一番驚いた。
どこに惹かれたんだ、見た目か?
ロドリーナの目が遠くなっている。
メイシィが将来の姉になるかもしれないのだ。言葉に詰まる。
「……ともかく、メイシィはロドリーナに任す。エルレイなら何とかしてくれるだろう。それから、私は明日王城で陛下の確認を終えた後、リゼンベルグにいるらしいナジャ姫様にお会いしに行こうと思う」
「竜の姫君ですか……。そうですね、それが良いと思います。フレデの呪いの糸口も、リゼンベルグにあるんでしょう?」
「リゼンベルグ! 私の故郷ですよ! それはそれは美しい水の都で……」
また始まった……。
ロドリーナの言う通り、リゼンベルグには気になる事がある。
王立図書館には、呪いに関する本はいくつかあった。しかし、どれも胡散臭いものばかりで、参考にはならなかったのだ。
その中でも、黒いエルフ達の情報は詳しく記載されていた。対処方法や精霊術、人体解剖の様子などだ。
黒いエルフ達の最終処分方法は2通りであった。
一つ目は、燃やして森に返される方法。
二つ目は、放置する方法。
乗り移られたエルフは、首を切られた後、数年後には髪の色が元に戻り、白骨化するらしい。これは精霊がどこかに離れて行ったと考えていいだろう。
精霊がエルフ以外に乗り移ったり統合したりするという事は書いていなかった。これは、私のようにこの黒い靄が見えないからだと憶測できる。
これは仮定だが……。
人間達は、気付かないうちに黒森林の精霊に憑りつかれていた。黒森林の精霊は、森化を加速するために何らかの切っ掛けで生まれ、我々生命を媒体にして黒森林を拡張してきた。人間や亜人やエルフもそれに気付かずに、森化がここまで進んでしまった。
乗り移られた人間が黒いエルフのように暴走しなかったのは、精霊術を使えなかったものが多いか、もしくは別の理由があるのかもしれない。
だが、調べていくうちに、森化を完全に止める方法も分かった。
――私の意識があるうちに、全ての黒い精霊に触れ、最後に燃えて死ぬ。
黒い精霊が、一体どれだけいるのかは分からない。
だが、私の寿命は長い。やる価値はある。
そして、リゼンベルグは数百年前に黒いエルフが最初に現れたとされる土地だ。その後も幾度となく黒いエルフに襲われており、平地だった土地は森化の一途を辿っていた。リゼンベルグの他にも黒森林に隣接している国は多くあったが、リゼンベルグだけ出現率が群を抜いて高い。一つの国にこれだけの頻度で現れる理由が思い浮かばない。
リゼンベルグには何かある。そう匂わせた。
「…………レデさん! ちょっとフレデさん! 聞いてますか!?」
「……あぁ、悪い。最初から聞いていなかった」
「えぇ!? 最初からって、ひどくないですか!?」
「それで、何だ?」
「明後日の朝出立しますから、東門の外に来てくださいね! えぇと、お土産も買わないと……」
「……出立?」
何の事かと思い、ロドリーナを見た。
彼女は、にやりと笑っていた。
「フレデ、準備は全て完了しました。人の話はちゃんと聞きましょうね。これも我がプロヴァンスの為です。また会いましょう」
「……おい、冗談はやめてくれ」
「都合がいいのではないですか? リゼンベルグの公爵嬢の肩書は、竜の姫君に会うために使えますよ」
それはそうだが……。
「ふふ、ちゃんと馬小屋に置いてきてくださいね?」
「この王都に置いて、私だけリゼンベルグに行く」
「ご冗談を、ふふふ……」
ロドリーナも私も、メイシィが嫌いなわけではない。
多分、相手をするのが疲れるだけなのだ。
彼女は旅の最中、私の隣でずっと喋り続けるだろう。
公爵家としての肩書は別にして、ただただ億劫だ。
「じゃあ、お土産買ってきます! また明後日ですね、フレデさん!」
そう言って、メイシィは部屋から飛び出していった。
「……嵐のような女だった」
「メイシィさんが姉になると、晴れる日がありませんよ」
「見た目の華はある。メイシィという新しい生き物だと思って頑張れ」
ロドリーナも、気苦労が絶えないな。
ともあれ、リゼンベルグには近いうちに行こうと思っていた。調査もひと段落したし、丁度いい時期なのは間違いない。
ロドリーナと別れた後、出立のための買い出しを済ませて家へと戻った。
……明日は王城で、国王を見る。
黒い精霊が国王を操っているのならば、相手にも私が見えるはずだ。
これが杞憂であればいいと願いながら、夜の王都を窓から見下ろした。
窓越しに、客引きの声が聞こえてくる。
冬の総決算祭りは、まだ続いているようだった。




