26 ゲテモノローブ
討伐組合に保管されていた、過去の討伐記録。
黒いエルフ達は、最後は首から上の状態で顔を記録され、燃やして森に返されるそうだ。それこそ、人間達が意図せずに黒森林の精霊をエルフから引き剥がす儀式となっていた。
「そんな……!」
「……ロドリーナ、私は薄々そんな気がしていたんだ。それを打開する策が無いか調べるために、私は情報を集めに来た」
まだ調べる事は多いのだ。
「それに、触れる事で呪いが統合もしくは消失したのであれば、私は同族達を救う事が出来るかもしれない。これは幸運な事だと思う」
心配してくれているロドリーナに、微笑みながら話す。
彼女は優しい人間だ。酒さえ飲まなければ。
「……まだ気になる事もある。国王がエルフの長から首を受け取ったという話も理解できないし、エルレイ曰く、国王はその首の事を全く覚えていなかったらしい。もしこの呪いが伝播するものであるならば、最悪を想定しておいた方がいい」
「まさか……陛下も!?」
呪いによって記憶を失う、もしくは意識を乗っ取られる。
私には心当たりがあった。
私自身、60年間も眠っていたのだ。
髪が変色しなくとも、国王が影響を受けている可能性は考えられる。
「何らかの方法で、国王を目視する。私なら、黒森林の精霊を見る事が出来るからな」
「……お願いします」
ロドリーナは唇を噛み、今にも泣きそうな表情だ。
私は彼女を抱きしめ、背中をさすった。
「ロドリーナ……いや、ロドリーナ王女。少なくとも、お前の兄は無事だった。国王も私が何とかしてやる。だから、そう悲しい顔をするな」
「……フレデ、気付いていたんですね」
ロドリーナ王女。
簡単な話だった。
ロドリーナの入場許可証を見せるだけで、兵士たちは血相を変えて怪しげな女を通した。その上、彼女の内通者は第二王子。更に決定的だったのは、書簡に記された彼女の印。城の門に描かれていたものと同じ、プロヴァンス王家のものだ。小麦と魚が交差する変わった紋章である。
そう言えば、まだ王都で名物らしきものを食べていない。キンチュウベルの腐食肉以外は、ずっと隣のパン屋だ。ぐぅ~と腹の虫が鳴る。
「フレデ……可愛い」
「……はぁ?」
気付けば、ロドリーナが腰に手を回し……相変わらず凄い力だ……!
「痛い、いたいいたい!! はな……せ!!」
「んーんー!」
ロドリーナは私の胸に顔をうずめて、首を横に振った。
鼻をすすっている。
……泣いているのか。
暫くそのままの格好でいた。
彼女も落ち着いたようだ。
椅子に戻り、茶を一口飲んだ。
「ロドリーナ、一つ教えてくれ。ナジャ姫様は今どこにいる?」
「竜の姫君ですか? えぇと確かリゼンベルグで外遊すると聞いていますが」
「リゼンベルグ……どこだったか……」
「えぇ!? 隣国ですよ!」
「……私の事は、何か言っていたか?」
「情報屋の伝手なので、何とも。今回の件では、フレデは信用できるからよろしく頼む、との書面だけですし」
そうか……。
やはり、早く会いに行かねばならない。
「王立図書館へは私が許可証を出しましょう。ミロネルクさんのも合わせれば、何の問題も無く入れると思います」
「助かる」
そう言ってささっと書簡を準備してくれた。
これさえあれば……。
「フレデ、気を付けてくださいね。王城には、黒エルフという理由だけで問答無用に殺しに来る人もいます。兄が手配書を取り下げるまで、目立った行動は避けてください」
「ふふ、エルレイも同じような事を言っていたな。ありがとうロドリーナ、また今度ヒルカを取って来てやろう」
「ぜひ! 私たちだけの秘密ですよ!!」
ロドリーナがようやく笑顔になった。
どれだけヒルカが好きなのだ。そりゃあ王城で王女があんな姿を見せたら、周りは青ざめるだろう。いや、この王女ならあの拷問部屋で一人、こっそりとヒルカを飲むかもしれない。
ロドリーナと別れて、その足で王城へと向かった。
昼に王城へ来たのは初めてだ。夜と景色は同じだが、歩いている人の数は全然違う。貴族らしき集団にその使用人たち。更に、あまり見ない服装の……他国の来賓のようだ。
流石に双剣は置いてきたが、それでも私は浮いていた。だが、ロドリーナから受け取った天下の書簡を見せることで、兵士達に掴まることなく簡単に図書館へと辿り着いた。
重厚な木の扉を開き、中に入る。
「おぉ……」
王立図書館は広くはなかった。リルーセのものと同じぐらいの大きさだ。だが、図書館にしては内装が非常に豪華で、本棚にまでも装飾が施されている。
手前が一般図書、奥が機密図書となっていた。気にはなったが、ロドリーナとミロネルクの書状でも機密図書は閲覧できないようだ。王族、もしくは王族同伴時のみ閲覧可能らしい。当然か。
貸し出しは5冊ならいいとの事なので、めぼしい本をいくつか借りることにした。
――
ひと仕事を終えて大金を得た私は、港の酒場に来ていた。
船乗りたちに紛れて、隅の方でこっそりと夕飯を頂く。
「うまい……!」
これは魚の腸で、はらわたと言うらしい。
独特の苦味があるが、癖になるな……ふふ。
ジャムのようにパンに塗り、食べる。
生だと、寄生虫も一緒に食べれるらしい。
寄生虫。
食べ合わせの薬草、無いのかな……。
「薬草……寄生虫……んー」
ぱらぱらと本をめくる。
王立図書館の本でも見当たらない。
腹を壊す前提で、ミレイ草と一緒に食べるのが良さそうだ。
私が王立図書館から借りた5冊の本。
『グリエッド大陸の食べられる野草』
『野食読本』
『薬草辞典』
『世界の食堂番付』
『災害と呼ばれた黒エルフ』
私の中の煩悩の比率が現れている。
でも、いいのだ。
ここで読んでおかなければ、リルーセの時のように後から後悔する。
それに、この酒場も世界の食堂番付で見つけたものだ。
なんと、プロヴァンスには番付の上位10位以内に5店も入っていた。
その中には、魔獣や虫を扱うゲテモノ料理専門店も。
ふふ……。
――
「き、来た! また来たぞ、ゲテモノローブだ!!」
「(やったぞ!)」
「(ゲテモノさん最高!)」
海辺の酒場『常識人』。
最近は、毎晩ここで夕食を済ませている。
「いらっしゃい、今日は何にしやす?」
「今日はここからここまでを頼む」
「(すげぇ……値段を見てないぞ)」
「(どんだけ食うんだ、狂ってやがる)」
見るからに怪しい風貌の私は、リルーセのように声を掛けられる可能性があった。そのため、私は予防線を張る事にした。当然、私を詮索しない代わりにという条件も付けて。
「……それから、この酒場の全員に勃起宝酒を」
「「よっしゃー!!」」
勃起宝酒とは、男性器を肥大化させる効能があると言われる酒だ。蛇、芋虫、鹿の内臓が入っているらしい。よく分からないが、海の男たちにこれを飲ませると非常に喜ぶ。
この酒場『常識人』は、他国からの珍味も味わえる最高の店であった。店には謎の食材が吊るされ、奇妙な臭いが漂う。王都を出る前に、何としてもこの店の全てを食べ尽くさなければならない。
…そうこうしているうちに、気付けば私はこの界隈でゲテモノローブという名で知れ渡っていた。
「あい、まずコオロギの揚げ焼き、それから、ヘビ肉のステーキね」
涎が出てきた……。
口へと運ぶ。
「うまい……!」
「(すげぇ、なんの躊躇いもないぞ)」
「(あいつやべぇんだよ)」
……生きていてよかった。
もしも無事に呪いが解けたら、私は王都に住んでこの店に通うのだ。
呪いなどで、死んでたまるものか。
私はここ数日こうして遊んでばかりいた訳では無い。
まず、国王に呪いが無いか見るためにロドリーナに国王の状況を尋ねた。だが彼女によれば、今回の社交はやけに長いそうだ。エルレイでもロドリーナでも国王の予定は聞かされず、接触する事すらできないという。
そのため、ロドリーナに頼んで貸家をもう30日延長し、王立図書館の資料を読み漁る事にした。貸出し5冊可能というのがありがたく、図書館から持ち帰っては家と酒場で読む日々を繰り返す。あわよくば、たまたま国王とすれ違えないかと期待はしたが、未だに遭遇できていない。
だが、おかげで自分が現在置かれている状況はかなり見えてきた。
「あい、あん肝の刺身と蝗の甘露煮ね」
「ありがとう……。あぁ、私にも勃起宝酒をくれ」
「えぇ!?」
「美味しそうだから飲みたいんだ。無くなったのか?」
「あい……お持ちしやす」
すっかり顔見知りの店主が、厨房へと戻って行く。
もぐもぐ……蝗、美味しいな。
この甘さは蜂蜜か?
もちろん、野草や野食の本も目を通した。特に薬草の類は、私にとっては食い扶持を稼ぐ生命線なのだ。国王の一件が終われば、ナジャ姫に会うためにプロヴァンスを出る予定だ。その過程でもいくらか薬草で稼げるだろう。
まだ資金に余裕はあるが、私の寿命は長い。それに、指名手配中なのだ。
……そう、決して浮かれている訳では無い。
そう思っていた――。
「あい、勃起宝酒。ゲテモノさん、酒飲めるんすか?」
「強くは無い。だが、皆が美味しそうに飲むから、私も一緒に飲みたいのだ」
「一緒に……いやまぁ好きにしていいっすけど、程々に」
勃起宝酒に口をつけ、軽く一口頂く。
「んー……」
少し苦い。
飲めなくはないが、美味しいわけでもない。
私はもっと、がつんと来る方が好きだ。
……もう一口飲んだその時だった。
酒場の扉が、ばんと勢いよく開いた。
「ここですね! ゲテモノローブさんがいる酒場は!!」
「ぶっ! ……けほっ……けほっ!」
この声。
あの女。
リルーセにいた下品な女だ!
なぜ、酒場でこいつとばかり出会うんだ。
「ゲテモノローブさんはどこですか? 私も勃起宝酒が飲みたいんです!」
「……おい嬢ちゃん、ゲテモノさんは一人で食うことが好きなんだ。邪魔すると、俺たちが黙っちゃいないぜ?」
……いいぞ海の男達。その調子だ。
フードで顔を隠し、女が去るのを待つ。
「えぇ! 残念です……。じゃあ、普通に食べますよ! 店主さん、今日のおすすめ一つ!」
「あい、こちらの席へどうぞ」
店主は私の席の、2つ隣に女を案内した。
……まずいな、近い。
急いで本を仕舞い、店主に話しかける。
「店主、すまないが今日は帰る。金は明日まとめて払う」
「おぉ? あい、分かった。またの起こしを」
フードを深く被り、急いで帰ろうと酒場の入り口へ向かう。
だが……。
下品な女は、玄関から一歩も動いていなかった。
ゆっくりと大きく目を開き、私を指差した――。
「あぁー!! あなた、ドロアとリルーセ……モゴモゴ……!!」
「ひ、久しぶりだな! ちょっと歩かないか! ふふふ……!」
「……モゴモゴ……!!」
口を抑え、下品な女を引きずるようにして店から離れる。
ゲテモノローブの異名は、厄介なものを引き寄せてしまった。




