25 拷問部屋での弔い
『この城の貴族や使用人は、頭の中がお花畑だ』
プロヴァンス城が安全だと勘違いしているのだと、エルレイは言っていた。
確かに、その通りだ。
今は深夜の王城内。
私は使用人たちの食堂にいた。
今日もフードを被り、武器も携帯している。本気装備の私は、怪しい事この上ない。それなのに、驚いた事に夜の城には警備員が一人も巡回していなかったのだ。
全ての侵入者は、王城区の門、城門の2か所で完全に弾かれる。あとは王族の寝室だけ守っていればいいから大丈夫。そんな理由だそうだが、あまりにも無防備ではないか。
食堂を抜けて、厨房へと入る。
王族や貴族の料理をここで全て担うためか、とんでもなく広い。
「食品庫の手前……」
厨房のすぐ隣に食品庫がある。さすがに食品庫には鍵が掛かっているようだ。
その手前に古びた戸棚があり、その裏の壁は薄っすらと縦横に切れ目が走っている。
ここだな。
えぇと鍵穴は……あった。
戸棚をずらし、鍵を開けて中へと入り、さらに奥へと進むと部屋があった。
小さな寝室だ。
だが……。
「これは、また悪趣味な……」
普通の寝室では無い。
そこに置かれている道具は、まるで拷問道具だ。
手錠や鞭。逢引きというよりも、特殊な性癖の持ち主が王族にいたようだ。
そして……私の精霊たちが妙に高揚している。
……おい、私はこんな性癖ではないぞ。
普通の人と、普通に結婚するのだ。
目当ての物を探す。すると、ベッドの下に黒い靄が見える木箱があった。
「……当たりだな、エルレイ」
精霊達も騒がしい。さっきの高揚は、この黒い靄に対するものだったか。
木箱を手に取り、ベッドの上に置く。
そして、木箱の蓋を開けた。
「う……これは……!」
周囲に異臭が漂う。
中には、真っ黒の何かが入っていた。
…頭部だ。
人骨では無く、少し腐食している。
それに長い耳……黒いエルフのものだ。
髪の色は黒。顔は崩れていてよく分からない。クロルデンの頭の形では無さそうだ。だが、マグドレーナの者かもしれない。それの意味する所は、私の失態が生み出した死体だという事。
私が無関係とは言えない。
……きついな、これは。
悲しみの感情が、じわじわと心を蝕む。
「……だめだ」
目を伏せて深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
この黒いエルフの死体が、森化を止めるとは思えない。そして、プロヴァンス国王は何故これを持ち帰り、知らないふりをするのか。密かに研究でもしていたのか?
再度黒い靄を見る。
私が森の精霊を呼ぶ時に一瞬出ている靄と同じものだろう。
……つまり、死んでも私の呪いは解けないのかもしれない。
この黒い靄の正体は、何なのだ…。
やはり精霊そのものなのか?
エルフの頭部に触れてみる。
その瞬間――!
「「!!!!!」」
「……っああああああああっ!!!!」
精霊達が急に騒ぎ出した!
五月蠅い、音で頭が割れる!!
「ああああぁ…!! ……はぁ……はぁ!」
静まった……急に何なのだ。
再びエルフの頭部を見る。
「黒い靄が、消えた……?」
そこにあるのは、亡くなったエルフの頭部のみ。
そして、それは美しい白い髪の毛に戻っていた。
対して、私は黒い髪のままだ。
触れた手を見る。
体に異変は感じないし、精霊達も普段通りだ。既に高揚もしていない。
黒い靄が黒森林の精霊だとするなら、これはもはやただの生首だろう。
木箱の蓋を閉じて元あった場所に戻す。
「墓は作ってやれない、すまないな……」
心の中で供養し、家へと戻った。
――
翌日の昼。
ロドリーナのいる副会長室に報告にやってきた。
「……どうでしたか? 殿下は、話が分かる方でしょう?」
「そうだが、先に言ってくれ。エルレイは、私を使命手配した親玉のような立場じゃないか」
「ふふ、面白そうだから黙っておいたんですよ」
ラガラゴを変人と言うが、ロドリーナも変わっている。
「……ひとまず、仕事の報告だ。エルレイには、ロドリーナから伝えてくれ」
「了解です、聞きましょう」
そこから、時間をかけて説明する。
黒いエルフの首、エルレイとの会話。
彼女は、真剣な表情で聞き入っていた。
「――思う所は色々ありますが、まず、黒エルフの生首ですね」
「あぁ。呪いが憑りついていたままだった。普通ああなのか?」
「呪い? 普通ああとは?」
……もしや。
「ロドリーナ、黒いエルフの討伐記録には生首から黒い靄が出ていた、という記録はあるか?」
「ちょっと待って下さいね……んー見た感じ、そんな記載はありませんが」
あれは私にしか見えないのか?
「頭部から、私が精霊を呼ぶ時に出るものと同じような黒い靄が出ていたのだ。私が触れたら消滅した。あれは恐らく精霊だ」
「何と……!」
「その後、頭部は白い髪に戻っていた。私が呪いを消したか、私に統合されたかだと考えている」
まず、呪いについて経験から既に分かっている事。
・髪が黒く変色する
・何らかの形で自我を失い、人里を襲う(エルフ)
・元から憑いている精霊の力が暴走する(強くなるが、不安定になる)
そして、今回の件で分かった事。
・死後も呪いは残る
・呪いは一点に留まらず、何かの切っ掛けで伝播、または統合、または消失する
・呪いを見える者は限られる(今の所、私だけ)
・呪われた者に触れると精霊が騒ぐ(今の所、私だけ)
何が原因で呪いが発動するのかは分からない。だが、導かれる仮定としては……。
「……黒森林の呪いは、やはり黒森林そのものの精霊である可能性が高い」
「黒森林の精霊……ですか?」
「あぁ。『森を拡張したい意思の集合体』だとしたら、筋が通る」
精霊とは第三者の意思が生み出す幻惑のようなもの。その第三者とは人の意思に留まらず、虫、動物、植物、土なども同様だ。黒森林を愛する何者かによって作られた精霊、という仮説だ。
ロドリーナは顎に手を当て、考えている。
「なぜ、国王陛下はそれを持って帰ってきたのでしょう?」
「分からない。黒いエルフについて、プロヴァンスが秘密裏に研究しているという情報は無いのか?」
「んー、聞いたことないですね。……ちなみに、精霊は通常どのような方法で消し去るのですか? フレデは、それが目的なんですよね?」
精霊を消し去る。
簡単に言えば、精霊とお別れすれば引き剥がせる。精霊とその媒体は、もともと互いの意思が一致して傍にいるのだ。だが、さようならと言うだけにはいかない。それぞれが魂と意思で繋がった、非常に強固な縁だからだ。
その縁を断ち切るために、エルフの間で行われてきた唯一の方法……。
「――物理的な炎で体を燃やし尽くせば、精霊との縁は消滅する」
燃やして、共に死ぬのだ。




