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偏食エルフの女王、逃げながら野食する!  作者: じごくのおさかな
第二章 王都に酔いしれる女王
29/90

24 忙しい王子と、自由な元国王


「おぉ? フレデ、装備が変わりましたね。似合ってますよ」

「分かるか、ロドリーナ。……ふふ、自分でも気に入っている」


 ドワーフ親子から届いた装備はとてもしっくりきた。七分丈の動きやすい上下に、フードが付いた濃紺のローブ、それに両脇に短刀が一本ずつ。


 防御面はローブだけになるので不安だが、精霊術があればそれなりに戦える。双剣を抜き、狭い部屋で軽く舞踊する。十分だ。


「これが私の本気装備」

「珍しい、双剣ですか。エルフは皆、弓かと思っていましたよ」

「ほとんどは弓だ。狩りで必須だからな。双剣は、舞踊を学ぶ王族のみだ」


 それに、双剣なんて守備の型なのだ。最前線で王族が魔獣の攻撃をいなし、味方は弓でちくちくする。地味で危険な役目なのに、王族しかやらない双剣。これも厄介な伝統というやつだ。


「せっかく本気装備になったのですから、依頼受けてみます?」

「その前に、有意義な情報とは何だ?」

「あれぇ!? 気になっちゃいますぅ!? どうしよっかなぁ……」


 何だ急に、面倒臭いな……。


「言いたいなら、言っていいぞ」

「いやぁ……ほら。ここに一枚の依頼書がありましてぇ……」

「帰る」

「えぇ! 冗談ですよ冗談! ほら、ちゃんと報酬もありますから!」


 ロドリーナは、手に持っていた依頼書を私に押し付けた。

 依頼書には、こう書いてある。


『~秘密の持ち物の調査~

 プロヴァンス国王は、国家間会議の後にエルフと密会し、森化に関する何かを国に持ち帰ったらしい。エルフの長老らしき人物が別邸に招かれていたようだ。黒森林に関係する物か何かとは思うんだが、秘匿されていて情報屋界隈でも全く辿れない。お嬢ちゃんの精霊術で、何とか調べられないか?

 報酬は金貨5枚。あの国王の周囲には、妙な影が動いている。

 =ドロアのグレルス=』


 ドロアのグレルスとは、随分と懐かしいな。

 だが……。


「できる訳ないだろう。精霊術は万能じゃない」

「ちょちょ、ちょっとフレデ! 受けてくれるなら、直ぐに王城入れるよう手配しますよ?」

「……何?」


 足が止まる。


「この社交の時期に一般人が入れるなんて、特例ですよ? 何なら、そのまま図書館も少し覗いてもいいですし」

「……その提案は魅力的だが、私は何をどう調べればいいのだ?」

「内通者が城の中にいますから、まずはその人物に接触してください。そこで、指示を受けるでしょう。はいこれ」


 ロドリーナから書簡を手渡される。書簡の裏には『入城許可証 ロドリーナ・ヴェインドン 討伐組合副組合長』と書いてある。こんなので、あの城の中に入れるのか?


「はぁ……。成果が無くても、文句言うなよ?」

「期待してますよ!」


 ひらひらと手を振っている。

 さっさと行けと言う事か。


 ご注文通り、さっさと終わらせよう。


 討伐組合を出て、その足で王城の門へと向かう。


 時刻は夕方。日が沈み、後は暗くなるだけ。そんな時刻に、こんな不審な恰好をしている本気装備の女を、果たして入れてくれるのだろうか。どう見ても、私の見た目は暗殺者的な何かだ。


「おぉ……」


 王城区は、高い壁で囲まれていた。

 まだ城は見えない。


「おい、そこの者! 止まれ!」


 急に大声で話しかけられ、ビクンとする。

 悪い事をしていないから大丈夫だ。

 いや、指名手配犯だった、大丈夫か?


「……これを。仕事で来た」


 ロドリーナからの書簡を兵士に手渡す。

 兵士は手持ちの蝋燭灯を照らしながら、書簡を見る。


「これは……! し、失礼しました! どうぞお入りください!」

「あぁ…」


 良かった……。

 冷や汗だ。何なんだ、この書簡。


 小門を開けた兵士の後をついていく。


 門を抜けた先は、別世界が広がっていた。家、庭、噴水、花畑。どれも市街地とは比べ物にならないくらい豪華なものだ。その景観は美しく、背景の城がさらに王城区に彩を与えている。


 ……というか、城まで距離があるな。

 急ぎ足で王城へと向かう。


 案の定、王城にたどり着いた時にはすっかり暗くなっていた。

 王城の前に佇む門番に近づく。


「すま……すみません。依頼を受けて参りました。こちらを」

「……! どうぞ中へ!!」


 ……せめて『フードを取れ』ぐらい言わないのか?

 逆に不安になる。今更だが、罠じゃないだろうな?

 王都での精霊の力は強く、反応が良い。いざとなれば、私は呼ぶ。


 兵士に案内されて、王城の中へと入る。絢爛豪華な玄関を抜け、長い通路を進む。貴族らしき人は見当たらず、すれ違うのは使用人ばかりだ。


「こちらでお待ちください」


 案内された部屋は、会議室のような部屋だ。窓からは庭が、そしてその奥には社交会場らしきものが見える。ドレスの影がいくつも動き、社交中である事を伺わせる。人間の貴族たちも大変そうだ。


 少し待った後、扉が叩かれた。


「待たせたな、失礼する」


 そう言って、豪華な服を着た男が部屋に入ってきた。すらりとした背格好に、長い金髪。あどけない表情のせいか歳は分かりにくい。中性的な美形だ。


「エルレイだ。よろしく頼む」

「フレデだ。よろしく」


 握手をしようと手をだした、その瞬間。


「ぶっ、無礼者!!」


 従者が武器を抜き、私に突き出した。

 ……気付かれたか?


「よい、私を知らぬのだろう。お前は部屋を出ておれ」

「な、何を! いけません殿下!」


 ん………殿下!?


「姫たっての紹介だ。問題なかろう。二度も言わすな」

「し、失礼しました!」


 従者はエルレイに敬礼し、部屋を出て行った。


 部屋に残されたのは、殿下と呼ばれたエルレイと、指名手配中の黒エルフ。

 私も出て行っていいだろうか。


「フレデ殿。すまんな、かけてくれ」

「……あぁ、ありがとう。ロドリーナから依頼を受けた。私は何をすればいい?」

「せっかちだな。まぁいい。彼女から聞いているとは思うが、内通者は私だ」


 殿下が内通者とは…。

 ロドリーナ、ちゃんと説明しておいてくれ。


「実は、国王陛下がご帰還された際、なにやら馬車から不気味な臭いを放つ荷物を王城内に持ち込んだらしいのだ。それがどうも、黒森林の森化を止めるものらしくてな」

「何!? そんな物があるのか!?」

「おぉ、まぁ最後まで聞け。それはあくまで他国の情報屋からの噂だ。私も驚いて国王陛下に問いただしたんだが、おかしな事に知らぬ存ぜぬの一点張りでな。まるでその記憶がすっぽりと消えたような様相なのだ」

「……そのような重要な事をか?」

「あぁ。そして、その臭う荷物の在りかも分からぬ。私もこの目で確かに見たのだが、後になってみれば本当に見たのかと自分を疑うぐらいだ」


 不気味な臭いを放つ荷物。


「ただの臭い食べ物じゃないのか?」

「国王陛下がそんな物を隠すものか……。今回フレデ殿に依頼したいのは、それが森化に関わるかどうかだ」


 そもそも、森化の原因も、止める手段も聞いたことが無い。マグドレーナ王家の書物の中にも、その情報は存在しない。グレルスの言う通り、今の話が本当なら不気味だ。妙な胸騒ぎがする。


「竜の姫君も国家間会議に参加していたので、真相究明の協力を仰いだんだが、会議では何も無かったそうだ。それに、彼女は今動けぬとの事でな。彼女の使者であるフレデ殿に頼んだという事だ」

「竜の姫……? もしや、ジャ国のナジャ姫様の事か?」

「ん? そうだが……フレデ殿は、ナジャ姫の使者ではないのか?」


 …………あれ?


 違うが、そうか……。ナジャ姫様は、私が生きている事をどこかで知ったのか。それで、王都の図書館に入れるように取り計らって頂けた、と。


 ナジャ姫様。

 このご恩は、必ずどこかでお返しします。


「……ふふ、ナジャ姫様の使者ではない。だが、友人を自認している。エルレイよ、今から私の姿を見ても、決して他言するな」


 立ち上がり、フードを取った。


 黒い髪の毛をなびかせ、長い耳があらわになる。


 それを見たエルレイは、落ち着いた態度から急変し、立ち上がって後ずさりしていた。


「なっ! ばっ……フレデ……チャン!」

「大丈夫だ、何もしない。ナジャ姫様のお顔を潰すわけがなかろう。……改めて名乗ろう。フレデ・フィン・マグドレーナ。マグドレーナ国の元国王だ。今は、人間達の言う黒エルフと化しているがな」


 エルレイは口を開けたまま固まっている。


「面白い表情だな、王族には見えない」

「お、お……!」

「何もしないと言っているだろう。まぁ座れ」


 驚いた表情を見れたせいか、満足感がある。


「私はこの身に降りかかった呪いを解く鍵を探しにここに来た。プロヴァンス国王は、その呪いの原因かもしれない物を持ち帰った。私はそれを調査する。利害は一致しているだろう?」

「ちょ、ちょっと待て。落ち着きたい……。フレデ殿は、黒エルフだな?」

「そうだな」

「マグドレーナ国の最後の、あの白森王か?」

「そう呼ばれていた」

「……はぁ?」


 エルレイが急に更けたような表情となる。


「落ち着いたか、エルレイ?」

「いや……そうだな。落ち着いた。失礼した。黒エルフなどと俗称を使ってしまった。同じ王族ならば、敬意を払う」

「亡国だろう? もはや私は王族ではない」


 王家の紋章が入った装備は、既に一つも装備していない。血濡れのローブは既にドワーフの親子に預けてあり、天幕に加工する予定なのだ。


 エルレイは顎に手を当てて思案している。

 何から話せばいいのか、考えているのだろう。


「……フレデ殿は竜の姫君の使者として、信用が置ける。その上で問いたい。フレデ殿は、黒いエルフ達を指揮している訳ではないのだな?」

「違う。私は60年眠っていて、つい最近目覚めた」

「60年……なんともはや……」

「だが、その間の記憶は空白でな。その間に、無意識で人里を襲っていたかもしれない。確かめようは無いが。今は誰とも争う気も無く、この呪いを解き、同族を開放してやりたいと思っている。人間との戦争の調停もだ。私は私であり、人間が俗称で使う黒いエルフとは別だと思ってほしい」


 私の最終目標は、ここに帰結する。

 飲み食いして野営生活をするのは、その過程だ。


「驚くばかりだ。マグドレーナの崩壊はなぜ起きたのだ?」

「……我が弟クロルデンが、どういう訳か呪いを発した。王である私も含め、側近たちは全員黒く染まった。その後すぐに城が崩壊し、私は60年眠ったのだ」

「そんなことが……」

「とても優秀な弟だった。本当の国王はクロルデンの方で、私はただの飾りだったよ。もし今もクロルデンがどこかで眠っているなら、一発殴って抱きしめてやりたい」


 弟も、部下達も皆、生きていてほしい。


 先日、ロドリーナが見せてくれた、黒いエルフの討伐記録。討伐されたエルフの顔は、みな克明に描かれていた。黒エルフは首を切らなければ、傷はどんどん再生する。それ前提の作戦のためか、顔は最後まで綺麗に残るそうだ。だが私には、そこに記載されたエルフ達の顔を見る勇気はまだ無かった。

 ……臆病者の私は、真実を知るのが怖いのだ。


「……無礼を承知で申し上げる。我々人類の間では、白森王であるフレデ殿が森化を早めたとされておる。マグドレーナ崩壊後から黒エルフは増加し、森化は加速した。グリエッド大陸の南東は今や海まで森なのだ」

「……そうか。お前たちは、どうやってマグドレーナの崩壊を知った?」

「竜の姫君が教えてくれたのだ」


 やはり、ナジャ姫様か。お会いせねばならない。


「フレデ殿。聞くが、森化を止める道具などあるのか?」

「私は聞いたことが無い。マグドレーナ王家の黒森林に関する文献には全て目を通したが、そこには載っていなかった。他のエルフの里なら、何か掴んでいたのかもしれないが」

「そうか……」


 森化は、エルフ以外の種族の領土を、次々と森に変えている。極端な話、放っておけばグリエッド大陸は全て森になる。そこで生きる事が出来るのは、森に順応した者だけだ。


「エルレイ、私も協力する。そのために、国王の持参した何かを調べる必要がある」

「……食品庫の手前に、王家の隠し部屋がある。王族がこっそり逢引きするための寝室となっている、情けない部屋だ。常に警護がいる私では、そこに入れない。これは鍵の複製だ。…これは息子の勘だが、父上の黒い荷物はそこにあるだろう」

「……そうか、分かった」


 エルレイから、古びた鍵を受け取る。


「フレデ殿、くれぐれも見つからないでくれ。私や竜の姫君が貴女を潔白だと証明しても、過去に黒エルフ達に親族を殺された者達は、貴女を糾弾する」

「……ぐぅ~」


 腹が返事した。

 重い雰囲気が台無しだ。


「……分かった。エルレイ、頼みがある。この依頼が済んだら、王立図書館への入館許可と私の手配書の取り下げをできないか?」

「前者はいいだろう。だが、後者は……難しいと思われる。先に述べた通り、過去の黒エルフ討伐と比較してフレデ殿だけを優遇する理由が浮かばぬ。…だが、善処はしてみよう」

「助かる」


 エルレイと握手を交わす。


 これが王族時代であれば、人間とエルフでの国交の第一歩だ。

 だが、今はエルフと人間が争っている。


「エルレイ、人間と我々エルフは何故争っているのだ?」

「……平和な人々を纏めるために必要な、政治的な宣伝だ。人間側が勝手に仕掛けているだけの、下らない理由だよ」


 エルレイは吐き捨てるように教えてくれた。

 世論の誘導。今も昔も、人間は争いを好む、か。

 だが、それだけではエルフは戦争なんてしない。仕掛けられたら逃げるはずだ。恐らく、エルフ側には別の理由が隠れているだろう。


 その後少し雑談し、エルレイは社交会場へと戻って行った。



 まだ私の呪いの全貌は把握出来ない。

 だが、糸口は転がっている。

 こうして、一つ一つ調べていくのだ。



 窓の外に目をやる。


 そこから見える社交会場から、平和な黄色い声が聞こえた気がした。


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