23 冬の王都の現金な祭り
王都に着いたのは、村を出てから8日目の昼。
だらだらと野営しながら帰ったため、時間が掛かってしまった。
「意外と早かったですね、フレデ」
「そうでもない。これは土産だ。キンチュウベルの干物、毒もちゃんと入ってる」
「そんなもの、どうしろと……」
王都に戻り、すぐにロドリーナの元へと報告しに来た。
キンチュウベルの討伐数は一体、報酬は肉と骨のみ。
だが、人助けにはなった。悪い気はしない。
「山岳地帯で見つけたこの幻惑草が、実は腐食を再生する効果がある事が分かってな。これと一緒に食えば、腐食を感じながら回復も感じる事が出来る」
「幻惑草って、やばい幻惑見る草じゃないですか……」
「そうだな。けど、食わず嫌いは損だぞ? あの痛みと回復の感じは、最高だったなぁ」
「ラガラゴにでも送ってやりましょう」
勿体ない。あいつは絶対に食べないぞ。
「王立図書館にはまだ入れないのか?」
「暖かくなるまでは無理ですよ。ずっと社交ですから。それに、今回は国王陛下が何か不穏な話を持って帰って来たみたいです。情報屋として調べていますが、まったく足取りも掴めずで……」
「……私関連の話じゃなければいいがな」
「ふふ。城に入れるようになるまで、別の依頼を用意しますか?」
どうするか。
冬はまだ中頃、暖かくなるのはかなり先だな。金は欲しいが、今回のような依頼ばかりを請ける事は出来ない。
ひとまず、先にやる事だけ済ませておくか。
「いや、少し休もうと思う。買い物もしたい」
「でしたら、こちらで宿を手配しましょう」
そう言うと、ロドリーナはすぐに準備を進めてくれた。
王都のやや西、スラムに近い借家だそうだ。
「30日間おさえました。お代は、そのキンチュウベルの骨2本でいいですよ」
「……買い物をしたいのに、どんどん金が無くなるんだが」
「その時は、依頼を発注しますよ!」
泥沼にはまっている気がする……。
働くために生きている訳じゃないが、今は仕方ない。
「あぁ、あと薬草は全て清算しておきました。自然治癒を促進するメスメリカ、胃薬のオリノロシ草はかなり需要があったようで、結構な金額になりましたね。質もいいし、薬屋からはまたお願いしたいとの事です」
そう言って、ロドリーナは金貨袋を手渡してきた。
中には銀貨の束が8つ、青銅貨の束が5つ入っていた。
「おぉ! 一気にお金持ちだ。ありがとうロドリーナ!」
「ふふ、そんなに喜んでくれると、こちらまで嬉しくなりますね」
銀貨80枚あれば、天幕も買える!
明日は買い物だ。
「そうそう、市街は冬の総決算祭りの最中なので、値引きが大きくお買い得ですよ」
「何だか生々しい祭りだな」
「各国から社交で来られる来賓の従者達が、かなりお金を落としていくんですよね。今は書き入れ時というやつです」
「何もせずとも金を落とすなら、値下げしない方が利益を取れるのではないか?」
「ふふ、流石は元王様の商人ですね。同感です。私が市街の商人なら、むしろ皆で談合して値上げしますよ」
ロドリーナも腹黒いな。
そうして少し雑談し、彼女から借家の鍵を受け取って討伐組合を後にした。
――
借家は表通りに面していた。
それも、商店街の一角だ。両脇にはパン屋と花屋が並ぶ。
小さな2階建てで、1階は便所と物置、2階はベッドがある小部屋だけ。炊事場は無いが、凝った料理をしない私には問題無い。
家の裏には共同の中庭のような場所もあった、近隣の人たちが井戸端会議をしそうな雰囲気である。中庭に出ると、パンの匂いが漂ってくる。
これはいい。食事には困らなさそうだ。
家の2階へと戻り、荷を解く。
「さて」
王都で欲しいものは沢山あった。
そのままベッドで横になり、目を閉じる。
考えてみれば、私の生活水準も、随分と上がって来たものだ。
だが、それでも野宿がしたい。
本能は野生のエルフのままなのだ。
――
翌朝。
焼きたてのパンを食べながら、町を散策する。
王都の商店街は、西地区を中心に南北に長く伸びていた。買えるものは何でも揃う。それこそ、揺り籠から棺桶までというやつだ。
私はふらりと入ったお店で、良さそうなローブを見つけた。
「た、高いな……!」
「お嬢様、こちらは特別値引き中のため、通常価格よりもお安くなっております」
そういう店員は、銀貨40枚の薄手のローブを手に持っていた。
透けて見えるぐらいペラッペラだ。
「……すまない、金が無い」
「チッ……ありがとうございました」
怖いな。王都怖い。
王都の物価はリルーセとは全く違っていた。安いのは食料品だけで、その他はリルーセの何倍かの物もある。絶対に値上げをしている。そして値上げした物を値引きして見せている。
ぶらぶらと町を歩き続ける。
改めて王都を見渡すと、まるで違う世界に来たように感じる。
視界に映るのは、様々な人種や服装、見たことのない造形の建物。
何に焦点を当てればよいのか、目が眩む。
人混みに酔うとは、こういうことなのだろう。
小さな子供の手を引く母親が視界に映った。
親子は楽しそうに商店街をうろうろし、そして笑っている。
こういう光景が、私は大好きだ。見ているこちらまで嬉しくなる。
表通りから一本離れると、ひなびた一角に出た。煙の出る工房らしき店が建ち並び、カンカンと金属を叩く音が聞こえる。金物屋か、武器屋か。
盾で出来た看板が釣り下がった、一軒の武器屋らしき店に入る。
「おぉ? いらっしゃい、お嬢さん」
ドワーフの店員だ。
火の精霊を感じたが、やはりドワーフであった。
「短剣を2本欲しい。軽くて丈夫なのものがいい」
キンチュウベルを討伐して感じたのは、野営用の短いナイフ1本では、大型魔獣を狩る際に心許ないという事。王族時代の武闘で使用していたような短剣が2本欲しい。
「軽くて丈夫っつったら、価格は天井知らずだぞ? まぁ嬢ちゃんでも扱える二振りなら、そうだな……こいつぁどうだ?」
店員が持って来た2本は、町の兵士が持つ普通の剣よりも若干短いものであった。無駄な装飾が無く、手になじむ。尺も武闘の剣と同じで、しかも軽い。
「値段は?」
「そうだなぁ……。実は、全然売れねぇんだよそれ。どうも大人が扱うには中途半端な長さでな。2本で銀貨30枚でどうだ?」
「うわ! 買います!!」
「お、おぉ……。良かったな嬢ちゃん。じゃあ鞘を準備してくるから、ちょっと待ってろ。鞘は1本銀貨3枚貰ってるが、いいか?」
「……コホン……あぁ。頼む」
思わず気分が高まってしまった。
どうせ買えないだろうと思っていたので、これは有難い。
店員は加工したての短い鞘を2本持って来た。
代金を支払い、新しい武器を握りしめる。
店を出る前に、一つ尋ねてみた。
「この辺で安いローブを売っている店はあるか?」
「ローブかぁ。安いのは分かんねぇなぁ……。今はどこも高ぇんじゃねぇか?」
やはりそうなのか。
「うちのカミさんが生地の店やってんだが、面倒じゃなけりゃそこ言って聞いてみてくれるか?」
「それはありがたい」
場所はここからすぐ近くのようだ。使えそうな金属雑貨を追加でいくつか購入し、ドワーフの店を後にした。
ドワーフの奥さんの店は、先程の金物屋と同じ規模の店であった。繁盛しているのか、外からでも人の多さが分かる。
一応耳は隠れているが、私は指名手配の身だ。
入りずらいが、勇気を出して扉を開く。
「いらっしゃーい、ちょっとお待ちをー!」
店の中では、小さなドワーフが一人で複数人を接待していた。相対する客は、みな上等な服を着ている。ロドリーナが言っていた、社交に関わる人達なのかもしれない。
かなり待った所で、ようやく順番が回って来た。
「今日は何用で?」
「武器屋の店主殿から、店主殿の奥方のいる生地屋だと聞いてな。手頃なローブを扱う店が無いかと思って訪ねてきた」
「えぇ? あぁお父さんか……。ローブですね。どんな物で、予算はどれぐらいでしょう?」
「私の体に合うもので、フード付きが欲しい。軽くて丈夫だと尚良い。予算は……銀貨20枚だ」
大きな買い物をしたせいか、財布が緩くなっている気がする。
けど、何度も探して買うのも面倒臭いのだ。
「20もあれば、いいの買えますよ。むしろ、うちのローブはどうですか?」
「ここにあるのか?」
「ふふ、実は私は服飾に手を出してまして! お父さんには内緒ですよ?」
店員はそう言うと、店の奥から4つローブを持って来た。ドワーフの身長に合わせたローブらしく、少し加工すれば私でも着れるそうだ。
「お客様は目が綺麗なので、派手目の色はどうですか?」
「ありがとう。だが、あまり目立たないものが良いのだ。……こちらの濃紺の物がいいな」
フード付きで大きさも丁度良く、とても軽い。それに、何の生地を使っているのか分からないが、随分と丈夫そうだ。
「おぉ、お目が高い。こちらはグリルモドンという生地で、蜘蛛型魔獣の吐く糸を加工してできています。銀貨30枚ですね」
「さっ……やめておこう」
「えぇ! 20枚でいいですよ。私の失敗作なので」
そう言って店員が示す場所には、少し解れている部分があった。
これぐらいで失敗作とは、何とも言えない。エルフ的には成功でいい。
「本当にいいのか?」
「いいんですよ、お貴族様に売れなければ、誰にも売れないんですから」
「……よし、買った」
「ありがとうございます!」
加工するために採寸したいとの事で、店の裏へと入る。耳がでないか冷や冷やしたが、ぐるぐる巻きにしていたお陰で何とか隠せた。
このドワーフの娘は個人注文も受けているらしく、採寸のついでに私服もいくつか発注した。
完成品の受け取りは2日後だ。リルーセで買った灰色のローブも下取りに出し、全ての代金を支払って店をでた。
そうこう買物しているうちに、手持ちは銀貨10枚弱。
たった一日で、随分と財布が軽くなっている。
何だか、上手くロドリーナに乗せられている気分だ…。
家に戻ると、玄関の扉に手紙が挟まっていた。
ロドリーナからのようだ。
手紙には、こう書いてある。
『フレデにとって、物凄く有意義な情報があります。情報料を支払うなら、教えてあげます。』
……さて、行くべきか?




