22 寒村のキンチュウベル
王都の北門は、予想通り水門であった。
王都を流れるこの川は、荷を運ぶ水運の要だそうだ。山岳地帯で取れた鉱物や資源を運ぶための検問所としての役割も担っており、一般人は通行できなかった。
そんな水門でも、ロドリーナの許可証と組合員証の呈示だけで簡単に通り抜けた。
これは、便利かもしれない。
キンチュウベルの討伐依頼を出した寒村は、王都から徒歩で5日ほどかかる。王都の北門を潜り抜け、街道を歩き続けて今日で4日目。そろそろ、村が見えてきても良い頃だ。
日は真上だが、山の上は冷える。
風の強い地域だからか、風の精霊の反応も良い。たまに吹く突風も冷たく、体を芯から凍らせる。ここがマグドレーナなら、雪が降っていてもおかしくは無いな。
こんな過酷な土地で、人々は一体どんな生活をするのだろうか。
「……お」
山を2つ登りきった先に、村らしき集落が見えた。
寒村の名の通り、随分とさびれた雰囲気だ。
村に入ると、すぐに村人たちから居心地の悪い視線を浴びる。
「すまない、王都の討伐組合からキンチュウベル討伐の依頼を受けてきた。ここは、アラハ村で間違いないか?」
「お……おぉ、そうですじゃ! ようやく来て頂けた、ありがたや~!」
「いや……ご、ご老人……」
顔が近い。
村人が、どんどん私の周りに集まって来る。
だが……。見た感じ、若者は一人もいないようだ。
「ひとまず中で話しましょう。ささ、こちらへ!」
案内された村長の家で、キンチュウベルの被害状況を確認する。
聞けば、キンチュウベルは夜行性らしい。この時期になると、毎年冬を越すために食料を奪っていく。しかも、キンチュウベルは一体だけではなく、複数体いるそうだ。草食だが餌の少ない山岳地帯のため、この周辺の集落にも降りてくる事が多いそうだ。
「……儂らもキンチュウベルも、生きる事で精一杯なんじゃ。だが、いずれどちらかが淘汰される。儂らは、まだ朽ちとうない」
「私が何とかしよう。今日から、ここに泊まり込んでもいいか?」
「もちろんじゃ。離れがあるから、そこを自由に使うとええ」
そうして離れに案内され、荷物を下ろして考える。
村長から聞いたキンチュウベルの被害は、かなりのものだ。食糧が乏しいこの寒村の半分以上を荒らされていた。しかし、村人たちの対抗手段は無い。村長曰く、若者達は皆王都へと移住していったのだと言う。
つまり、ここは滅びゆく村だ。
「どちらかが淘汰される、か……」
村長の言葉を、頭の中で反芻する。
キンチュウベルが人間を襲わないという事は、人間が畑や家畜などの食料を生産できると知っているからだろう。だが、キンチュウベルは荒らし過ぎたのだ。
どんな世界でも、最後には強い方が勝つ。それが世の常だ。
私は離れでひと眠りし、夜を待った。
――
村に滞在して2日目の夜。
外は冷たい雨が降っていた。
「……来た」
離れの中で土の精霊を使い、ぬかるみを歩く4つの足音を拾い取る。
場所は村外れの畑。
離れを出てゆっくりと近づくと、4本足の蠢く影が見えた。
――キンチュウベルだ。
青白く、そして細長い狐。やせ細っており、可食部が少なそうである。美味しいのだろうか。
……いかん、そうじゃない。
キンチュウベルは、地面から芋を掘っては丸飲みを繰り返し、畑を荒らしている。
こちらに気付いている様子はない。
今のうちに、一撃で仕留める。
そう思って、風の精霊を呼ぼうとしたその時だ。
――キンチュウベルがこちらを振り向き、目が合った。
その直後、キンチュウベルは畑の柵の外に向けて飛びあがる。
「……っく、風!」
風はキンチュウベルの足に絡み、右足を切断した。キンチュウベルは空中で体勢を崩し、着地と同時に転倒する。
「逃がさん!!」
今度は土の精霊が地面を泥のぬかるみにし、キンチュウベルの動きを奪った。私は腰のナイフを抜き、キンチュウベルの首目掛けて駆けた。
足を取られたキンチュウベルと、再び目が合う。
その目は……怯えているのか?
「グイイイイィィ!!」
「はっ!!」
ナイフが首を切り裂いた。
青い血が舞い散り、キンチュウベルの細い首がボトリと落ちる。
静かになった場所で、雨音だけがその場に残った。
……怯えたキンチュウベルは、結局最後まで私を攻撃しようとしなかった。
――
翌朝。
村人たちにキンチュウベルの死体を見せると、泣いて喜び、報酬を手渡された。
「キンチュウベルは一体だけだが、いいのか?」
「ええんじゃ、あれは母親だからのう。子は巣から出てこん」
……そうか。
あれは子供の食糧を取りに来ていたのか。
同情すべきではないが、少しだけ気分が落ちる。
「…この依頼料の代わりに、キンチュウベルの肉を少し貰えるか?」
「え、えぇけど、あれは腐っておるぞ? あの青い血液に腐食毒があっての」
腐食毒……。
ロドリーナ、聞いてないぞ。
浴びなくて良かった。
「構わない。薬草と一緒に食べればいいんだ」
「あんた……大丈夫か?」
そう言いながらも、村長は切り出した前足を2本渡してくれた。キンチュウベルの骨は頑丈で、削れば武器にもなるそうだ。路銀の足しにする。
そうして、アラハ村のご老人たちに見送られ、前足2本を背負って村を出た。
「行くか……」
王都まで5日。
今度は山を下り歩く。
空は快晴で、日差しが風で冷やされた体を暖めてくれる。
私は、歩きながら思い出していた。
魔獣を倒して人助けをしたというのに、昨日の無抵抗なキンチュウベルの目が忘れられない。
何もしないから見逃してくれ。あれはそう言う目だ。
私が黒森林で目覚めて最初に兵士に囲まれたとき、もし私に力が無かったら簡単に死んでいたのだろう。あの時の私は、兵士を殺すつもりもなく、ただ生きたいと思っていただけだ。このキンチュウベルと同じなのだ。
そんな複雑な感情に囚われていた時だ。
人気の無いこの山道に、一人の男が佇んでいた。
「おい、嬢ちゃん。そらぁキンチュウベルの足か?」
「……そうだが、何か用か?」
男は背が高く、王都で見かけた兵士の格好をしていた。
「ありがとうよ。俺はアラハの出身だ」
そういうと、男はアラハ村へと向かって歩いて行った。
村の若者。キンチュウベルを討伐しに来たのか。
「ぐぅ~……」
私には、何が正解かは分からない。
だが、私は生きていて、腹は減る。
キンチュウベルを胃袋で弔うために、薬草を取って帰ると決めた。




