20 討伐組合のロドリーナ
深夜の王都プロヴァンス。
私が森の精霊を呼んで降り立ったのは、港の西端。
海だぁと感動したのは一瞬だけで、あとは延々と続く闇であった。
この漁港は広く、まず自分がどの辺にいるのかが分からない。
もう一度飛れべば良いのだが、植物の根が張り、痕跡が残ってしまう。
倉庫の陰で精霊の炎を呼ぶ。
すぐに手元が灯される。やはり、精霊が元気な土地のようだ。
王都の地図を開いた。
「討伐組合のロドリーナ……」
この地図には討伐組合の場所は記載されていない。
だが、この川の流れる町の中心に噴水のような印がある。
これは広場か。
ひとまず広場へと向かい、位置を把握する事にする。
人気のない漁港をこそこそと通り抜け、町中へと入る。
町中へと一歩を踏み出した途端、生臭い匂いが強烈に漂ってきた。
どうやら、ここは主道路では無かったようだ。
それにこの匂いは……。
「……スラムか」
狭い道に浮浪者たちが独自の家を作り、すやすやと眠っている。ドロアの街でグレルスが言っていたように、この王都のスラムにも何か秘密があるのだろうか。
一旦引き返し、大通りらしき道に入る。
この通りは石畳だ。
土と草だらけのマグドレーナとは天と地の差。クロルデンが人間と外交しろと強く言っていた理由が今になってよく理解できる。
まるで迷路のような町を歩き回り、ようやく広場にたどり着いた時には、朝焼けが町を照らし始めた頃だった。
「歩き疲れた……」
川沿いの手すりに肘を置いた。固い地面は、なぜか森より疲れる。
目でちらりと周りを見渡した。
広場の中心は川で分断されており、それは石の橋で繋がっていた。橋の中心には巨大な方向案内が設置されている。矢印がいくつもあり、分かりにくい。
討伐組合は東か。方角しか書いていない。
少し休憩した後、東へと真っ直ぐ歩く。
町も目が覚めだしたのか、次第に往来の人々が増えてきた。早くしないと……。
「お、ここか」
看板には『討伐組合本部』と記載されている。
建物の全貌は、まるでどこかの大豪邸だ。外から見ただけでも、私が破壊した酒場が20個ぐらい入りそうだ。何の組織なのかは具体的には分からないが、この規模は凄いな。
玄関を清掃している女性に声をかける。
「すまな……すみません、討伐組合のロドリーナという女性はいらっしゃいますか?」
「え? あぁ、副組合長はいつもお昼にならないとご出社されませんが……」
副組合長。
ラガラゴとの繋がりが謎だ。
「ありがとうございます、では、また後で来ます」
「宜しければ伝言をお預かりしますか?」
「あぁ、じゃあたの……お願いします。ラガラゴの紹介で、フレデが来たとお伝えください」
「承知しました……ふふ、口調は畏まらなくてもいいですよ?」
指名手配の件がある。波風は立てたくない。
「……すみません。昼にまた来るので、それまで荷物をどこか置かせて貰ってもいいですか?」
「えぇ。随分と重そうですね。中へどうぞ」
案内されて、中に入る。
立派な玄関を抜けると、商業組合のような窓口が並ぶ部屋が現れた。
だが、その数と大きさは段違い。各窓口には大きな扉、端には巨大な秤が置かれている。取引はこの場で行うのだろう。
ここまで見れば、私でも分かる。
討伐組合とは、魔獣や害獣を処理する組合だろう。
「では、あそこに置いておいてください」
秤の横に荷物を置き、金を抜き取った。
女性にお礼を言って、町で時間をつぶすことにする。
まずは、迷子にならないように地図を買わないと。
……さて、地図屋はどこだ?
――
「それで迷子になって、この時間ですか? 聞いていた以上に頼りないですね」
「返す言葉もない……」
地図も買えず、案の定迷子になった。
ふらふらと歩き回り、ようやく討伐組合に着いた頃にはすでに夕方。
急いでロドリーナのいる副組合長室へと向かい、現在に至る。
ロドリーナはまだ20代だろうか、すらりと背が高く、胸の余分な脂肪意外で体に無駄がない。情報屋というよりも、武器が似合いそうな女性であった。
それに、同族のエルフのような容姿。
その凛とした佇まいは、私から見ても憧れる姿である。
この狭い部屋には、私とロドリーナしかいない。
茶を一口飲み、ロドリーナは話し出した。
「ラガラゴから話は聞いています。まずは、ようこそ王都へ。私の事はラガラゴから聞いていると思いますが、一応自己紹介を。ロドリーナ・ヴェインドンです。情報取引が主ですが、兼任でここの副組合長もしております」
私はフードを取り、ロドリーナを見つめた。
「フレデ・フィン・マグドレーナ。エルフの王国マグドレーナの元女王だ」
「……えええぇ!?」
……この反応だと、ラガラゴは本名を言っていなかったのか。
「それは、聞いていた情報とは違うんですが……」
「ラガラゴからは何と?」
「世間知らずで、背伸びしたがりのお嬢様と」
あいつ……。
「……世間知らずは合っている。だが、歳は114歳だ」
「それも、初耳ですね」
ロドリーナはそう言うと、引出しから1枚の紙を取り出した。冒頭には『プロヴァンス東部に黒エルフ続々出没!』と書いてある。
私の横顔らしき顔が大きく描かれていた。残念ながら黒髪だが、中々上手に描けている。一枚欲しい所だ。
名前はフレデチャン・オクスーリ。
会話はできるが、14歳で世間知らず。食い気のみ。
……ラガラゴめ、随分と面白い事をしてくれたものだ。
「ふふ、ラガラゴはそれでも譲歩しているつもりですよ。見た目の特徴は何も書いてないでしょう?」
「あいつが犯罪を犯したら、私が情報を売る事にしよう」
「その時は協力しますよ、ふふ……。さて」
深いため息を吐いたロドリーナの目つきが、急に鋭くなる。
「先にいくつか確認したい事があります。時間は大丈夫ですか?」
「あぁ」
「よし。では、王都に来た目的は?」
「3つある。美味い食事を頂く事、私にかけられた呪いを調べる事、同族の現状を調べる事だ」
「なるほど、食い気ですか……」
人生とは、楽しみが無ければ生きていけない。
私にとっては、食事がそれだ。常に美味しい物を食べることで、朝昼晩と1日に3回も幸せな気分になれるのだ。
ロドリーナはメモを取りながら質問を続ける。
「…先程のマグドレーナの女王というのは、事実ですか?」
「あぁ。…これが王の正装」
背負い袋の下から、血塗れになったローブを取り出した。
その背中には、マグドレーナの紋章の刺繍が施されている。
「……」
ロドリーナは黙り、静かにメモを取り続ける。
まだ信じられないようだ。
「……貴女の人間性は、ラガラゴから聞いています。
非常に温厚で、ただの商人と同じだと。
その上で、気を悪くせずに答えてください。
今グリエッド大陸の各地で起きている人間とエルフの戦争、エルフ側の代表は貴女ですか?」
……絶句した。
戦争だと?
私の時代では、互いに不干渉だった。私の代で国交を結ぼうとしていたのだ。
この60年で、一体何があった?
「違う……と言いたいが、自信がない。
実は、私が目覚めたのはつい最近で、60年ほど眠っていたのだ。恥ずかしい話だが、眠っている間に何が起きていたかを全く知らない。それについても、王都で何かを掴めると思っていた」
「60年……。では、マグドレーナが崩壊したとされる……貴女はあの白森王ですか!?」
「あぁ」
白森王。
今となっては、国を潰した汚名だ。
「ラガラゴは、何という事を……」
「いや、あいつは私が王だろうが関係ないだろう。あの態度は、誰に対してもああだ」
「ふふふ、そうかもしれませんね」
「さぁ、次の質問を」
「……いえ、今日はここでやめておきましょう。後日、別の情報担当者を付けます。私には、荷が重そうなので。というか面倒になりました」
そういって座り直し、天を仰いだ。
私も面倒なので、ここで全て話してしまいたいんだが。
「……現状、世界がどうなっているか分からないが、先の3つの目的を達成する事以外に興味は無い。エルフと人間の戦争は調査したいが、私個人としては、普通に生活して普通に死にたいのだ」
私の意思が伝わるだろうか。
ロドリーナは上を向いたままだ。
「だから手配書も処分してほしい、と言うのが本音だ。私が壊したドロアとリルーセの酒場は、お金で返そうと思っている」
「……貴女の性格も、気持ちも理解できます。でも、そう簡単にはいかないのです」
そう言うと、ロドリーナは立ち上がり、戸棚から書類の束を取り出した。
私の前にそれを置き、ぱらぱらとめくりだす。
「これは、我が討伐組合の成果です。およそ150年分ほどですが、ここには大仕事だけが綴ってあります」
少し見て、言葉を失う。
それは、流し見だけで分かる。
大仕事と呼ばれた手配書には、共通点があった。特に、新しい記録に。
「――討伐組合とは、主に魔獣と黒エルフを殺処分する組織です」




