19 幼馴染の密談
「……無理だな」
私は森の精霊を使い、王都プロヴァンスが視界に入るぎりぎりの距離まで飛んだ。そこから森を歩き続け、ようやく南門が見える位置にまで辿り着いた。
だが、プロヴァンスの南門は2か所とも物凄い行列であった。荷馬車がずらりと並び、それは街道の先まで見えなくなるほど続いている。
祭りでもあるのか?
ちゃんと列に並ぶのが筋だろうが、それで騒ぎになるのは想像に難くない。
特に、リルーセの一件で手配書が更新されていたらしいため、私の認知度も上がっている事だろう。というか、私の首を持参するとグリエッド大陸の各国から集めた金貨が500枚も出るそうだ。
金貨が500枚……。
自分で自分の首を突き出したいぐらいだ。
何はともあれ、町に入るには人目を避けねばならない。
当然、あの門は潜れない。
……となると、選択肢は一つだけ。
夜の空の旅だ。森と風の精霊は、今となっては非常に便利である。
……そうして、夜まで森に身を潜めるために立ち去ろうとした時だ。
「――そうですよ! 剣もいいですがやっぱり漢なら体と拳じゃないと!」
「おぉ、嬢ちゃんもそう思うか! がっはっは!! 嬢ちゃん、ワシと結婚せんか!?」
「えぇ!? 嬉しいけど、お断りします!」
「そうか、がっはっは!」
行列の中から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の方向を見た瞬間、一気に背中から汗が吹き出る。
あのリルーセにいた大男――。
もう会いたくなかった。
まさかとは思っていたが、王都の人間だったか。
もう、極力目立たにように行動するしかない。
王都での目的は、王立図書館と物資の買い込みのみ。
さっさと終わらせて撤収だ。
だが……食事が美味ければ少しだけ滞在する。それは私の生き甲斐だから仕方ない。
ガリガ虫をポリポリと食しながら茂みに潜み、そのまま夜が来るのを待った。
――
プロヴァンス王城、エルレイの執務室にて。
「グロッソ・リケンス君、待っていたよ!」
「…何だ、急に胡散臭いな。俺はこのまま休暇をもらうぞ」
「おいおい、横暴な言い方だな、仮にも私は第二王子だぞ?」
「知るか、お前が変な仕事を押し付けるからだろう」
エルレイはくっくっくと笑う。
俺とエルレイは、腐れ縁だ。
エルレイは王子で、3兄弟の真ん中である。だが、3つ違いの兄である第一王子、ミルグリフ・アン・プロヴァンス様は、生まれながらの病で部屋から出ない。妹君に関しては歳が10も違ったため、エルレイの遊び相手にはならなかった。
エルレイの父は国王で、俺の父はその筆頭書記官。立場には大きな差があったが、エルレイには歳が近い友人がいなかった。
その結果、俺があてがわれたのだ。
兄が動けないため、エルレイは次期王としての期待を一挙に背負わされて育った。だが、こいつは持ち前の頭脳と決断力で周囲を黙らせ、その力を以て対抗派閥をも徐々に味方につけてきた。
実に気の良い奴で、努力家で、苦労人だ。今や、この国の役人でエルレイが次期王となる事に反対する者はほぼいない。
かく言う俺もその一人だ。俺はエルレイを気に入っている。エリートがどうこう言っていた当時の生意気な俺の性格を崩したのは、紛れもなくエルレイだ。これで面倒事を押し付けてこなければ、なお良い。
「大変な目に遭ったぞ。ただの調査旅行だと思っていたが、厄介事だらけだった」
「はっはっは、報告はまた後で詳しく聞こう。それよりも早速、仕事を頼みたくてな……国王陛下が今日の夕方に帰還するのは知っているな?」
「あーあー、それ以上喋るな! 俺は休むと決めたんだ。やめてくれ」
「駄目だ、休むのはその後だ。まず伝えた通り、陛下が帰還されたらすぐに式典が開かれる。ボーレン・フクス隊長とリゼンベルグのグランデ公爵嬢には国王の御前で勲章が授与されることになっている。お前も出るしかないだろう?」
「……出るしかないが、エルレイ、お前はあの公爵嬢を甘く見ているぞ?」
「何?」
こいつはメイシィを知らない。
あの馬鹿は、国王の有難いお言葉にも被せにいくだろう。
だが、面白そうだから黙っておく。
「……まぁいい。その式典だけなら出てやろう。だが、その後は休みをくれ。俺は周囲の介護のせいで精神的に参っている」
「許可しよう。だがグロッソ、任務の報告後にしてくれよ?」
「分かっている」
「式典は今日の夕方からだ。それまでに、特務調査隊全員で身支度をして待機しておれ。公爵嬢はこちらで預かろう」
「……何なら、くれてやる」
「はぁ? ……悪いが、俺はもうリゼンベルグの女はお断りだ」
「ほう、俺がいない間に何かあったな? 詳しく教えてくれ」
「面倒だ。ほら、準備してこい」
確か、第二王妃が謁見に来ると言っていたな。この様子だと、振られたか。
エルレイはつくづく女運が無い。
次期王だと言うのに、この歳になっても妃がいないのはあり得ない。いつもいつも仕事だ。長いプロヴァンス王朝でも、前例のない男である。
エルレイは以前、俺の次は優秀な働き者が王になればいいと言っていた。それは冗談だとは思うが、そういう所が皆から好かれているのだ。
エルレイの執務室を出て、隊員の待つ部屋へと戻る。
「あ、ぐ、グロッソ様、お帰りなさいませ!」
「……あぁ」
すれ違って挨拶をしてきたのは、爵位の高そうな若い女性たちだ。
このプロヴァンス城は、各国の城の中でも中々特殊である。王城区の中に貴族の集合住宅地があり、爵位を持つ者が多数住んでいる。これは、謀反の危険性は高まるが、横の繋がりも深くなる利点もあった。当然、彼らの職場は王城だ。
エルレイが王となったら、貴族達の結びつきはより強まるだろう。
この奇妙な王城区の構図は他国に侵略された影響だと言うが、そのせいで城も馬鹿らしいほどの広さになっていた。
そして、我がリケンス家は侯爵。俺も王城区に住んでいる。
恐ろしい事に、隣国リゼンベルグの公爵3女となれば、メイシィの奴が俺の結婚相手に選ばれる可能性もあるのだ。
絶対に嫌である。
隊員たちの待つ部屋に辿り着き、中へと入った。
「……報告を済ませてきた。皆、いるか?」
「いますよ、グロッソさん」
隊員たちは、茶を飲んで休んでいた。
「いないではないか……ボーレンさんとメイシィはどこだ?」
「2人とも着替えに連れていかれました。大変そうですね、式典って」
「お前らも出るんだぞ? さっさと着替えろ」
「えぇ!?」
侍女を呼びよせ、全員を着替えさせる。
やる気の無い隊員隊でも、正装だと仕事ができそうな連中に見える。
「……俺たちにも褒章が出るそうだ」
「「よっしゃあ!!」」
「悪い、嘘だ」
「「……」」
あとはこの性格だけだな。
暫く部屋で待っていると、エルレイの執事が呼び出しに来た。
隊員たちの顔も引き締まった所で、式典の会場へと向かう。
式典は、玉座の間で行われる。
我が隊が入場した時には、すでに多くの役人と爵位持ちが待機していた。隊長とメイシィは、最前列にいる。俺たちは最後尾だ。
この玉座の間も、例の如く無駄に広い。
それなのに、陛下の声はいつも小さい。
陛下のお言葉は、壁に反射してモニャモニャというお言葉に変換される。
……隊長とメイシィが王の御前に跪き、何かを貰ったようだ。
ああやって大人しくしていると、メイシィもまともである。大きな瞳に編んだ茶髪。見た目は美しく、仕草は公爵令嬢そのものだ。あのまま自分を隠し通せれば、本当にエルレイの妃になるかもしれないな。
いや、そうなると面白いな。くっくっく…。
「グロッソさん、何が面白いんですか?」
「すまん、メイシィがやらかさないか心配でな」
「……グロッソさん、すっかりメイシィ想いですね」
「ジョバン、黙ってろ」
メイシィは儀礼を難なくこなし、式典はそのまま滞りなく終了した。
隊員たちには5日間の休暇を与え、解散させる。
その後、待機室にエルレイがふらりとやって来たため、その場で密談が始まった。
冷めた茶を飲みながら、長ったらしい報告事項を済ませる。
「――なるほどな。聞くだけで、関わりたくなくなる仕事だ。それに何故、兄上が絡んでおるのだ……」
「そうだろう? これに隊長とメイシィがいるんだぞ。やってられるか」
「そう言うな。公爵嬢も美しいお嬢様ではないか」
「なら、妃にするといい」
「……まぁ、そうだな………それもいいかもしれぬ」
「ぶっ……! げほっ……!」
思わずむせた。
そういえば、失恋したばかりであったか。
気持ちが浮ついているな。
隊員たちに話して、笑い話にしてやろう。
「……まぁ、何だ。お前の恋路は邪魔しないから、俺の休みの邪魔はするなよ」
「くっくっく。俺は王族でお前に仕事を振る立場だぞ? それは保証できないな。それよりも、黒エルフの行方はまだ分からんのか?」
黒エルフ。
リルーセアーチですれ違った後、奴はリルーセのどこかに潜伏していた。そしてロニエ嬢を救い、川を塞き止める大きな花を植えてどこかに消えたのだ。
ドロアの西にあるリルーセに出没したという事は、奴はそのまま西に向かうものだと思っていた。だが、王都までの街道をすれ違う商人や情報屋たちに尋ねてもも、その姿を見たものは誰もいなかった。
「恐らくだが、リルーセの南の森に潜んでいるか、黒森林に帰ったとみている」
「……そうか」
「どうした?」
何か、言いたげだな。
エルレイは周りを見て、侍女しかいないのを確認し、小声で話し出した。
「……いや、これは王としてではなく、俺個人の意見として聞いてくれ。フレデチャンに関しては、放っておけば我々に被害を与えるつもりはないのではないか?」
「……正直な所、同感だ」
奴は黒エルフとしての力は持つが、会話が成立した。
それに、危害さえ加えなければ、あの酒場でひっそりと伏せていたように人間に紛れて生きていくつもりなのだろう。
だが、話はそう簡単にはいかない。
「だがなエルレイ。我々人類は、森化と黒エルフにどれだけ殺された? 家族や土地を奪われた人間が、この国以外にも沢山いる。お前はその者たちに、この黒エルフは安全だと言い切れるのか?」
「……それは分かっている。ただ私は、見て見ぬ振りでいいのでは、と思っただけだ。今や他国も戦争や森化の食い止めに追われて人員も裂けぬ。我が国も、一々構っておれんというのが本音だ」
……耳が痛いな。
俺も見てみぬ振りをした。
俺とエルレイは育ちが近いせいなのか、やや思考が似ているのだ。
「……考えは理解した。基本的には俺もエルレイと同意見だ。何か起きても事態を肥大化させないよう、水面下で手配しておこう」
「すまぬ、助かる」
「国王陛下がお戻りになられた今、王子であるお前の仕事も減るだろう。時間が空いたら教えろ、港の酒場へこっそり飲みに行くぞ」
「はっはっは、いいな。久しぶりじゃないか? 強引に穴を空けておこう」
エルレイが忙しくなる前は、2人で城を抜け出し、よく港で飲んでいた。
たまにはいいだろう? と、いつも傍にいるエルレイの侍女を見た。
侍女は口に人差し指を添え、微笑み返してくれた。
良き人間の周囲には、良き人々が集まるものだ。
久しぶりの休暇に、一つ楽しみができた。
「……それでグロッソ君、今の報告は、君から陛下に伝えてくれ」
……面倒事を堂々と押し付けるこの姿勢。
やはり、エルレイと俺は似ていた。




