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15 英雄譚の裏側


 リルーセ庁舎前は、混迷を極めていた。


「……ですが私はそこで思ったのです。世の中、綺麗事だけでは駄目だと! そう思って、ついに私は旅に出る事を決意しました。あれは確か14歳の頃でしたか……」

「その通り!

 この者もリルーセの被害者の一人だ!

 皆、立ち上がれ! 我々には女神が付いている!」

「そう!

 指導者様は素晴らしいですね!

 女神といえば、旅に出て最初の教会で出会った竜の姫様! 貴族社会のしがらみに途方にに暮れていた私は、その竜の姫様に働く事の意味やお金の価値を……」


 何度も繰り返すこのくだり。

 デモ隊も、市長室にいる我々も、聞いている誰もがうんざりしていた。

 ただただ、2人の話が長い。


「いちいち話を被せてやがる」

「……グロッソ君。あれは本当に公爵令嬢なのか?」

「分かりません、自称ですから」


 あいつはどうせ、面白そうだから乱入したんだろう。

 大衆から賛美されて気持ち良くなりたいだけだ。


 動機は不純だが、それが結果的に時間稼ぎになっているので何とも言い難い。



 ……そう、メイシィの演説の効果は絶大であった。


 デモ隊の要望に賛同するかと思いきや、全く関係のない身の上話を喋りだし、また始まったかと思えば、今度は志が高いとデモ隊の指導者を褒めだす。

 それに調子に乗ったデモ隊の指導者は、再び長ーい自慢話を話す。それをひたすら繰り返している。

 庁舎前は、すっかりこの2人の劇場と化していた。


「私が出て行くタイミングが分からんな」

「市長があそこに行くと、あの2人に挟まれるんですよ?」

「それは……きついな……」

「どうしましょうね、この状況……」


 この状況、我々は何が正解かも測りかねている。

 メイシィの出現で、デモ隊も我々も全員が混乱していた。


 そこに、朗報が現れた。ジョバンだ。


「グロッソさん! ……はぁ、はぁ……人質を……無事確保しました!!」

「おおぉ! 良かった……ありがとう!!」


 市長は安堵の声をあげ、膝を地面につけて祈りを捧げた。


「グロッソ君がいなければ娘は無事では済まなかった! 本当に、本当にありがとう!!」

「頑張ったのは部下ですよ、市長。ボーレンさんも認めてあげてくださいね?」

「はは、その通りだ。彼も君の隊員も、私の英雄だ!」


 ジョバンの来訪で、市長室は温かな空気に変貌した。


「それで、犯人は?」

「それが――」


 ジョバンの報告に、再び場が引き締まる。


「……クィンかカラの、デモと敵対している側だろう」

「でしょうね。それが最も辻褄が合う。今回の事件は、片方が武器を作り、もう片方がそれを阻止するという構図だったのでしょうね」

「グロッソさん、隊長が犯人を殺した奴を追っていますが、恐らく足取りはつかめません」

「分かった。ジョバンご苦労だった。休んでいい」

「俺はまだやれます、何でも言ってください!」


 ……こういう所も、ジョバン君は青いのだ。


「よし、じゃあジョバン君、あの演説している女を説得してこい」

「お任せくだ…………無理です」


 ジョバンはメイシィを見た途端に冷静になった。

 やはり、あの女は受け入れられないらしい。


 だが、いつまでもこうしてはいられない。


「市長、状況は好転しました。いかがいたしましょうか?」

「そうだな……頃合いだ。神が今こそ行けと行っているのだろう。

 ……私が、あの2人を止めてくる」

「頼みます」

「「市長! 市長!」」


 デモ隊ではなく、あの2人を止めるのか。

 目的が挿げ替えられているが、まぁいい。


 誰が黒幕だったかははっきりしないが、あの演説している奴は傀儡と見ていい。後から奴の罪を減らす条件で事情聴取すれば、情報は得られるだろう。


 隊長は任務を完遂した。誘拐犯は、既にこの世にいないのだ。

 あとは市民を押さえるのみ。

 市長の演説次第である。



 そして数分後、市長が大衆の前に姿を現した。


 デモ隊の壇上へと上がり、声を上げる。


 リルーセ市長のその堂々たる演説は、見事であった。

 市長は、決死の表情で市民に訴えかけている。

 原稿を事前に一読していた俺でも、心を動かされたのだ。


 だがそれ以上に驚いたのは、メイシィの馬鹿が市長の話にも被せにいった事だ。

 メイシィの話が長くなりそうだと判断したデモ隊は、メイシィに帰れ帰れと言い出した。そんなしょうもない意見が、我々とデモ隊が一致するきっかけとなったのだ。


 そうしてメイシィは、役人とデモ隊に取り押さえられながら、庁舎の中に戻って来た。


「はぁ~大衆の前で演説するのって濡れますね!

 私、こんなに幸せな気分は初めてですよ!」


 何が濡れるだ。どうしようもない奴だ。


 だが、これでも今回の功労者である。

 隊長と同じぐらいの功労を送らなければならない。


 その後、暫くしてボーレン隊長が庁舎前に現れ、デモ隊は無事鎮静化した。


 こちらの任務も、隊長のおかげで完了だ。


「……ふぅ」


 何とかなったか。


 ……今はこれでいい。

 この後は、事件への対応で市長を含む役人達は仕事に追われるだろう。流石にそこまで長居はできないな。



――



 翌日、今回の事件をまとめた簡単な報告書を市長へと持参した。

 市長室に入ると、彼の隣には娘のロニエが正座していた。


「いや、私の仕事を監視したいと行ってきてな……」

「心配なんです」

「一応お聞きしますが、ロニエ様、犯人に何か言われましたか?」

「……何もないです」


 何かを吹き込まれたな。

 市長と目が合う。どうやら、苦労されているようだ。

 まぁいい。


「……それで、例のガルァードが黒幕という事ですかね」

「カラ派はそうだな。クィン派は未だに分からん。クィンの偽装工場は完全に封鎖だ。責任者は捕縛できたが、従業員は姿をくらました。……町の門にも、内通者がいたようでな。すまない」

「そうですか……」


 これから市長は全ての見直しを迫られるだろう。

 死者が一人も出なかったのが唯一の救いだ。


「しかし、ガルァードはなぜこの町に幽閉されていたので?」

「それがな……。私も理由も聞かされず、急に言われたのだ。第一王子から書状でな。その時は、単純に面倒ごとを押し付けられたと思っていただけが、実際にこうなるとは…」

「第一王子……ミルグリフ殿下にですか?」

「あぁ。私もおかしいと思ったが、書状には殿下の印と署名があった。王都へも確認を取ったが、国王陛下から間違いないと返信があったぐらいだ。市長としては、分かりましたと受け入れるしかなかった」


 俺が普段王子様と呼んでいる人物、特務調査隊に今回依頼を出してきたのは第二王子のエルレイ・アン・プロヴァンス。

 第一王子であるミルグリフ・アン・プロヴァンス様は、今は執政に関与していないはずだ。


 ……なぜなら、第一王子は脳に障害を持っているためだ。

 奴は仕事できる状況じゃない。俺は第二王子からそう聞いていたのだが……。


「……その話、エルレイ殿下にお伝えしても?」

「伝手があるなら頼む。私が酷く大変そうだったと一言添えてくれ」

「ははは、分かりました。多少誇張しておきましょう。市長もご苦労なさりますな」


 そういうと、市長も笑った。

 リルーセ市長には、これからも無理をせずに頑張ってほしいものだ。


「ガルァードを殺った人物の特定もまだでしょうか?」

「あぁ。クィンの労働者と共に、既に町の外だろう。それよりもグロッソ君。君の所の隊長も大変らしいじゃないか」

「あぁー……。そうなんですよ。一体どう対処すればよいのか。私の心はどんどん擦り減っています」

「はっはっは、君も苦労するな!」


 事件を解決した立役者の隊長は、今、非常に荒れている。


 なぜか。


 今回の事件は、リルーセ市民に対してもすぐに全容を記した号外が出た。

 その顛末はこうだ。


 市長の娘の誘拐事件と、崖下労働者のストライキが同時に発生。

 犯人はどちらもガルァード。

 ボーレン隊長は、ガルァードと誘拐された市長の娘ロニエ嬢の居所を見事に的中させる。そこへ突入し、ガルァードを倒す。更に、橋から投げ捨てられたロニエ嬢を光を纏いながら救うという、いかにも英雄らしい色を付けて、だ。

 崖下市民のストライキについては、リゼンベルグ公爵嬢と市長が時間を稼ぎ、主催者を説得。そこに英雄ボーレン・フクス隊長が現れ、場を収めた。


 今回の事件を受けて、市長は税制を見直す事を決断。

 そして後始末に追われ、今に至る。


 ロニエ嬢を救った隊長は、リルーセでもすっかり英雄扱いされていた。誰もがボーレン万歳と言い、隊長の周りには人だかりが出来ていた。


 ……だが、ここまでは大衆向けの英雄譚。真実は隠されたままなのだ。


「私は現場にいなかったので分かりませんが、隊の連中も、ボーレン隊長はロニエ嬢を救えなかったと言っていました」

「私も、ロニエから直接聞いた時は驚いた。あの黒エルフは……フレデチャンは一体何者なのだ?」

「分かりません。ただ、市民に伏せておいた方がいいのは間違いないでしょう」

「……娘の命の恩人だが、仕方あるまい」


 だから、ボーレン隊長は怒り狂っているのだ。


――


「ぐおお……!! くそ……何なのだ!! 馬鹿にしおって!!」

「隊長! 人が見てます、落ち着いて下さい!!」

「ジョバン! 奴はどこへ行った!!」

「わ、分かりませんよ!」


 宿の拠点に戻るや否や、ボーレンは声を張り上げた。


 どこかに怒りをぶつけたかったのだ。

 市長の娘の危機に颯爽と現れ、しれっと救い、その手柄を全て自分に押し付けて去って行った、自分をこけにしたあの黒エルフへの怒り。

 その怒りが、故郷や家族を破壊された憎しみと混ざり、とにかく爆発したかった。


「何が英雄だ……!!」

「飲み込んでください隊長! これも仕事です!」

「むぅ、くだらん!!」


 国から神輿を担がれているのも我慢していたが、それに加えてこの状況。市民達からの賛辞は、ボーレンにとっては生き恥を晒している気分であった。

 事件後には、情報屋から黒エルフの名前が伝わる。新しくなったその手配書を握りしめ、ボーレンは今にも飛び出さんとしていた。


「フレデチャン……覚えておれ!! 地の果てまで追いつめてやる!!」

「隊長、頭が光ってる……ぷぷぷ!」

「ジョバン! お前えええ!!」

「ひぃいい!!」


 ボーレン隊長が追うなら、自分もフレデチャンに会える。


 ジョバンは、その瞬間が楽しみになっていた。


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