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13 ふたりの救世主


 市長の娘の誘拐の話を聞き、すぐに特務隊員を招集。


 外は、予想以上にまずい事態となっていた。


 この騒動、間違いなくクィン・カラの人間が絡んでいる。崖下の好景気を考えると、デモやストライキを起こす環境とは思えない。

 となれば、誰か仕掛け人が存在する。

 面倒な事に、大衆に扇動されたのか、崖上の一般人までもが参加しているようにも見受けられた。この流れは非常に良くない。


 そのうちクィン・カラの指導者らしき人物が現れ、町を乗っ取りに来る可能性も浮上していた。


「市長! 遅れました、特務調査隊ボーレン・フクス、参りました!」


 市長室は慌ただしく人が出入りしていた。

 そんな中、ボーレンを先頭に特務隊員たちと部屋に入る。


「……ボーレン隊長、グロッソ君。私の元に脅迫状が届いた」

「なんですと……!」


 ボーレンが手に取った脅迫状。そこには、身代金の金額と取引場所、それに取引時刻が記載されていた。

 そして、もう一つの条件。


「……このデモ行進に飲み込まれろ、ですか」

「つまり、町を売れと言っているな。確証は無いが、犯人はクィン・カラの連中と見ている」

「私も同感です」

「リルーセ市長! いけませんぞ! 犯人の言う事なんぞもっての外です!」

「ボーレン殿、私も理解している。私は市長で、国を守る責務がある。

 娘は…………後回しだ」


 市長は唇を噛んだ。


 自分の娘よりも、町のクーデターを防ぐ事を優先する。それは、プロヴァンスの町が一つ、他国に乗っ取られる事と同義だからだ。だから、溺愛していた娘を市長として見捨てる。

 苦渋の決断だ。市長の心中を察すると、胸が痛む。


「そうではありません! お嬢様の事は、我々にお任せください! 市長は時間を稼いで、なんとしても町を守り切るのですぞ!」

「ボーレン殿、それは……」

「これはワシの勝手な判断で、ワシに責任があります。ここまで全部独り言ですぞ、がっはっは!」


 隊長のこの判断は……。

 自身の責務であり、国の乗っ取りを防ぐことよりも、人命を優先した。きっとこの人は、娘を救った後に大衆の前に現れてクーデターも止める気だ。


 皆、理解していた。

 この豪胆さと実力が、英雄と呼ばれても決して奢らない彼の魅力であった。市長は驚いた表情をし、俯いた。


「……私は父親失格だ。娘になんと言われようか」

「いいえ、貴方は立派な市長です。貴方の決断が、プロヴァンス国を救っております」

「そうか…ありがとうグロッソ君。……ボーレン殿、娘を頼む」

「ワシにお任せを、がっはっは!」

「では、市長はデモの方を。族は我々で処理しましょう。自体は今も動き続けています、急ぎましょう!」


 隊長がやる気だ。

 この人に任せておけば、失敗は無い。

 そして後始末は、俺たち隊員の仕事だ。


 ……クィン・カラのくそ共め。俺の目が光る場所で、誘拐など許さん。


「ボーレンさん、どうします?」

「無論、突撃じゃ! ジョバン、お前が先頭じゃ!!」

「えぇ!! 死んじゃいますって!!」


 隊長もジョバンの立ち位置が分かってきたようだ。


「……では、私が情報を精査して指示をします。突撃なんてすると、人質ごとドカンもあり得ます。隊長、いいですね?」

「むぅ……分かったから、早くするのだ!」

「よし、では、二手に分かれましょう。私は市長と共にデモ集団の鎮圧を、他は全員で犯人の捕縛と人質の救出をお願いします」

「なんじゃグロッソ、お前は来んのか?」

「えぇ、行っても弱いんで戦えないですし。それに、どうもこちらが不穏な気がしまして」


 デモの指導者が、まだ表に出てきていない。

 それに、こちらも暴徒化は避けねばならない。


 我々は既に先手を打たれている。

 こちらも起死回生の一手を準備せねば、思うつぼである。


「それはお前の勘か?」

「えぇ、勘です」

「……勘ならよし! ワシらはどこに行けばよい?」


 出た。勘なら信頼できるという、隊長の謎の理論。

 全員が貴方みたいに勘がいい訳じゃないんだが。


「人質の交換は日が沈む瞬間、リルーセアーチの中央でとなっています。デモ行進に紛れて行うつもりでしょう」

「それまでに犯人と人質の場所がわかりゃ、話は早いんですがね。グロッソさんは検討ついてるんっすか?」

「いいや、全く分からん。主犯がクィン・カラの奴等ならば、工場のどこかに潜んでいるとは考えているが」

「それだと、全然時間が足らないっすね」


 工場に強引に突撃してもいいが、その事実が犯人たちに発覚した瞬間、ロニエ嬢に危機が及ぶだろう。


 どうしたものか。

 めぼしい工場に警備隊を何人か派遣してもらえないだろうか…。


「おいグロッソ、ワシの精霊は橋の中に犯人がいる言っておるぞ」

「……ボーレンさん、精霊って喋るんですか?」

「喋らん、ワシの勘じゃ! がっはっは!」


 このおっさん……。



 …………いや待てよ。


 あり得るぞ。


 むしろ、匿う場所としては最高だ。

 看守さえ買収できていれば、外部に指示も出せる。


 盲点だった。


「……ボーレンさん、あり得ます。その可能性は高いかもしれません」

「そうじゃと言っておる!」

「突撃を考えていますが、もしあてが外れると、人質の命は絶たれるかもしれません。俺はボーレンさんの勘を信じて大丈夫ですか?」

「がっはっは、信じろ! ワシが全て終わらせてやる!」


 この人は……まったく。

 市長に目標を報告し、リルーセアーチ内部への鍵を貰う。


「よし、方針は決まった。全員私服に着替え、デモに紛れてリルーセアーチの入り口に向かえ。突入のタイミングはボーレンさんの指示に従え。取引時刻を待たずに突撃し、無事に人質を取り返して来い!」

「「了解!」」


 ボーレンさんを信用していない訳では無いが、何せ根拠が勘だ。

 俺に精霊術なんて分からない。

 人質と彼らの無事を祈り、俺は忙しそうな市長に向き直す。彼は、唇を噛みながら見送っていた。


「市長、こちらもそろそろ動きましょう」

「そうだな……」


 こちらの達成目標は、デモ隊に、クィン・カラに町を乗っ取られない事だ。


 鎮圧方法は、武力であってはならないのが大前提。そのため、今回の場合は、市長に矢面に立ってもらう時が重要だ。

 それに、演説の内容。どうせ何を話してもクーデターを狙う連中は否定するだろうが、市長の言葉で少しでも彼らを納得させ、時間を稼ぐことが大切となる。


 つまり、第一目標は時間稼ぎ、第二目標は鎮静化だ。


 ロニエ嬢が人質に取られているという事は、あえて伏せておく。リルーセが動くのは、あくまで事態の収拾のためだ。そこに人質の事実は関係が無い。表面化させない方が都合がいいのだ。

 デモの連中から何らかの声明が発表されたら、それに柔軟に対応する事。されなければ、演説で時間をかけて鎮静化する事。


 それが、我々とリルーセを守る役人達の決断であった。


 ……だが、何かが抜け落ちている気がする。これで準備は大丈夫か?


 そう疑っていた、矢先だ。


 この室内にも聞こえるほどに、大きな声。


 庁舎の前で、デモの主催者の演説が始まった。



「我々は、常に過酷な労働を強いられていた!」

「「そうだ、そうだ!」」

「なのに市長は、格差を是正せず、あろう事か増税まで行った! その税金の用途は新市街だ! ……私には、新市街の知人もいる。彼らの幸せに加担できるならそれもいいと思った。だがどうだ! その税金の一部が、市長の懐に収まったというではないか!!」

「市長、出てこい!」

「弁解しろ!」

「町を真に大切に思うのは我々だ!」


 窓を少しだけ開き、全員でその声を聴く。

 市長は呆れかえっていた。


「そんなが訳ないだろう……」

「言いたい放題ですな」


 出てきた指導者らしき人物は、根拠のない批判を繰り返す。

 これが喜劇だとしても出来が悪い。


 だが、簡単に違うとも言えない。相手の数が多すぎて逆効果なのだ。

 今、市長がのこのこと顔を出すと、糾弾されて終わりだろう。

 というか、誰が出てもダメだ。


「参ったな、先手を打たれた。こうなると時間稼ぎも難しいですね」

「原稿はもうできているのか?」

「一応は。ですが、相手の声明は市長を辞めろという事ですよ? 何を言っても跳ね返されますが……」

「……だが、行くしかなかろう。我々は時間を稼ぐことが最優先だ。可能な限り、ゆっくりと話す」

「市長、辛い仕事をお任せしますが……」

「いいさ、グロッソ君。君の所が娘を助けに行ってくれたから、私も快く職務を全うできるのだ。これが最後の仕事だ、格好良く行くさ」


 市長は微笑んでいた。

 既に娘を心配する父親の顔ではなく、町を守る男の顔だ。

 俺の周りは、できた人間ばかりのようだ。


「お気を付けて」

「あぁ、では皆、後ろを頼んだ」


 市長の背中を見送ろうとした、その時だ――。


 大きな声で、演説に演説を被せようとする女が、デモの主催者に詰め寄っていた。


「そうなんですよ皆さん! 今度は私の話も聞いてください!」


 突如、メイシィの空気を読まない演説が始まった。


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