12 不穏な問題の源泉
「待っていたよグロッソ君。かけてくれたまえ」
「失礼いたします、市長」
俺は一人、市長の元へと報告に来ていた。貧富の格差に関する調査結果、その最終確認のためだ。
黒エルフ事件から今日で3日。我々の手配書は既に配布済みで、警戒も強化された。町は普段のリルーセに戻っている。
これでひと段落だ。俺たち特務調査隊も、この報告を最後に王都へと帰還する手筈になっていた。
「あの酒場の店主が、市長にお礼をと申しておりました。これは手土産にと」
「酒か。私は君の進言を請けただけだがね。折角だ、2人で頂くとしよう」
「ぜひ、ご一緒させて頂きます」
持参した葡萄酒を、2人で開ける。
本来は酒を飲みながらの確認はもっての外だが、この市長は寛容だ。一杯味わい、結果の報告を始める。
「……王都の財務官の元には町の所得情報は収集されておりましたので、我々はその実態調査のために聞き取りを進めました」
「それで、どうだった?」
「結論から言いますと、貧富の格差は存在しません。非常に均一な、むしろ中所得者層の厚い素晴らしい町です。特に、消費の項目は事前情報よりも高い水準で上回っておりました」
中流層が厚い市町村は、格差が小さい事を意味している。これはまちづくりの最終目標でもある。リルーセはその水準を既に達成していた。
「……続けてくれ」
「我々は崖下、新市街、旧市街と聞き取りを進めました。新市街、旧市街も確かに景気は良いのです。ですが、それ以上に盛んなのは崖下に勤める製造業を中心とした労働者。彼らは酒場で散財し、新市街で物品を買い漁り、この町の景気を底上げしています。製造業が中所得層に成り代わりつつあるのです。これには驚きました」
つまり、我が隊の出した結論はこの町には何の問題も無いという事。
全く。一体どこから出た噂なのか。
具体的な数字も資料と共に読み上げ、市長から資料の報告許可を得た。
だが、市長は難しい表情のまま葡萄酒を継ぎ足していた。
「……分かっておったのだ。我が町は景気が良い。お前のところの隊長が来た時は、耳を疑ったぞ」
「あの時は大変失礼を。……ボーレン隊長は、武闘派でして」
「存じ上げておる。仮にも、黒エルフと渡り合った英雄だ」
本来、軍を掲げて人海戦術で押しつぶすのが黒エルフ。隊長は、それを強烈な精霊術によって一人で倒してしまった過去がある。
市長は話を続ける。
「……どうも景気が良すぎるのだ、我が町は」
「それが何か問題でも?」
「あぁ。……その好景気の源泉が掴めていない。なぜか金と労働人口が膨大に増えている。彼らはどこで噂を聞きつけたのか、次々と我が町にやって来ておる」
「……工場の増産や新設の話は?」
「無い。あれば、税務官の耳に届く。公共投資も無い」
「それは……なんとも不気味ですね」
そうは言いつつも、実はこの手の件ではよくある話だ。そして、市が実態を把握できていないのは良からぬ場合が多い。大体は犯罪が絡んでいたり、痕跡を辿れないような見えない何かが動いている、という事だ。
「……そのため、我々は麻薬か闇銀行と見て調査をしていた」
「なるほど、それで検問が強化されていた訳ですか」
「その通りだ。黒エルフが侵入した時点で、強化されていないがな」
「はは……あれは誰にも予想できませんよ。それで、結果は?」
「はずれだ。我が町にそんなものは存在しなかった」
「……ますます、不気味ですね」
謎の資金の流入。引っ掛かるな…。
市長の話が事実ならば、今回の調査隊の結果と繋がっているだろう。
ではその源泉は?
リルーセは製造業主体、仕入れて加工し売る技術者の町。
そこで隠れて商売しなければならない、需要が高いもの。
情報、麻薬、薬、金、武器、人間……。
武器――そうか、そういう事か。
特務調査隊では、王命で更に2つの調査結果をまとめていた。
これは密命ではあるが緊急事態だ。その依頼内容を、市長に伝える事にした。
「市長、一つ思い当たる節があります」
水面下でこの国に侵入している、内戦中の国家。
クィン・カラ共和国。
「……内戦中の彼らは、自国で武器を必要としているのです」
「何だと……!!」
我がプロヴァンス国では、他国への武器の売買は基本的に禁止されている。密輸など、もっての外だ。それがこのリルーセで行われている可能性がある。
「すぐに各工場長を呼び出せ!」
「はっ!」
市長は従者に命令し、机に肘をついて頭を抱えた。
「……グロッソ君、殿下はこの事実をご存じだったのか?」
「どうでしょうね。情報屋からの噂の真相を確かめる、それ以外に言われた任務では無いので、何も掴んでいなかったと思いますが」
「では、我々が情報の最前線か……」
「恐らく」
大きなため息が出る。
我が隊は、明日の早朝に帰還となる。王都の外交にも影響するこの状況を、一市長に任せてよいものか。
……彼には、荷が重いだろう。
「市長、隊長も交えてここで会議を行っても?」
「……すまぬ、ご助力頂けるか」
「流石にこれを放って帰還すると、我が隊は糾弾を受けますよ」
乾いた笑みしか出ないが、間違いない。ここで会議することにより、隊長の一存で滞在延長を決定し、火種を消火する。市長からの追加指令と判断する。
「しかし、武器はどこで作り、どうやって外へと流れているのか…」
「検問の追加人員で、外部の人間や身元がはっきりしない人物はいたのですか?」
「いない。当然ながら全員リルーセ育ちの住人だ。だが……そうか。そうなると疑わしいのは……」
「水門。リルーセ川ですか」
「あぁ……」
川の下流、ちょうど橋の下には水門が存在する。
この水門は人が通過できない程度の幅で、鉄格子が通っている。魚や小石、そして――恐らく、銃器も通過できる。水門は常に閉じたままのため、日中に警備する必要は無い。
そうして崖下で製造された銃は深夜、水門を潜って町から外へと出る、と。
「このリルーセらしい無い抜け道ですね」
「全く迂闊であった。至急、水門に警備員を立たせよう」
「あとはどの工場で製造されていたか。ひとまず、私は戻って隊長を呼んで参り……」
「市長、緊急事態です!!」
俺が立ち上がったその時、先程出ていった従者が慌てて戻って来た。
「何があった?」
「崖下の労働者たちが、クーデターを起こそうとこちらに向かっています! それに、市長のご息女の……ロニエ様が族に誘拐されたとの知らせが!!」
市長の右手に持っていたグラスが落ち、音を立てて砕け散る。
この状況で、更に2つの事態。
見えない何かが、動き出していた。