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11 崖の街の代理戦争


「ナイフ、えぇと、食器、それから……」


 私は部屋にこもり、道具の調整と今後の事を考えていた。


 特に地理は重要だ。王都に向かえば向かうほど、隠れ蓑になりそうな森は減る。プロヴァンスは農業大国であり、山は王都の北に岩山。森は南に少しだけ。

 つまり、あの便利な森の精霊が弱まる可能性がある。それは王都の中に入っても同様だ。捕まったら終わりと考える。


 海に面しているため、水の精霊の力は強いかもしれない。王都に着く前に、精霊の力だけは事前に試しておきたい。……あの泡のような弾ける泥水しかでなければ、私も大道芸人にでもなるか。


 そして、王都に着いたら……。


 まずは商業組合で滞在資金を得るため採取した薬草を売却する事。

 図書館に行き、呪いを調べる事。

 美味しい物を食べる事。

 本屋で森の野食本を買う事。

 あと、野営用の天幕も欲しい。


 そんな事を考えていた時だった。


「ん……?」


 何やら、外が騒がしい。普段とは違う喧噪が窓の外から聞こえてくる。


「税金をさげろ!」

「圧政をやめろ!」

「リルーセに真の平等を!」


 外を見ると、声を上げて看板を掲げた多くの人たちが、大通りを占拠しながら新市街の中心へと向かって行進していた。

 あの服装は……酒場で多く見かけた崖下の労働者たちだ。羽振りがよさそうに見えたが、税金が重荷か。


 私は今日、ラガラゴから身分証を貰い、この部屋を出る予定だ。

 彼はここに来れるだろうか。


 丁度、その時だ。


「……おおい、いるかい?」

「あぁ」


 彼の声が聞こえた。

 扉を開けると、服装の崩れたラガラゴが疲れた表情で立っていた。部屋に入れて、椅子に座らせる。


「いやぁ、凄い人混みだった。ちょっと大変な事になっていてね」

「あれは一体何だ?」

「崖下労働者達のストライキ……と言うのは彼らの主張でね。その真相は、情報料をくれたら話してあげるよ」

「おい、特急の追加料金は支払っただろう?」

「へへ、冗談だよ。……あれは、クィン・カラ国の代理戦争が表面化したものでね。カラ派の人間が崖下労働者に化けて、武器の製造をやめさせようとしているのさ」

「代理戦争だと?」

「そう。

 クィン・カラ国がずっと内戦しているのは知っているよね? このリルーセでクィン派が武器を製造して、自国のクィン派に送っているんだよ。カラ派はそれを止めに来たけど、このプロヴァンス国にバレてね。カラ派のリーダーは橋の下に捕まったままだったんだ」

「なるほど、あのクィンとカラか……」


 嘘だ。正直、クィン・カラという国は初めて耳にした。

 私が王だった頃は、人間の国家は100を超えていた。それが頻繁に入れ替わり、生まれては消える。あまり興味も無く、覚えていなかった。


「プロヴァンス国はクィン派なのか?」

「いいや、プロヴァンスは中立だね。そもそもクィン・カラは遠すぎるし、プロヴァンスとの国交も薄いんだ。クィン派が上手にリルーセにもプロヴァンスにもバレず銃器を作っていたってわけ。今回カラ派が表に出てきたことで、市もようやく事態の深刻さに気付いたんじゃないかな。カラ派はストライキを暴徒化させて、政変を狙っているんだ」


 なるほど、だから代理戦争という訳か。

 クィン派とカラ派の争いに、リルーセは巻き込まれたんだな。私も街を荒らしておいて何だが、どこの世界でもままならない事はあるようだ。


「それ、情報屋としては、高く売れたんじゃないか?」

「いやぁ、安かったよ。結構前に売ったんだけど、馬鹿げた事を申すな、と一蹴されてさ。これでも信頼度はある方だと自任していたんだよ? やっぱり、情報って一番高く売れる時期に売らないと駄目だ。だから、今からまた売りに行こうと思うんだけどね、へへ……。

 ……はい、ご依頼の地図と身分証。出身は仮でドロアにしておいたよ」


 ラガラゴから受け取った身分証は、金属の硬貨だ。

 人間達によって、細かい情報が施されている。名前は読めるが、それ以外の情報は読み取れない。一般的な文字ではないようだ。


「名前はフレデ・フィン・マグ。女性、生まれは今から14年前、商人、ドロア、プロヴァンス国。独身、犯罪歴無し、爵位無し、家紋も無し。刻んだ情報はこれだけだよ」

「……私は14歳ではないんだが」

「女性に年齢を訪ねるのは失礼かと思って聞かなかったんだよ。フレデちゃんは、本当は何歳なの?」

「多分……114歳」

「うへぇ、まさに桁違いだったかぁ」


 そう言いつつも、驚いてはいないようだ。

 エルフの寿命は長く、それに若い姿で生き続ける。


「これで僕の仕事は終了だね。リルーセのあの店を拠点にしているから、この町に寄ったら声かけてよ黒森林の草はいくらでも買い取るから」

「あぁ、随分と世話になったな。助かった」

「いえいえ。君の場合、王都へ行くなら南の森を経由しながら街道沿いに行く方が安全かな。あと、王都の商業組合は頭が堅いから、買い取ってくれないかもしれない。その時は、ベランレーベル社のラガラゴの紹介だと言うといいよ」


 ラガラゴは良い人間だ。世話焼きで、必要な情報を教えてくれる。そういう意味では、情報取引には向いていないのかもしれない。


「……何から何まで、すまない」

「へへ、巷じゃ黒エルフなんて言われてるけど、僕にとっては一人の商売相手だからね。恩を売って金に換えるのが僕の仕事さ」


 一人の商売相手か。

 その言葉で、少し救われる。


「何はともあれ、まずはこの町から脱出しないとね」

「そうだな。騒ぎに乗じて、広い場所から飛ぼうと思う。これ以上、飛ぶ時に家を壊すわけにはいかないから」

「その発想が、全く黒エルフじゃないのにねぇ」

「これでも一応、町に気を使ってますよと主張しておきたいのだ」

「へへ、そういうの僕は良いと思うよ。……じゃ、行くね。またどこかで」

「あぁ」


 ラガラゴは忙しそうに去って行った。


 扉が閉まると、部屋には外の騒動の音が蘇る。


 リルーセは壁に囲まれ、崖と川を通すこの町の広い場所は、広場しかなかった。だが、今そこはストライキの人々で溢れかえっている。


 荷物を梱包する。

 ひとまず外に出て、場所を探そう。

 森の精霊で飛ぶ時には、家2軒潰れる範囲に根を張るらしいので、その規模の広い場所が必要だ。そして、目的地は……ラガラゴの言う通り、まずは街道の南の森を目指そう。そこなら、森の精霊の力が多少は戻るかもしれない。


「……よし、行くか」


 僅か数日だったが、随分と長くこの町にいた気がする。

 私の体は、虫と泥水の味が恋しくなっていた。


 さて。


 黒いエルフの真相と悪評は、全て私が解決してやる。


 文字通り大きな荷物を背負い、部屋を出た。


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