表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/90

07 出会いと別れの酒場


 3日間かけて北部遠征を終え、俺と隊長はリルーセの街へと戻って来た。


 当然ながら、警備員たちからの有益な話は無かった。強いて言えば、彼らの生活はいたって普通で、貧富の格差などは感じていないという話だった。


 そんな場所で、隊長はひたすら空回りを続け、満足そうにリルーセへと帰って来た。そして、今は宿で寝ている。こんな事なら、その辺で魔獣でも狩ってこいと指示した方が世の中の為になる。


 俺は隊員たちを誘い、酒場へと鬱憤晴らしにやって来た。

 崖下の酒場はどこも賑わっており、格差などを感じる事は全くない。むしろ、この町は景気が良いように思う。


「いいですか皆さん、冒険には3つの大事な袋があります! まず、玉……モゴモゴ……」


 酒場には若い女までもが来ていた。

 これも、この町の治安が良い証拠だろう。


「よぉしジョバン君、男を見せろ。あの下品な女に声をかけて来い」

「グロッソさん、いくら美人でも品の無い女は嫌ですよ。俺は女性を見た目で選びません、女性は中身が全てです!」

「なんだ、お前は上司に逆らうのか?」

「それはずるいっす!」


 ジョバンの馬鹿野郎は、俺が隊長の世話をしている間も粛々と仕事を進めていた。隊長が絡まなければ、基本的にこの若者は優秀だ。だが、それではいけない。俺の後釜になれるよう、何とか隊長と近づけたい。

 ……でなければ、俺が除隊できないのだ。


「もっとお淑やかというか、静かな女性がいいですね。深層の令嬢とか。図書館の司書みたいな……」

「じゃあ、あの隅で寝ている黒髪のローブの女に声を掛けてみろ。お前の肩書になびくかもしれんぞ?」

「グロッソさん……。まるで俺が誰でもいいみたいに言わないでくださいよ。結婚する女性は、俺が選びます」

「その台詞を、俺じゃなくてあのローブの女に言え」

「そういう事ではないですって!」


 他の隊員たちは笑っていた。

 ジョバンの優秀だが、全然モテないのだ。

 顔も身長も家庭も、全てが一般的な男なのに、だ。


「ジョ・バ・ン! ジョ・バ・ン!」


 隊員達が盛り上げ始めると、酒場にいた男達もこちらに注目しだした。ノリも良いようで、彼らも合の手を入れだす。


「ぐっ……分かりました、真の男というものを見せてやりますよ!」


 ジョバンが灰色のローブの女性の元へ近づき、突然ニッコリと笑って顔を作る。

 笑顔が気持ち悪ぃな…。


 ジョバンは声をかけた。


「……失礼、美しいローブのお嬢様。美味しいお茶をお持ちしました。ジョバンより、愛をこめて」


 ジョバンお前……くっ……それは無いだろう。隊員たちも酒場の連中も、必死で笑いをこらえている。愛をこめてって……くっく……。


 それに相対するローブの女が、ジョバンへと振り向いた。



 ――その瞬間、酒場の喧噪は一瞬で静まり返った。


 全員が、その女の顔を見て固まっている。

 まるで時が止まったかのように…。


 ……灰色のフードを被ったその女は、見たことも無い美少女であった。


 フードから零れ出た長い黒髪に、大きな翠眼、輝くような白い肌。そして、見るもの全てを虜にする桃色の唇。その女の視線は、真っ直ぐにジョバンの方向を向いていた。


「私に、何か用か?」


 その発する声までもが、鈴の音のように美しい。

 ジョバンとその女の会話を、酒場中が聞き入ろうとしていた。


 相対するジョバンはというと…。


「……あ……か……あの……!」


 顔を真っ赤にして、どもっていた。

 ……これは、一発でやられたな。何が、『女性は中身が全てです』だ。


 だが、ここでジョバンを馬鹿にするものはいないだろう。それほどまでに、この美少女は目を引いている。


「……悪いが、愛はいらない。茶は貰おう、ありがとう」


 女はそう言うと、ジョバンに優しく微笑んだ。

 あの笑顔はずるいな。これはジョバン君には重すぎる。


「……ジョバン、戻ってこい」


 聞こえていないのか、ジョバンは固まって動かない。


「おい、ジョバン……」

「――あぁー! あのエルフさんじゃないですか! ドロアであの後、ひどい目に遭ったんですよ! 私の渾身の演説の中ですね、突然酒場の床から大木が生えてきましてね! そこで私は思ったのです。運命とはこの瞬間の……!」


 先程の下品な女が、空気を読まずに声を上げ、演説を続けた。

 誰もその女の演説を真面目に聞こうとはしない。下品な女は、そのまま椅子に立って身振り手振りで話している。


 ……だが、そんなのはどうでもいい。

 酒場にいた俺たちの頭には、彼女が発した恐ろしい言葉が残っていた。


 ――ドロアの、エルフだと?


 ローブの女には、今度は別の意味で視線が集まっていた。

 その女が口を開いた。


「……人違いだろう? 手配書は見たが、私があの顔に見えるか?」


 確かに、手配書の女とは全く違う。

 だが…この町で聞いた情報によると、手配書の顔は虚偽であったそうだ。その話の裏は取れていない。


 ……この場でエルフかどうかが直ぐにわかる方法が、一つだけ存在する。

 俺は立ち上がり、ローブの女に近づいた。


「……失礼、私はこのジョバン君の上司で、グロッソ・リケンスと申します。部下が食事の邪魔をして、大変申し訳ありません」

「いや、構わない。酔っていたのだろう?」

「えぇ、こいつは少し飲み過ぎたようです、注意しておきます」

「……私も少し飲み過ぎたようだ。失礼する」

「お待ち下さい」


 帰ろうとするその女を、俺は引き留めた。

 ……ここで、確かめなければならない。


「――お帰りになる前に、そのフードを取って頂けますか?」



――



 非常にまずい。

 私がフードを取ったら、騒ぎになるに決まっている。


 どうする……森の精霊を呼ぶか?


 私を暴いた女は、その後もずっと一人で喋っている。あいつは一体何なんだ?

 時間を稼げ。考えるんだ。


「……ここは、出会いと別れの酒場だ。私はジョバンや貴方と出会い、そして別れていく……」


 何を言っているんだ私は……。


「このローブは、いい生地でな。柔らかく、しかも撥水効果が高い。防火性能もあって……」

「人生においても、欲望というのは必要なんです! 男性の諸君、海産物ですよ!? そうして海に出た私は……」


 あの女の演説と被る。

 苦しい、この状況は苦しい…。


「……それで、早くフードを取って頂けますか?」


 そう話す、グロッソと名乗るこの男。

 歳は30代だろうか、茶髪の短い髪に、目の下には隈がある。背は低く、ひ弱そうだ。やつれたその顔には、苦労が見て取れる。


 じっと動かずに、私から視線を外そうとしない。完全に警戒されているようだ。酒場の出口までは遠く、この男は私と出口との間に立ち塞がっていた。


 ……無理か。


「お前たちは、私をどうするつもりだ?」

「もし貴女が私が思う存在であるのならば、この場で捕縛します」

「……嫌だと言ったら?」

「全員、武器を取れ!!」


 グロッソがそう叫んだ瞬間、酒場にいた数人が槍のような武器を片手に持ち、私に向けた。あれは……ラガラゴが言っていたこの国の武器、クロスボウと呼ばれるもののようだ。


「……我々も荒事を起こしたくはありません。何もしなければ手を出しません。大人しく付いて来て頂けますか?」


 この男の判断一つで、私はあの武器の餌食になる。

 それでも、譲歩しているつもりなのか……。


 その先に待ち受けるのは、死だろう?

 そんなの、答えは決まっている。



 私はフードを取り、グロッソに微笑んだ。


「断る」


 森の精霊は私の想いに反応し、壁を破って私を崖上へと吹き飛ばした――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ