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06 ボーレンとグロッソ


 リルーセ庁舎、市長執務室。

 懇願する大きな声が、部屋の中に響いていた。


「お待ち下さいリルーセ市長! 我々が来たのはですねぇ……!」

「……もうよい。我々だけでも十分だ。これ以上リルーセを荒らさないでいただけるか?」

「そうはいきません! 犯人は絶対にこの町におるんですぞ!!」

「絶対ではなく、ただの噂だろう? 私の耳にそんな情報は入ってきておらん。あぁ時間だ。すまんが、お引き取り願おう」

「市長、市長! ワシの話を聞いてくだされ!」


 市長室の扉は、強引に閉められた。


 部屋から閉め出された二人のうちの一人、俺の名前はグロッソ・リケンス。プロヴァンス国の特務調査隊の副隊長である。


 プロヴァンス国立大学を主席で卒業し、一応エリートを自負していた。だが最近は、現場に出る度にそれが間違いだったと強く感じている。

 いろんな意味で、仕事が上手く運ばないのだ。


「……ボーレンさん、どうします?」


 もう一人締め出された相手、俺の上司のボーレン・フクスは、俺の特務調査隊の隊長である。リルーセに沸いた妙な噂を調べに、俺たちの調査隊はリルーセ市長の元へやってきていた。

 だが、市長には取り入ってもらえず……。


「どうもこうもあるか! ワシらが止めねば、誰が止めるのだ! むむむ……!」


 顔を赤くしたボーレン隊長は、これでも国で優秀な調査員だ。警備員からの栄転で、特に捕縛能力は随一であった。

 だが、いかんせん知恵が回らない。今回のように言葉足らずで空回りすることも多く、隊の部下達も常に頭を悩ませていた。


「……ボーレンさん、明日現地に行ってみます? 調整弁の警備員なら、我々の話を聞いてくれるかもしれません」

「むむ! グロッソ、今から行くぞ!」

「ちょ……えぇ!? 明日ですよ!? もう夜ですから、警備員寝てますって!」

「馬鹿もん! 警備員が寝るわけが無かろう! ワシに付いて来い!」


 ボーレン隊長が行ってしまった。

 良かれと思って発言した結果がこれだ。

 他の隊員達は、俺から目を逸らしている。俺が追うのか?


「グロッソさん、俺の母が急に亡くなったみたいで……」

「お前の母は何回死んだんだ?」

「俺は父が……」

「……全員宿に戻っていい。明日は市長の身辺から探るから、早めに休んでおけ」

「「了解しました!」」


 隊員達はそそくさと宿に向かっていった。


 早く隊長を追わなければ……。

 きっと、調整弁の警備員は話を聞いてくれず、こじれているはずだ。しかし、ボーレン隊長はいつも予想外の行動を起こす。


「ボ、ボーレンさん、そっちは崖です! 逆ですよ逆!」

「遅いぞグロッソ!! ワシは迷子じゃ、がっはっは!」


 迷子の何が面白いんだ、勘弁してくれ……。


「俺も迷子ですから、もう明日にしましょう。道が分かりませんからね、はっはっは!」

「何が面白いんじゃ! 早く来い!!」


 ……これだ。胃薬が足りるのか不安だ。


 結局、この後ボーレン隊長が道端で突然寝てしまい、聞き取り調査は中止とした。まるで動物だ。いや、むしろ会話が通じない分動物の方がましだ。



 そして翌朝、隊長が起きる前に隊員たちを宿の会議室に集めて会議を始める。


「全員いるな、では会議を始める」

「グロッソさん、隊長がいませんが……」

「よし、お前が起こして来い」

「ははは……。さぁ、早く会議を始めましょう」


 隊長の寝起きは最悪だ。


「特務調査隊の表向きの調査は、知っての通り、このリルーセの貧富の格差である」


 俺たちはプロヴァンス国の財政官からの依頼で、この国で最も格差の大きいこの町を調査するためにやってきた。

 ……だが、それは表向きの話。


「というのは、まぁついでだ。ここにそれよりも重要な2通の指令書がある。両方とも第二王子様の秘書室からだ」

「で、殿下が!?」


 この2通の指令書は、部下たちには今初めて見せた。

 先に言ってしまうと、話がこじれるためである。

 主に今、寝ているヒゲの爺さんだ。

 俺個人の目標としては、この依頼書をボーレン隊長に隠しながら、3つの依頼を全て達成する事である。


「そうだ。これは、ボーレン隊長も知らない。隊長に報告する名誉を君達に与えてやりたいが、我こそはという者はいるか?」

「「いません!」」

「よし。では、この2通の依頼書は内密に進めるものとする」


 我が特務調査隊は、隊長を含めて6人しかいない。我々5人は雑務をこなし、隊長には肉体労働をやって頂く。それが役割分担である。


「まぁつまり、財務官からの注文を踏まえると、合計3つの依頼がここにあるわけだ。財務官の依頼をこなす傍ら、残りの2つを並行して進める事になるだろう」

「グロッソさん、貧富の格差の調査って具体的にはどうすりゃいいんですか?」

「……市長に聞き取りができれば、サクッと終わるはずだった。だが、どうもあの市長、何か隠している気がしてな。ちゃんと答えてくれたとしても、その内容の信憑性は低いだろう。なので、実地での聞き取り調査で進めようと考えている」


 崖下と崖上の労働者それぞれに、労働状況や所得、消費動向を聞き取る。双方から何十件かの話を聞き出せれば、統計的な数字として財務官に報告してもいいだろう。


「そういえば昨日、隊長が市長に『犯人はこの町にいる』みたいに言ってたんですが、それは?」

「貧富の格差を起こした真犯人がいるぞ、と俺が隊長に吹聴したからだ。まさか、市長に対してそれを聞くとは思ってもみなかった」

「流石は隊長だ……。この聞き取り調査も隊長にやらせるのですか?」

「そんな訳がない。隊長には当然、遠くに行って頂く。リルーセ川の上流に調整池があってな。そこの警備員に聞き取りしてもらう予定だ。徒歩で1日かかる距離なので、誰かに付き添いをお願いしたいんだが……」


 そう言った途端、全員が目を逸らした。

 馬鹿め……。俺が行くとでも思っていたか。


「……よし、目を逸らすのが遅かったジョバン君。君に決定」

「嘘でしょう!? 俺、死んじゃいますよ!!」


 ジョバンはこの隊で一番若い男だ。彼ならやれる。

 ゴネられる前に次の話題に移ろう。


「では、俺を含む4人で残りの依頼書を進めよう。ジョバン君は隊長を起こして、早速北へと向かってくれ」


 ジョバン君は絶望的な顔でこちらを見ている。そんなに嫌か。


「王子様からの依頼書について説明する。まず1つ目は、他国の侵略についての調査だ。クィン・カラ共和国の人間が、ここリルーセに潜伏しているようだ」

「……クィン・カラって、かなり遠方ですよね。それに、確か今は内戦中では?」

「そうだな」


 クィン・カラ共和国。

 グリエッド大陸の北東部の民主主義国家だ。プロヴァンスは西端なので、真逆に位置している。元々クィン国とカラ国で別れていたが、共同政府が立ち上がり、まとめてクィン・カラ共和国となった。

 その内戦の構図は、非常に分かりやすい。

 クィン派とカラ派が、利権を求めて政治家が争っているのだ。

 周辺国はその火種を利用し、武器を流しては金儲けをする。そんな扱いの悲惨な国による水面下での侵略の噂が、情報屋から流れてきたのだ。


「潜伏の話は、どこから?」

「……それを調べるのが、俺たちの仕事だ」


 口元を上げて少しだけ微笑む。

 『俺たちの仕事だ』と言うと、皆の気合が入るのだ。

 だが、ジョバン君の顔だけは死んだままである。

 さっさと隊長の元へと向かってほしい。


「2つ目は、ドロアの町に出現した黒エルフについてだ。これについては、流石に噂を聞いているだろう?」

「何か、肉屋のおばちゃんみたいな顔のエルフですよね」

「そうだ。この顔をよーく覚えておけ」


 特徴の書いてある肖像画を各人に渡す。

 黒髪に長い耳、小太りで、40代後半のにこやかなおばさん。

 肉も値引きしてくれそうな笑顔だ。


「他の黒エルフとは違い、こいつは人を襲わないらしい。秘書官によれば、会話もできるそうだ。王子様は黒エルフの親玉だと疑っている」

「……そ、そんな恐ろしい奴がこの町にいるんですか?」

「いや、多分いないだろう。ドロアを出て、森へと帰って行ったそうだ。俺たちの仕事は、その辺の情報を知っているドロアの人間を探して聞き取りする事だな」

「なるほど……。じゃあ、どっちの依頼も聞き取り調査っすね」

「そういう事になる」


 そういうと、隊員たちは安堵の表情になる。

 俺だって、黒エルフなんかに構いたくはない。

 隊長だけで一杯一杯だ。


 ……そして、この黒エルフの依頼だけは絶対に隊長に見せるわけにはいかない。

 隊長は黒エルフに対して因縁がある。本当に、厄介な仕事ばかりだ。


「よし、では別れて調査といこう。先に俺は……」


 ――その時だった。


 ドタドタドタ!!


 ……奴が階段から降りてくる音だ。来るな……来るな……!!


 勢いよく、扉が開く。


「おうグロッソ! 早く来ぉい!!」

「おはようございます、ボーレンさん。朝食は食べましたか?」

「いらん! 付いて来い!!」

「っちょ……! ボーレンさん、俺じゃないですって! ボーレンさん!!」


 俺よりも一回り以上も大きな隊長は、俺の腰を簡単に掴み上げ、扉を蹴り開けた。


「軽いのう、がっはっは! 北に行くんじゃあ!!」


 最悪だ、このまま行く気か!


 隊員たちを見ると、絶望の表情だったジョバン君は、満面の笑みに変わっていた。


 こいつ、覚えておけよ……。


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