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05 お買物日和


 翌朝。


 部屋からリルーセ渓谷を眺めながら、優雅に朝食のパンを頂く。

 昨日も思ったが、確かにパンは美味い。パン自体に甘さを感じる。腹が膨れていても、何故か手が止まらないのだ。


 窓の外に見えるやや霧掛かったリルーセアーチは、早朝にも関わらず荷馬車の往来で大混雑であった。

 野営も好きだが、この雑多な雰囲気も中々良いものだ。虫も泥水も飲めないけど、この町に住みたいとさえ思ってきた。


 ラガラゴからの連絡はまだ先だろう。時間にも資金にも余裕がある。

 先にやるべき事を済ませるか。


「まずは市場だな」


 商店街は、この新市街の中心地にあるようだ。日が真上に昇る頃には、この町で最も人が集まるらしい。となると、人が少ないうちに買い物を済ませておきたい。


 ふふふ、欲しい物は沢山あるのだ。

 気分の高まりを感じながら、朝のリルーセへと繰り出した。


 外は冷える。

 渓谷のせいかなのか、リルーセは風が強い。森では薄い風の精霊の力が、この町では強く感じる。


 コートの襟を握る。

 寒さにも強いこの血塗れのコートは、マグドレーナ国で長い間付き合ってきた思い出の品だ。新たな服を買うにしても、これを捨てる気はまだ無い。


 リルーセの道路を行き交う人は、老若男女様々である。中には、学生と思しき子供たちの集団もあった。町の治安はかなり良いようだ。


 こうして無意識に町の仕組みを探ってしまうのは、白森王時代の性なのか。統治がどうだ、治安がどうだなんて、今やもう意味の無い事。


 ――まさか、こんな形で外の世界を学ぶとは想像も出来なかったな。


 生まれ変わったら次こそは愚かな王にはならない。そう思いつつも、目に映る人々の営みに私はただただ興奮していた。


 市場に近づくと、わらわらと人が増えてきた。同時に喧噪も大きくなる。金音や客引き、値引き交渉。今聞こえているのは、肉の競売所からの競りの声だ。


 リルーセの新市街は、市場と高級商店街が綺麗に分かれていた。渓谷側に市場があり、卸売市場や競売所、倉庫が集積していた。町人の食事処はこちらだろう。


 それが、市場を抜けると一変する。

 地面には綺麗な石畳が突然現れ、街灯が並ぶ。人々はドレスのような服装で、従者付きの馬車が走る。そこに市場の独特の香りは漂ってこない。


 ……血塗れの私が居ていい場所ではないだろう。

 くりると踵を返し、市場へと戻る。


 さて。


 今欲しい物は、フード付きの新しいコート、手袋、靴、食器、天幕、新しい背負い袋、それに武器や防具。荷が多くなると移動が面倒になるが、その辺が解決できる小道具も欲しい。何でも入る精霊の袋、なんてものが存在すればいいのだが。


 人間の町で、精霊術を日常的に使う姿はいまだに見た事がなかった。ドロアで見たのは、狩りで使用するための火の精霊程度だろうか。精霊はこれだけ身近に存在するのに、不思議なものだ。亜人の精霊であれば、作れるのかもしれない。


 ふと視界に映った、大きな服屋の扉を開ける。どうやら、服、帽子、靴、鞄、雑貨を取り扱う店のようだ。店の中はかなり広く、客がまばらに商品を見ている。


「……いらっしゃい」


 店番はつまらなそうに私を一瞥し、手作業に戻った。

 ……こう見えても、今は金はある。その女性に、銀貨を3枚ちらつかせて微笑んで見せた。


「!? いらっしゃいませ! 何をお探しでしょうか?」

「え、あぁ。……すまない、自分で探す」

「そうですか! 何かありましたら、すぐお呼び下さい!」


 気圧された。


 気を取り直して、店内を散策する。

 フード付きのコートは種類が豊富であった。だが、どれも大きく、私の低い身長に合うものは2点だけ。薄い生地の黒いコートと、軽くて丈夫だが値が張る灰色のコート。


 ……後者だな。荷物は軽さが正義。


 コートを手に取り、その流れで手袋と靴を揃えていく。ぶっきらぼうだった店番は、うきうきと会計を済ませていた。


「この辺で食器や旅の道具を扱う店はあるか? できれば、狩猟用のものも見たいんだが」

「そうですねぇ……。そこの十字路を左に曲がって真っ直ぐ行ったところに、お花屋さんがあります。その向かいが、ベランレーべル雑貨店という旅の道具を扱う店です。武器は無いかもしれませんが、狩猟の小道具とかならあるはずですよ!」

「べランレーベル雑貨店だな。覚えた、ありがとう」

「いえいえ、またのお越しをー!」


 店を出て、買ったばかりのコートを着た。

 ふふ……新しい服を着る時は、何歳になっても気分が高まるな。

 うきうきしながら、次の店へと向かう。


 私は、久しぶりに楽しんでいた。


「いらっしゃいませ」


 ベランレーベル雑貨店には、商人の風貌をした客が多く見受けられた。

 ここで必要な物は、小さく梱包できる食器、折りたためる刃物。

 それに……あれは天幕だ!


 だが、値段はかなり高いな。どれも銀貨50枚は超えている。銀貨8枚がこの辺の一般的な給料というのだから、50枚は高級品だ。ただの布切れを加工しただけなのに、なぜこんなに値段が高くなるのか。

 いっそ、自作して商売できないかな……。


「――お嬢様、何かお探しでしょうか?」


 どこかで聞き覚えのあるその声。

 振り向くと、ラガラゴがいた。ここの定員達と同じ服装をしている。


「店員、この天幕は高過ぎじゃないか?」

「こちらは軽くて丈夫な魔獣の生地と骨を使っておりましてね。まぁ旅の道具は、軽ければ高いと思って下さい」

「理解はできるが、庶民では手が届かないぞ」

「これは金持ちの旅人向けですよ」


 なるほど、それならば納得できる。


 というかこの男、情報屋では無かったのか。

 だがまぁ、ラガラゴが店員であるならば話は早い。


「軽くて丈夫な背負い袋と、旅の小道具が見たい。お友達価格で頼む」

「はっはっは、お友達価格なんてご冗談を。お客様の予算で買えるものをご準備しますので、しばしお待ちを」


 そういうと、ラガラゴはすれ違いざまに小声で話し出した。


「身分証は5日後、出来上がったら宿に届けるから、それまで宿で大人しくしていてね?」

「……おい、私は子供か?」

「そういう話じゃない、見つかるとまずいのは自覚してよ……」

「むぅ……」


 あの手配書の肖像画で、私が特定できるとは思えないんだがな。


 暫く待つと、別の店員が道具一式を持ってやって来た。私の懐事情と欲しい物を事前に知っていたラガラゴの選んだ物達は、どれも良いものであった。


「この背負い袋が銀貨5枚、他は合わせて青銅貨6枚となります」

「高いな」

「これでも、お友達価格だそうですが……」


 渋々金を払い、新しい道具を持って外に出た。

 両手には大荷物だ。


 宿に戻って整理しようと考えていた、その時だった。

 すれ違った、身なりの良い男達の会話だ。


 ――エルフである私は、耳が良い。


「本当に見たのか? 詳しく聞かせてくれ」

「あぁ、つってもこの手配書、本物の黒エルフと全然違うぞ?」

「おい、それは本当か? ちょっと場所を変えるぞ……」


 ……息を飲む。


 身分証が出来上がるまで、あと5日。


 ラガラゴの警戒は、間違っていなかった。


――


「沢山買ってしまった」


 宿の部屋で、購入したものを並べた。


 買ったばかりの物は、手に取るだけで嬉しい。


 早速、新しく購入した大きな背負い袋の中に、荷を全て入れてみた。かなり余裕はあるが、ここに薬草や食料を詰め込む事を考えると、これ以上は増やしたくない。古いローブは背負い袋の下に括り付け、ナイフは腰に装着する。

 背負ったままでも、何とか戦えそうだ。


 背負い袋を装備した。

 窓に反射した私の見た目は、どう見ても人間の子供の旅人だ。

 身長の低さはどうしようもない。それでも旅装が素敵で、それを装備している自分が好きになりそうだった。

 ……嬉しいな。自然とにやけてしまう。


 残りの資金は銀貨1枚と少し。すぐに食費で消えるだろう。

 そのうち、どこかで金を稼ぐ為に採取しなければならない。オリヴィエ草が無ければ、毒虫も泥水も食せないのだ。


「……ぐぅ~」


 虫の事を考えていたら、腹が鳴った。買物をしていたので昼食を抜いたんだ。残金は心もとないが、夜は豪勢に肉がいい。


 リルーセの町は夕焼けに色づき始めいていた。

 荷物を下ろし、早めの夕飯へと繰り出した。



 ――その判断が浅はかだったのだ。警戒の信号は出ていたのに。


 その行動が、リルーセでの私の運命を変えた。


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