00 現在 目指せ豪華な野営生活
大陸を覆うまでに広がった黒森林。
そこに夜の静けさは無く、虫の大合唱が響いていた。
本日の夕飯は、笹の葉で蒸したニガ虫と薬草のサラダだ。
ニガ虫という名前ではあるが、実にクリーミーで美味しい。もちろん毒があるが、薬草で中和される。刺激的で食べ合わせも最高だ。
「……うまい」
森の恵みに感謝する。今日も生き延びることが出来た。
孤独は嫌いではない。だが、この森では常に死と隣り合わせにある。そんな状況に置かれていても、この逃避行とも旅人とも言える自分の立場は、今ではかなり気に入っていた。
もっと野営道具を揃えたい。そんな事を夢見ながら、虫よけの薬草を焚き、藁床で眠りについた。
そこに夜の静けさは無く、焚火の煙が黒森林の星空へと立ち上っていた。
――――
「名前はムーシさん。職業は薬草取り。それで、身分証は無いと?」
「あぁ」
「……申し訳ありませんが、身分証が無い方からの買い取りはできかねます。何か、仮の住民登録証などでもいいのですが」
「私は旅商人なんだ。住居も無い」
「そうですか、申し訳ありませんが……」
私を見下ろしたその表情は、全然申し訳なさそうでは無かった。
それもそうだろう。
私は身分も無く、ボロボロのフードを被った怪しい風貌だ。フードの耳の辺りも尖っているから、エルフだとバレているのかもしれない。
「……分かった。また来る」
そう伝えて、踵を返した時だった。
「おい嬢ちゃん、その薬草ちょっと見せてみろ」
声の方へ振り向くと、まるで商人に見えない風貌の大男がこちらを見ていた。
「あんた、訳アリだろう? 俺は気にしないぜ。質次第ではその薬草を買い取ってもいい」
「質はいいぞ、私が常飲しているからな」
「毒消しをか? がっはっは、嬢ちゃんどんな生活してるんだ!」
大男に薬草を渡した。
この薬草はオリヴィエ草と呼ばれる薬草だ。傷や病を癒す力は無いが、生きている毒を完全に中和する即効性を持った特殊な草である。
「確かに中々の上物だ。ギルドの受付も商人の癖に見る目がねぇな」
「私は見た目が怪しいからな。当然の反応だろう」
「そう思うなら、ちっとは見た目を整えるんだな。……よし、これは全部買い取ろう。適正価格とはいかねぇが、そこは憂慮してくれ」
「助かる、ありがとう」
これで久しぶりにパンが食べれる。
そう思った矢先、ぐぅーと腹の虫が鳴った。
「腹も喜んでるじゃねぇか、がっはっは! そこの道を右に曲がったところに、この町の名物を出す美味い酒場があるぜ」
「……行かせて頂こう」
情けない事に、腹の虫はぐぅぐぅと鳴りやまない。
名物って何だろう。楽しみだ。
大男に教えられたその酒場は大通りのすぐ近くにあった。
カウンターへと座る。
「いらっしゃい、何を飲むかね?」
「暖かいお茶とパンと……あと、この町の名物が食べたい」
「め、名物だって! あんた正気か!?」
配膳係のその声に、酒場の人間が注目した。……名物ってまずいのか?
「正気だ。出してくれ」
「わ、分かった……残すんじゃないよ?」
「あぁ」
そう言って暫くした後、出てきたのはニガ虫のソテーだった。
昨日の夕飯と同じだ。
私は項垂れた。
がっかりだ。
「……あんたみたいな可愛い娘が、虫なんて食うもんじゃないよ」
「いや、実は大好物なんだ。昨日も食べた」
「そ、そうかい……」
独特の香りのするそれを、口に運ぶ。
…これ、ソテーでも美味しいな。
毒抜きも完璧で、虫汁が溢れ出て最高だ。
周りの人間達は、そんな私を目を伏せつつもチラチラと見ていた。
これ、滅茶苦茶美味しいのに。
お茶を飲み、今後の予定を考える。
私はエルフ。それも、禁忌と呼ばれた黒髪だ。
黒髪のエルフは、黒森林の森化を引き寄せる存在とされていた。
人間の町でもエルフの村でも、私は正体を明かすことはできない。
だが、今のように耳さえ隠せば生活はできるだろう。
住居は黒森林が最も都合がいい。
黒森林は魔獣も多く、森化もあるため人間達が滅多に近づかないからだ。
それに何よりも、食料も豊富である。
だが、いかんせん生活道具が足りない。
大きめの背負い袋に調理道具、それに行商道具。
燻製機に裁縫道具、あとは……ふふ。
「あんた、嬉しそうだね。そんなに美味しかったかい?」
「あぁ、最高だった。ご馳走様」
「随分と変わってるね……」
代金を支払い、店を出た。
私の寿命は長い。
だが、何をするにも……。
――この身に降りかかった呪いを解かなければならないのだ。