第三十七話 釣り
その日は少しだけ、暑さがマシだった。
僕はその日も走っていた。僕がここに居られるのもあと少しだ。夏休みはそんなに長くないし、また本土に戻らなければならない。
「おーい!」
大きな声が聞こえた。振り向くと、桃花が居た。長くなった髪を揺らして、手を振っている。
「やあ、桃花」
僕は答えて、走っていった。
「薫、今暇?」
そう聞く桃花。
「暇では無いよ。トレーニングしてるからね」
僕は言った。
「ふうん。まあそれはどうでもいいんだ。釣りにいくからさ、付き合ってよ」
そういう桃花。
「どうでもよくはないと思うんだけど……」
まあ、桃花に付き合う分にはいいんだけど。
僕達は海へと向かった。船が一隻とまっている。
「んじゃ行こうか」
そう言ってエンジンをかける桃花。
「はあ……。まあ良いけどさ」
諦める僕。
船は水平線を駆けていく。沖へと出て行った。
何も無い海。桃花は釣り糸を垂らした。
僕も予備の竿で準備する。まあ、大したものが釣れるとは思えないけど。
「薫も大きくなったよね。前は私よりずっとちっちゃかったのにさ」
そういう桃花。
「いつの事だよ? まあ、僕もそんなに大きいわけじゃないと思うけどね」
僕はそう言った。
時間が流れる。釣れそうにはない。
「例のゲームで、賞金取ったら薫、どうするの?」
そう聞く桃花。
「うーん、まあ貯金かな」
そういう僕。
「えー、つまんない。夢が無いじゃん」
そういう桃花。
「桃花はどうするの?」
僕はそう聞いた。
「当然、美味しい物でも食べるよ。弟たちも一緒にね」
そういう桃花。
「あはは、良いね、それ」
僕は笑った。
時間が流れる。やっぱり、釣れそうにはない。桃花も飽きてきたようだ。
「ふわあ、もう帰ろうか……」
そういう桃花。
「それで良いと思うけど。訓練しないと……」
そういう僕。
「もっと強くなりたいの? 薫」
そう聞く桃花。
「うん」
僕はそう言った。
「どうして?」
そう聞いてくる桃花。
「んー、どうしてかな。でも、僕もできるだけ強くなりたいとは思っているさ。それで有名になりたいとか、そういうのじゃなくて、純粋にね」
僕はそう言った。
「そういうものか。薫は偉いな……」
そういう桃花。
「偉くなんて無いよ。僕のわがままさ。でも、途中で諦めたくはないんだ」
そういう僕。
「そっか」
桃花は、笑った。
「頑張ってね」
そう言ってくれた。
「うん」
僕はそう答えた。




