美醜逆転の世界で、最凶王女は不憫な騎士団を愛でる
神の意思により造られた神の箱庭と呼ばれ他国にまで影響を与える神聖国。
そこでは頂点に神を頂き、その下に神の子、更に下に王族、貴族、民と位置付けしている。
さて、神の子という妙な名称が出てきたのだが、コレは何百年かに一人神聖国の王族に産まれてくるという子供を指す呼び名だ。
神の子は特別な才と奇抜な思考、深い知識を持ち、この世界に恩恵を与え、極めつけは神と瓜二つの容姿を持つ……らしい。
神聖国だの神の箱庭だのと大層な名で呼ばれてはいるが、誰も神に会ったことはないし、神託を受けたわけでもなく、勝手な想像や妄想の産物なのだからもし神が本当に存在していたとしたら、直ぐに土下座で謝罪案件だろう。
そもそも、神の子が持つ特別なものは、全て前世の知識なのだからそんなに凄いことではない。寧ろ不明確な知識を形にし、きちんと機能させているこの世界の人間のほうが凄い。
神聖国の第二王女として生を受け、齢二歳で神の子認定を受けた私だからこそ断言できる。神の子なんて色々な意味でただの普通の人間だ。
「第二王女殿下、どちらへ?」
「父上のところよ」
父上から急に呼び出され執務室へ向かっている途中、すれ違う侍女達から頻りに話し掛けられては軽く手を挙げにこやかに答えていく。
背後からは「麗しい」「お美しい」「絶世の美女」だのと賛美の声が聞こえてくるが、ソレに喜ぶことはなく、寧ろ眉間に皺がどんどん寄っていってしまう。
確かに、歩く度にカチャカチャと音が鳴る真っ白な鎧ドレスはとても美しい。若干スカート丈が短い気もするが、長いと戦闘中物凄く邪魔だから仕方がないと諦めている。
それと、私の真っ直ぐな白銀の長い髪は密かな自慢だ。コレに関してはどう褒めてもらっても嬉しいし、同意を示すように頷いてしまう。だって、自慢だし。
けれど、どうしても容姿に関しては納得がいかない。
前世の記憶を持っているから尚更なのだが、私の容姿は崩れてはいないが、整っているわけではなく、良くも悪くもない……特徴のない顔。
何処にでも居ると言いたいところだが、この国、いや……この世界にある国を全て探しても存在しないだろう。
「父上にユラファが来たと伝えて」
通路の先には豪華さと気品を兼ね備えた両開きの扉がある。我が国の国花である白い花がデザインされたステンドグラスのドアはいつ見ても惚れ惚れする代物だ。
扉の左右には父上の専属護衛である騎士が立ち、彼等は私に気付くと薄っすらと頬を染めながら上官である私に敬礼をする。
騎士にしては若干鈍い動きに苦笑していると、護衛騎士が扉を数回ノックしたのち私の訪問を告げ、室内から了承の声が聞こえると同時に扉が開かれた。
本来であれば神の子である私が王の返事を待つ必要はない。私に関しては全てが許されているのだから。
けれど、小心者な私がそんな横柄な態度を取れるわけもなく、父上にはいつも笑われてしまう。
部屋の奥には机に向かって書類仕事をしている父上の姿が。
私が執務机の前に立つと、ゆっくりと顔を上げた父上が頬を緩め動かしていた手を止めてペンを置いた。
「ユラファ。呼び出してすまないね」
「いいえ」
にこにこと可愛らしく笑う父上に首を横に振って見せる。
あぁ、和むなぁ……と互いに笑顔で暫く見つめ合っていたのだが……。
「王女のくせに鎧など身に着けて……。しかも、時折フードで顔を隠して歩いていると聞いたわ。相変わらず気持ちの悪い子ね」
急に罵りだしたのはソファーに座り優雅にお茶を飲んでいた姉上だ。
部屋に居ることは入って来たときに気付いていたが意図的に無視していたのに、かまってちゃんの姉上はソレに我慢ならなかったのだろう。
しかし、第一王女とはいえ王の執務室で一体何をしているのだろうか、この人は。
「何よ、その顔は」
表情に出ていたのか……と頬をペタペタ触ったあと、嫌そうな顔で私を睨む姉上に無害ですよと微笑むも、姉上の顔が更にぐしゃっと歪んだ。
「相変わらず常識のない姉上が、何故、此処に?此処は王である父上の執務室ですよ?仕事をする場所であって、普段姉上が男性を侍らせて悦に入っている茶室ではありません。あ、間違えて来てしまったのですね!えぇ、姉上ですものね。さぁ、出口はあちらですよ。どうぞ」
「……っ、このっ!」
半歩身体をずらし、扉の方へ手を向けてさっさと帰れとアピールする私の顔目掛けてカップが飛んできた。
投げた犯人は、ソファーから立ち上がり真っ赤な顔でぷるぷると震えている姉上だ。
「危ないですよ。怪我でもしたらどうするおつもりですか?」
「あんたみたいな化け物が怪我などするわけがないじゃない!本当に気持ち悪い!」
「……姉上、そろそろ現実を受け止めてくださいね」
手のひらで受け止めたカップの取っ手を指でクルクル回していると、私達姉妹の遣り取りを見ていた父上が「ユラファはとても美しいよ」と笑顔で姉上の地雷を踏んだ。
ぎゅるんと顔だけを父上に向けた姉上の顔は山姥のようになっている。
化け物の姉は化け物なのかもしれない……。
「お父様……!?私のほうが美しいですわ!」
「リアナも綺麗だけれど、ユラファは神の子だからね、特別なのだよ」
父上が私の容姿を褒め、それに対して癇癪を起す姉上。
いつもの光景だからこそ、部屋の隅に控えて居る侍従達は慌てることなく眺めている。
「こ、こんな……っ」
「こんな?」
「こんな、こんな……顔……ううっ」
こんな顔とか実の妹を指差す姉上が勝手にぐぬぬしてソファーに倒れ伏した。
「まったく、姉上は」
手負いの獣は何をしてくるか分からない。
なので、そっと近付き姉上のふわふわの金髪に指を通し優しく頭を撫でてあげた。
触るなと言わんばかりに長い爪が飛んでくるが、邪魔なので空いているほうの手でパシパシ払っておく。
「姉上は可愛らしいと思っていますよ?」
「……そんなお世辞なんていらないわ」
「お世辞ではありませんよ。綺麗だなんて一言も言っていませんので」
「本当に、あんたなんか、大嫌いよ!」
いや、本気で父上も姉上も可愛いと思っているのだけれど。
美味しそうな丸い顔に細い目、低い鼻に肉厚な唇。肥満体型の横に大きい身体は私個人としてはとても癒される。
だが、姉上が好んで着ている身体の線が出るスリットの入ったセクシードレスはいただけない。執務室のカーテンでぐるぐる巻きにしたほうが……と悩んでいれば、何かを察知した姉上がソファーの隅へと逃げていった。
「どちらも綺麗では駄目なのかい?」
「駄目よ!」
父上が姉上に言う「綺麗」という言葉は親の欲目ではなく、お世辞でもない。この世界では父上と姉上のような顔の造りと体型が美形と呼ばれるもので、逆に彫の深い顔立ちに細く引き締まった体型が不細工となる。
そして、私のような全てが普通な者が絶世の美女や美男。コレがこの世界での共通認識だ。
では、何故姉上は私に対して「気持ち悪い」やら「化け物」などと口にするのか。
それは父上が言っていたように、私が神の子であるからだ。
美形やら不細工やらと分けてはいるが、一番の問題は容姿ではなく魔力にある。
魔力は身分関係なく誰もが持っているものなのだが、美形と称される者達は大抵魔力が少なく、不細工と称される者達は膨大な魔力を持つ者が多い。
魔力の差は決して埋まることなく、魔力が少ない者は多い者と対峙すると高圧的なものを感じ、酷く緊張し恐ろしさに身が竦むだけでなく、魔力酔いで吐き気を催す。
コレの所為で魔力の多い者達は嫌悪されがちだ。
因みに、神の子である私の魔力は上限突破のチートで、この世界で最も嫌悪される対象になる筈なのだが、普段は膨大な魔力を体内に留め外に出さないというこれまたチート行為をしているので問題ない。
そんなことが出来るなら皆やれば良いと思うだろうが、これが意外と難しく、今のところ出来るのは私だけだろう。
それでだ、どうして普通の人間に擬態している私を姉上が嫌悪するのかというと、姉上限定で常に微力な魔力を垂れ流しているからだったりする。
別に姉上が嫌いなわけではない。
どちらかというと好きな部類なのに、幼い頃から何かにつけて絡んでくるので鬱陶し……いや、うん。鬱陶しいので一度がっつりとお仕置きしてやった。後悔はない。
それでもめげずに絡んでくる姉上はチャレンジャーで、勇者だ。泣くほど魔力で威圧されたにも関わらず向かってくるのだから、正気の沙汰とは思えない。そんな姉上が可愛い。
ほら、馬鹿な子ほど可愛いと言うし。
ポンポンと姉上の頭を優しく叩き、私達をほんわかと眺めている父上に向き直った。
姉上と遊んでいる場合ではなかった。父上に呼ばれて此処へ来たのだから。
「実は、ユラファにお願いがあるんだ」
害の無さそうな、人の良さそうな父上からのお願い事は碌なものであったためしがない。
どうしよう……回れ右して今直ぐ帰りたい。
「何でしょうか?」
「それがね。フィン国が、ハースト国に手を出してしまったらしくてね」
「……は?すみません、今、何て?」
「フィン国が、ハースト国の民を攫って売買していたようなんだ。それが見つかってね、戦争が始まる」
「それは、ご愁傷様ですね。潔くフィン国は散ってください」
「そうはいかないから困っていてね。フィン国はリアナとユラファのお母様の母国だろう?だから我が国から援軍を送るよう言われてね……」
「可哀想なお母様はそれを聞いて寝込んでしまったのよ!」
「姉上、煩いです」
ガバッと起き上がりキャンキャン喚く姉上の頭を撫でながら、自身の額に手を当てて唸り声を上げる。
フィン国が何だって?ハースト国相手に戦争?嘘でしょ?無理だよ、馬鹿なのかな……馬鹿なんだろうなぁ。
「売買が発覚したあと、フィン国の王は謝罪して攫われた者達を保護したりなどは?」
「していないね……」
「御爺様に対してアレですが、本当にクソみたいな方ですよね」
「そうだね」
「ハースト国は獣人の国ですよ?身体能力は私達のほうが圧倒的に劣っているというのに。自分達が悪だと分かっていて戦争を?」
「困ったね……だから、ユラファにお願いしたんだよ。援軍の指揮を執ってくれるね?」
マジデスカ……!?
※※※※※※※※
どう考えてもフィン国がクソなのに、ソレを助けに行けなんて無茶ぶりをされてから三日後。第一と第二がある騎士団の総指揮団長を任されている私は、我が国のエリート騎士である第一騎士団の訓練場に朝も早くから侍従に連行されていた。
「マジだったか……」
私が来るということは既に周知されていたのか、待って居ましたとばかりにズラリと整列している騎士達をぐるっと見渡し、ガクッと膝から崩れ落ちながら呟いた言葉は側に立つ侍従にしか聞こえていないだろう。
前方から「大丈夫でしょうか!?」と心配してくれる声が聞こえるが、精神的には大丈夫ではない。
「獣人だよ、凄まじく戦闘民族だよ……?」
動物の頭部と人の身体を持つ獣人。
彼等は魔力が無い代わりに超人的な身体能力を持ち、腕力だけで岩を叩きわるほどだ。
それでいて美形のカテゴリーなのだから意味が分からない。
そんなヤバイ国家集団の戦争に割って入るというのに、うちの騎士団ときたら、何処を見てもぽっちゃりばかり。
右にぽっちゃり、左にぽっちゃり。そんなぽっちゃり騎士達の前に一人立っているのが第一騎士団の隊長なのだが……。
彼は今にもはち切れそうな隊服でどうやって剣を振るのだろうか?腕は上がるのか?
「……」
「だ、第二王女殿下……?」
「……うん」
「その、何か、ご不快なことでも……?」
ジーッと騎士団長を上から下まで舐めるように観察していたら後退りされてしまった。
筋肉を探していただけなのに……。
仕方がないと、数度手を叩き皆の視線が私に集中したところで、絶世の美女と名高い第二王女の微笑みを炸裂させた。
「取り敢えず、走ろうか?」
既に彼等には戦争の援軍に向かうという任務が通達されている筈だ。
今こうして整列しているのは本番の作戦について私の意見や指示、具体的な作戦内容を聞くためだっただろうに、ごめんね?
「腕立て、腹筋、訓練場の外壁走り込み、剣の素振りに……」
指を折りながら思いつく限りの訓練を口にし、「あとは……」と目の前の光景を見て言葉を止め、ゆっくりと首を横に振った。
「朝から晩まで兎に角走りなさい。その無駄な脂肪を燃焼しましょう」
以上、解散!と勝手に終わらせ、唖然としている騎士達を置いて訓練場を出た。
果たして、彼等は真面目に走るのだろうか?走ったところであの生まれつきの脂肪は減るのだろうか?
そんなどうでも良いことを考えながら一旦自室へと戻り、鎧ドレスから侍従の服へと衣装をチェンジしてその上からフードを被る。顔がきちんと隠れているか姿見で確認したあとは、そのまま城を出て奥へ奥へと進み森へ出る。
一応城内なのだが、とてもじゃないがそうは見えない景色に感動しながら更に奥、目的地である第二騎士団の訓練場へと向かった。
「こんにちはー」
訓練場の扉を勝手に開き、フードがずれないよう両手で端を掴みながら大きな声で挨拶をした。
――瞬間。
中に居た数十人の視線と魔力が一気に私に集中する。
ただの凡人、又はぽっちゃりさん達なら気絶しているところだろう。
「ユエ……?」
丁度休憩中だったのか、団子になって固まって座っている者達にひらひらと手を振っていれば、その団子の中心から背の高い男性が私のほうへと歩いて来る。
残念ながら顔は見えないが、きっといつものように眉間に皺を寄せているのだろう。
「この時間に来るなんて珍しいな。何かあったのか?」
魔力の所為で城の外れに訓練場が置かれている第二騎士団。その隊長が目の前に立つロシュエだ。汗を拭っていたのか上半身裸のロシュエの引き締まった身体に目が離せない。程よい厚みの胸板からシックスパックという芸術作品に心の中で拍手を送る。
更に、魅力的な容姿まで持っているのに……悲しいことにこの世界では二つとも不細工認定。
ロシュエ隊長だけではない。此処に居るバリエーション豊かな前世で美形と称されている者達が、この世界では不細工だというのだから私の頭の中は大混乱だ。
第二騎士団。別名、地獄の騎士団。
彼等は普段からフードで顔や身体を隠してひっそりと生きている。安心して自身を晒せるのはこの訓練場と仲間の前でだけ。
不憫すぎる。世界が違えば皆凄い美形なのに!
「ユエ?」
少しくらい顔を上げても身長差の所為で彼等に私の顔は見えない。
それを良いことにフードの下でニヤニヤしながらロシュエ隊長の素晴らしい筋肉を眺めていたら、頭をぽふぽふされてしまった。
彼等はフードを取れとは言わないし、顔を覗き込むこともしない。その行為がどれだけ相手を傷つけることになるのか知っているから。
今の私は魔力をある程度放出させフードを目深く被っているので彼等と同種の者だと思われている。そんな彼等と知り合ってもう五年は経つのだが。
「ユラファ様から伝言を預かったよ」
そう口にすると、緩んでいた空気が一瞬にして引き締まった。
決して表舞台へ出ることを良しとしない彼等に、第二王女という本来の私では警戒され距離を取られてしまう。
なので、私は前世の名であるユエと名乗って第二王女の侍従として行動しているのだ。
「近々、フィン国とハースト国とで戦争が始まる。神聖国はフィン国の援軍として戦場へ向かうので、相手は獣人の国であるハーストだよ。それで、先発隊として第二騎士団が先に行くことになったから、予め準備をしておくように……とのことです」
あの姉上お気に入りのぽっちゃり第一騎士団よりも遥かに優秀な第二騎士団は汚れ仕事が多く、それを当たり前のように受け入れる彼等は我が国の宝だ。
私は前世の記憶がある分色々悟って諦めたが、彼等はまだ諦める必要はない。
「了解しました。そう、お伝えしてくれ」
先発隊なんてある意味捨て駒のようなものなのに、誇らし気に微笑むロシュエ隊長や騎士団の皆。
彼等に軽く頭を下げ訓練場を出て、扉に寄りかかりながら……口元を緩ませた。
ぽっちゃり騎士団は先発隊よりも二日遅れて戦場へ向かう。
「やっとだわ」
いつか……とは思っていたが、こんなに早くチャンスが巡ってくるとは。
母上の母国だからと何かと便宜を図ってあげたのに私の大切な第二騎士団を馬鹿にするフィン国、私の騎士達を蔑むハースト国、その二つの国が戦争しようがどちらかの国が無くなろうがどうでも良い。
寧ろ、日頃の行いは、倍になって返ってくるのだと分からせてやらなくては。
※※※※※※※※
「何が、起きた……?」
「いえ、私にも何が何だか……」
辺り一面火の海と化した戦場から一夜明け、神聖国の街中を第一騎士団……ではなく、人々から畏怖されている第二騎士団が馬に乗り凱旋している。
彼等は現状をいまいち理解できず、どこか唖然としながら馬に跨り城へと進んでいる。そんな中、隊長であるロシュエと副隊長であるカミロは互いに顔を見合わせ呟いた。
第二騎士団の者達はユエから伝言を受け取ったあと直ぐに準備を始めた。
別にこれといって特別なことをするわけでもなく、隊を新たに編成し、武器の補充に食料の確認。その程度だ。
先発隊という日陰の任務に腐ることなく、皆が意欲的に動いているのは国の為ではない。
評価や感謝などされることなく、憐みや蔑みを向けられるのが当たり前の第二騎士団を、私の騎士団と呼ぶ神の子である第二王女殿下とユエの為だ。
圧倒的な魔力を持ちながら体内にそれを留め、繊細で難しい魔力の扱いを簡単に行ってしまう第二王女殿下。
この国の宝である御身を度々自ら戦場に置き、騎士団を率いている姿を目にする度に身体が歓喜に震え、最早憧れを通り越し崇拝に近い。
そして、第二王女殿下の侍従と名乗るユエ。
私達と同じような境遇であるユエを不憫に思った第二王女殿下が、保護して側仕えとしているのだろうとロシュエ達は勝手に思っている。
彼、いや、彼女は少年の振りをしているが、第二騎士団の面子は皆ユエが少女であると気付いているし、それを指摘する者はいない。誰しも訊かれたくないことがあるのだから。
それに、第二騎士団の者達はユエのことを各々が妹だの娘だのと己の身内のように大切に想っている。
まぁ、その中にはユエに恋愛感情を持つ者もいるかもしれないが、恋などしたことがないのでどういったものなのか全く分からないのが現状だ。
第二王女殿下とユエが、第二騎士団に期待し、成果を上げれば喜んでくれる。
それだけで彼等は矢が降り注ぐ戦場にも突っ込んで行けるだろう。
覚悟を決め、先発隊として隣国であるフィン国へと辿り着いた第二騎士団を待ち受けていたのは、歓迎ではなく悪意だった。
神聖国とは違い、フィン国の騎士団には不細工と称される者は一人も居ない。国を代表する者達だという理由らしいのだが、この話を聞いたときロシュエは顔で剣は振れないだろうと首を傾げた。
彼等は援軍として来た第二騎士団を視界に入れるなり顔を顰めて握手を拒み、とてもじゃないが仲間に対して口にするようなものではない、とても酷い言葉を吐き捨てた。
事実だから受け入れてはいるが、彼等だって傷付かないわけではない。
隊長であるロシュエは先発隊として来たことだけを告げ、早々に悪意から騎士団を離し、人目に付かない場所に陣を築いたあと疲れた身体を休めた。
コレが当たり前の毎日だから、騎士達はもう誰も気にしてなどいなかった。
けれど、彼等を遠くからストーカーしていたとある人物は、静かにブチ切れていたのだ。
深夜。
敵となるハースト国の情報を得る為に第二騎士団は動き出す。
闇夜に隠れ、着々と敵陣へ進んで行き、少しでも多くの情報を持ち帰る……筈だった。
「ロシュエ……!後方から火の手が上がっています!」
カミロから報告された内容に絶句し、味方であるフィン国の陣から火の手が上がっているのを確認したロシュエは全部隊を全速で戻すことになった。
夜襲だろうか……?それとも、スパイが居たのか……?
馬を走らせて戻って来たロシュエは、そこでとんでもない光景を目にすることになる。
「あー、もう、すっきりしたー!」
フィン国の騎士団長を足蹴にし、腰に手を当て高笑いしている少女。
真っ白な鎧ドレスを身に纏い、魔力を放出したことによって吹き荒れている風が彼女の白銀の髪を揺らしている。
「人を売買しておいて、謝罪も保護もなく戦争に突入とか非常識でしょうが。誰があんた達なんか助けるのよ」
渦巻くような魔力の風に後退りし、靴が地面を擦る音が妙に大きく響く。
その音に振り返り、真っ赤な炎を背に立つ少女の姿にロシュエは唾を飲み込んだ。
「あぁ、急いで戻って来たんだね。ごめんね、あまりにも腹の立つ連中だったから先にこっちをやっちゃった」
可愛らしく微笑む少女が「次はあっちだね」とハースト国の陣営を指差すが、ロシュエは瞬き一つせず、食い入るように少女を見つめ続けるだけ。
だって、嘘だろ……?そんな馬鹿なことが、有り得ない……。
援軍に向かえという命令を受け助けに来たフィン国の騎士団は壊滅。
その騎士団を壊滅させたのは、敵ではなく、第二騎士団に命令をくだした……。
「第二王女殿下」
委縮する身体を叱咤しながら頑張って出した声は情けないほど掠れて聞こえにくいものだったが、第二王女殿下は嬉しそうに頷き、立ち尽くすロシュエの前へと立った。
「まだそんな他人のような呼び方なのね。前にも言ったけれど、ユラファで良いのよ?」
「いえ、そのような……」
恐れ多いと言葉を発する前にユラファはロシュエの頬へと手を伸ばし、そのまま手の甲でロシュエの頬を撫でる。
絶世の美女、国の宝、視界に入ることさえ烏滸がましいユラファ王女の行動が理解の範疇を超え、ロシュエは顔を真っ赤にしてピシリと固まってしまう。
その様子を直ぐ側で見ていた第二騎士団の者達は、息を殺しながら二人を見守るしかない。
一体、何が起きているのか……!?
「さて、ぽっちゃり騎士団が来る前に全て片付けて、格好良く凱旋といこうじゃない?」
「全てとは……?」
「今回はハースト国に非がないけれど、あの国は一度叩いておく必要があるのよ。最近調子に乗って私を側室に迎えてやるとか言ってきたし」
「跡形もなく叩き潰すべきですね……」
「それに、私の大好きな人が大切にしている騎士団を悪く言うような奴等しかいないしね」
「左様ですか、それなら仕方がありませ……っ、手がっ……で、殿下!?」
「駄目よ、ユラファ。はい、呼んでみて」
手を繋がれて何度も名前を呼ばされたロシュエ。今自分に何が起きているのか考えることを脳が拒否し、どこかふわふわとした状態のままユラファに命じられるままに動いた結果。
気付けば、夜が明ける前にフィン国とハースト国の両陣営が壊滅するという状態で戦争が終結していた。
「あー、やっぱりロシュエは素敵だわ」
ユラファは白亜の城から街中を見下ろし、大好きなロシュエと第二騎士団の皆が凱旋している姿を嬉しそうに眺めていた。
その隣では姉であるリアナが口元をハンカチで隠し、「気持ちが悪い」と頻りにぼやいている。その度にユラファから鉄拳制裁をされているのだが。
「気持ち悪くはない筈だけど?ちゃんと彼等全員に魔力を通さない結界を張ったから」
「出来るのなら常に張ってあげなさいよ」
「駄目だよ。彼等は私だけの騎士だもの」
「何が神の子よ。ただの性格の悪い化け物王女じゃない。それに、気持ち悪いと言ったのは魔力のこともそうだけれど、容姿に対してよ!もう、第一騎士団ではなく、何故あいつらなの……っ!?痛いじゃない!」
「黙れ、ぽっちゃり教」
「何ですって、この不細工信者がっ!」
「人の好みにケチつけないでよ!」
「あんたのその好みがおかしいと自覚なさい!この、変人!」
神聖国の王女二人は神の箱庭に相応しい繊細で儚く純真な王女である。
誰が言いだしたことだったか……と姉妹の喧嘩を眺めながら、父親である国王はそっと溜息を吐いた。
その後、ユエがユラファだと知った第二騎士団の混乱が収まる前に、ユラファと他国の王子との婚姻の話が出てロシュエが一騒動起こし、リアナ率いる第一騎士団とユラファ率いる第二騎士団が衝突するなど……。
神聖国の神の子の側には地獄の騎士団ありと度々記されるようになるのは、まだまだ先のお話である。