8 今
何はともあれ、考え出された事実、友佳ちゃんと喧嘩しているという事実を咲希ちゃんに伝えられた。
これからのシナリオはこうだ。
咲希ちゃんに愚痴を言い終えた私は、自分がペンを持っていたことに気づく。
もちろん、そんなペンなど存在しない。これは全てシナリオ上の出来事だ。
自分がペンを持っていたと気づき、私は青ざめる。
友佳ちゃんが私を非難する姿が目に浮かぶ。
「不注意!」「不注意!」「不注意!」
「寝坊助!」「寝坊助!」「寝坊助!」
「嘘つき!」「嘘つき!」「嘘つき!」
はっはっは! そうだ、私は嘘つきだ!
ただし嘘をついているのは、友佳ちゃんに対してではない。咲希ちゃんに対してだ。
そしてこの嘘は、つかなければならない嘘である。私の望みを叶えるための嘘。ある大きな出来事を乗り越えるために必要な嘘。
私には咲希ちゃんを手に入れるという大義名分がある。この任の前では全てが許されるのだ。
たとえ咲希ちゃんに影響のある罪であっても、裁かれることはない。咲希ちゃんとの未来のために突いた嘘、これを咲希ちゃんが糾弾するわけがない。糾弾は不可能である。
どうして咲希ちゃんが私を裁こうか。どうして私を陥れようか。なぜ私が悪にならなければならないのか。そんな理由はない。
もし、このシナリオが本当の出来事だったら、どうなっていただろう。この後に続く大激震は起こっていただろうか、人の意思なしに。
………………。
まず、当たり前のことだが、意図せずに友佳ちゃんとの大喧嘩が発生することはないだろう。友佳ちゃんは一見、人当たりが悪そうに見えるが、実はとても温厚な人だ。長年の付き合いがあるが、友佳ちゃんが怒っている姿など一度も見たことがない。まあ、中学校時代のことは知らないが。
すると問題は、ペンを見つけた私がどう行動するかだ。
私は素直に謝りにいくだろう。
友佳ちゃんは何も悪くなく、間違っているのは私だ。そのくらい判別できる。そして間違いをそのままにはしない。最低限の善良は、卑屈な私にもある。
友佳ちゃんは「仕方ないなぁ」と言い、私を許してくれるだろう。和解だ。元々不整合などなかったかのように、私と友佳ちゃんの関係は即座に修復される。
一週間もたてば、友佳ちゃんはペンのことなど忘れるに違いない。友佳ちゃんは、重要ではない出来事をあまり覚えておかないのだ。
そういえば昔こんなことがあった。
小学校の頃、友佳ちゃんに連れられて、近所の公園へ遊びに行った。
私は昔から屋外で遊ぶのを好まなかった。けれどもそんなのお構いなしに、友佳ちゃんは私の家を予告なく訪ね、家にとどまろうとする私を引っ張り出そうとするのだ。
抵抗した。しかし完敗だ。
友佳ちゃんは私の服を引っ張り、玄関へ引きずっていく。こんなことされたら、大人しく従うしかない。身の危険さえ感じていた。
友佳ちゃんの背中についていくと、やがて公園にたどり着いた。公園に先客はいなかった。友佳ちゃんがジャングルジムに登りたいと言い出したので、私も登ることになった。置いていかれたくはなかった。
しかしジャングルジムを目の前にすると、私は怖気づいてしまった。こんな危険で野蛮なものに身体を預けたくはないと思った。置いていかれるのも嫌で、登るのも嫌だった。
焦燥に駆られた私は、登り始めた友佳ちゃんの背を掴んだ。
友佳ちゃんはジャングルジムから転げ落ちてしまった。背中を強く打ちつける。しばらくの間、彼女は仰向けに倒れこんでいた、なんの反応も示さずに。
私は大丈夫かなと倒れたままの彼女を見つめていた。動かずにいるなんて、死んでしまったのだろうか。まずい。大人に怒られてしまう。
友佳ちゃんは急に起き上がった。私は彼女が起き上がるなんて思わなかったので、ビクリと震えてしまった。
私は友佳ちゃんに背中を掴んでしまったことを謝った。友佳ちゃんは苛立ちを含む瞳で、私のことを逃さぬように見つめていた。そんな彼女が怖かった。泣きそうになった。突然、彼女はニッと笑い、私を許してくれた。助かった。友佳ちゃんに怒られることも、大人に怒られることもなくなったのだ。
その一週間後、突然友佳ちゃんのことが心配になった。私は彼女にこの前打ったところは痛まないかと訊いた。しかし友佳ちゃんは私の言っていることが分からない様子だった。
彼女はジャングルジムでの出来事をすっかり忘れてしまっていたのだ!