23 脱したかったから
咲希ちゃんと喧嘩してから数日が過ぎた。
この数日間、私と咲希ちゃんとの間に会話はなかった。咲希ちゃんから話しかけてくることもなければ、私から話しかけることもなかった。
このままの状態が一生続いていくのだろうか。そんなのは嫌だった。早く咲希ちゃんと仲直りしなければいけない。
しかし仲直りのきっかけを掴めないでいた。どのように咲希ちゃんに話しかけ、どのように関係を回復させたらいいのか、全く分からなかった。どうしよう、どうしようと、考えているうちに時間だけが過ぎていき、焦りはどんどん募っていった。
…………………………。
きっかけは意外なところからやってきた。
「放課後、教室に残ってくれるかな?」
朝、登校し、自分の席につくと、後ろから声をかけられた。この声は紛れもない、咲希ちゃんだ。
私はすぐに振り向いた。
咲希ちゃんは、喧嘩する前によく見せていた穏やかな笑みで、私の返事を待っていた。
「う、うん! 分かった、放課後だね」
これまで黙っていたのになぜ話しかけてきたのかという不安と、咲希ちゃんから声をかけてくれたという嬉しさを織り交ぜながら、私は応えた。
咲希ちゃんは返事を聞いてから、自分の席に戻っていった。
教室に残って何をするのだろう。
もしかしたら、咲希ちゃんを騙していた罰が与えられるのかもしれない。私はその罰を受けなければならない。
……放課後になってみないと分からない。
クラスメイトたちが教室から出ていくのを待っていた。
友佳ちゃんは座ったままでいる私をちらりと見た。それだけだった。どうしたのかと事情を聞くこともなければ、一緒に咲希ちゃんと向き合ってくれることもない。友佳ちゃんは教室から出ていった。
一人、一人とクラスメイトの数が減っていく。
やがて私と咲希ちゃんの二人きりになる。
咲希ちゃんが私の方に近づいてきた。それを見て私も立ち上がる。
「優雨」
誰もいなくなった教室で、咲希ちゃんは私の名前を呼ぶ。
「どうしたの?」
「この前、酷いこと言っちゃってごめんね。私はあんなこと言うつもりじゃなかった。けれど、絶望的状況がそうさせたんだ。あのとき私が言ったことは、本当ではないと分かって欲しい。ごめんね……」
……咲希ちゃんから謝ってくるなんて思ってもみなかった。
悪いのは私だ! 不実なのは私だ! 責められるべきは私だ! 咲希ちゃんに非はないのに、どうして謝るのだろう。
謝らければならないのは私の方だ。
「ううん。私こそごめんね、咲希ちゃんを騙すようなことしちゃって」
私は咲希ちゃんの謝罪を受け入れた。咲希ちゃんは何も悪くないので、ごめんねを突っぱねることはできなかった(どうしてそんなことができよう!)。
「また仲良くしてくれる?」
咲希ちゃんは柔らかな声で私に訊いた。
「もちろん!」
答えはこれ以外にありえない。
「よかった。優雨に断られたらどうしようかと思った」
「そんなこと絶対にしないよ。むしろ謝るべきなのは私なんだ。咲希ちゃんは何も悪くない」
そう言ったとき、咲希ちゃんは少しだけ笑顔を崩した。
「まあ、どっちが悪いかなんていいじゃない。仲直りできればそれでいいでしょ。私は一刻も早く、優雨との関係を取り戻したかったんだから」
「そうだね」
咲希ちゃんの言葉に、否定すべき点はなかった。私も咲希ちゃんと同じように、仲直りしたいと思っていた。
「それじゃ、また明日」
と言って咲希ちゃんは教室から出ていった。
これで終わりなのだろうか。あまりにもあっさりしすぎている。
こんなに簡単だったのなら、早く私から謝っていればよかった。そうすれば、咲希ちゃんに謝らせてしまったという申し訳なさを、感じることもなかっただろうに。
一人になった私は、今の状況を呆然とそして不明瞭に整理し、咲希ちゃんとのこれからを想像していた。




