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ハンカチ  作者: 伊藤
2/25

2 はっきりと

 家に帰るとまず眼鏡をかけた。眼鏡が必要なほど目が悪いわけではないのだが、こうすると世界がよりはっきりと見えるようになる。不明瞭な世界とレンズ越しに見る世界の違いを楽しむために眼鏡をかけていた。

 それに眼鏡をかけると本が読みやすくなる気がする。これは多大な発見だ。

 机の上においてあった読みかけの文庫本を手に取り、椅子に座って読み始める。

 だがそれは長く続かなかった。

 咲希ちゃんことが頭をよぎったのだ。

 ああああああああ!

 読書なんかやめだ!

 本を放り捨て、ベッドにダイブした。ベッドは軋み、優しく私を受け止めた。リフォームしたときに床をフローリングにしたので、ベッドが置けるようになったのだ。畳だったときは、畳が傷つくからという理由で、私の提案は却下されていた。しかし、リフォームしたら記念にと買ってくれたのだ。

 そういえばと、咲希ちゃんのこれまでの素振りを思い返してみた。そうすると、恋の予兆がところどころに見受けられた。

 例えば、体育の時間。

 五〇メートル走を必死に走り抜く彼女の姿に、私は見惚れていた。前を見据え、全速力で端から端まで走り抜く。その一生懸命な姿は私を釘付けにした。

 これは恋の予兆ではないだろうか。

 例えば、家庭科の時間。

 包丁の使い方がなっていない彼女は、玉ねぎを切るときに誤って自分の指も切ってしまった。慌てて指を咥える彼女を見ていると、私の保護欲はかきたてられた。その後、絆創膏をもらいに、彼女と共に保健室へ行ったのを覚えている。指を庇っている彼女を見ていると、私の胸は締め付けられた。

 これは恋の予兆ではないだろうか。

 そう考えると、私はいつからか彼女に恋していたのかもしれない。ハンカチを受け取った瞬間、突然に恋したのではなく、じわりじわりと攻め寄ってきた恋は、あの瞬間に私を落城させたのだ。

 彼女のことを考えていると、愛おしさがあふれ出てきた。

 彼女は極限に輝いていた。私にはないものをたくさん持っている。他人との付き合い方が上手だったり、誰にも分け隔てなく接せたり。それになにより、気力に満ちあふれていた。

 それに比べて私は、彼女が持っているものを何一つ持っていなかった。

 人付き合いは苦手で、暗くネガティブ。そのせいで友達の数も少ない。

 だからこそ彼女に惹きつけられたのかもしれない。私が持っていないものに憧れ、彼女と共にいたら、自分も良い方向に進めるような気がして……。

 いいや、このようなことに理由をつけても仕方ない。

 とにかく私は彼女のことが好きだった。

 これから彼女にどう接しよう。それがまず第一の問題だ。

 普通通りに接すればいいと最初は考えた。だがその普通を演じられるだろうか。不安は募るばかりだ。

 それと恋をこのまま放置しておくわけにもいかない。何らかの対処をしなけば。宙ぶらりんなままは嫌だ。

 想いを伝える? 伝えない? 無かったことにする? 押しとどめる? 気持ちを無視する? 封じこめる? 消し去る? 諦める?

 ああ、またもや私はマイナスな考えをする。

 ……そうだ。まだ決断するには早すぎる。とりあえず、今のところは様子見をしよう。まだ恋は始まったばかり。焦る必要はない。

 ずっと考え事をしていたら疲れてしまった。

 明日は普通に学校に通い、席につき、授業を受け、帰る。それが一番だ。咲希ちゃんのことは、気にしない方がいい。深く考えたら頭がこんがらがる。やめだ。やめだ。考えるのはやめだ。

 諦めたわけではない。一時休戦だ。落ち着いてきたらまた真剣に考えよう。

 そう思うと気が楽になった。

 さっき投げ捨てた文庫本が椅子の近くに転がっていた。なんでぶん投げてしまったのだろう。あとから考えてみると、私の行動は意味不明だ。暴力的すぎ。

 ベッドから起き上がり、文庫本を拾う。乱暴に扱ったものだから、表紙が折れ曲がってしまっていた。

 そしてまたベッドへ戻った。

 そういえば、いつも咲希ちゃんと一緒に帰っているのだが、今日は別々に帰るようにしたのだった。なぜかというと、恋をしたその日に彼女と二人っきりになるなど、あまりに危険すぎるではないか。暴走してしまう。

 授業中もなるべく彼女の方を見ないようにしていたのだ。彼女の席は、私の席の斜め前にあった。

 恋というのは不思議なものだ。

 昨日は咲希ちゃんのことなど一ミリも考えていなかった。なのに今日は、咲希ちゃんのことしか考えていない。思考をまるっきり一転させたのだ。夢にも思わなかった、簡単なきっかけで恋をするなどとは。

 悶々とした考えは一旦の落ち着きをみせた。すると気が抜け、私は眠りへと引きずりこまれていった。

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